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第二章11 『200ディール』

 

 「ソイルさん? ちょっと聞いてますか? ソイルさん?」


 パンッという音で、ソイルは気付いた。目の前にはミントの姿があった。白い手がカウンターの上に置かれている。よくもわるくも慣れ親しんだ、始まりの風景だ。


 今更ながら、たとえば気が付いて最初に見る顔がレーベンとかだったならば、自分は折れずに腐らずに、果たしてここまでたどり着けたのだろうかと、ソイルは少し本気で心配になる。


「ソイルさん……?」


 ソイルはじっとミントを見つめていた。フィオにしろ、ミントにしろ。この小さな身体のどこにそんな勇気や力が秘められているというのか。彼女たちには、ソイルが束になっても、レーベンが束になっても、オニールが束になっても適わない。


「あ、あの……。聞いて、ますか? そ、それとあんまりそんな風に見られると・・・」


 ミントはわずかに俯いて、手を膝の上でもじもじと動かしている。ソイルは慌てて言った。


「あ、おう! もちろんちゃんと聞いてたぜ。ミントの言ってることを、聞き漏らす野郎なんか地獄に落ちれば良いんだ。なあ、おまえもそう思うだろレーベン?」


 ソイルは振り返って、仏頂面をしている大男に声をかける。


「ソイル、てめぇは気に食わねえ野郎だが、珍しく意見が合うじゃねえか」


 レーベンはまるで頭突きでもかますように顔面を上下に振っている。


「こないだもどっかのギルドの若いクソ野郎が、ミント嬢が説明しているのそっちのけで、口説いてやがったんだ。俺は奴の首を引っこ抜いて壺に活けてやろうかと思ったぜ」


「それいいな。ここはゼルドアギルドだ。俺たちの大事なミントに手を出したらどうなるか、次に見かけたら、野郎が小便漏らすまで身体に刻みこんでやろうぜ」


 ソイルもうんうんと頷きながらレーベンに同意する。同意しながら思わず、思考がオニールに侵食されていることに気付いて愕然とした。


「も、もう! お二人ともなにを言ってるんですか!? だめですよ! そんな理由で他のギルドの方と喧嘩なんて絶対許しませんからね!」


 ミントに怒られ、縮こまるソイルとレーベンの後ろで、どっと笑い声があがった。


「ほんとにもう……。あ、そんなことよりもソイルさん。その、お仕事のことなんですが」


「ああ、無いものはしょうがない。調べてくれてありがとな、ミント」


「は、はい。こちらこそ、力が及ばずすみません……。私も商会ギルドに足を運んだりして、もっと色んな種類の依頼を取ってこれるように頑張りますから。でも、そうはいってもお仕事がないんじゃ、ソイルさんが……」


「大丈夫だ。こういうときこそ、自分の仕事は自分で探しに行かないとな。もしかしたら八万ディールくらい稼げるかもしれない」


 ミントとレーベンは口をポカンとあけている。ソイルは笑い、軽く手を振ってから背を向けた。


「じゃ、いってきます!」





 ソイルは、繰り返す今日のなかで、もはや定位置のひとつとなったギルドの外壁に身体をもたれかからせ、彼女が来るのを待っていた。


 次に会うときは、必ず助ける時だと心に決めていた。気負いはなかった。これから訪れる運命を前にしても、ソイルはやはり、彼女に会いたかった。声が聞きたかった。拗ねる顔や、困った顔も見たかった。なにより、彼女に笑って欲しかった。


 ふと、目の前を、白い星が通り過ぎていく。


 彼女はもちろんソイルになど気づかない。ギルドの扉の前で立ち止まり、看板を見ているようだった。しばらく悩むように扉と看板を交互に見たあと、彼女はわずかに肩を落とし、歩き出そうとした。


 ソイルは、その背に向かって声をかけた。


「よう、こんにちは」


 ソイルの声に、少女が振り返る。ソイルを見て銀色の瞳が、大きく丸くなる。


「あ、こ、こんにちは」


 ソイルはフィオに優しく笑いかけた。


「俺はソイル。ソイル・ラガマフィンっていうんだ。ここで冒険者をやってる」


 ソイルはギルドの看板を見上げながら言った。


「は、はあ。それはどうも、ご丁寧に」


 フィオは少し困惑した表情を浮かべながらも、ソイルに向かって律儀にぺこりと頭を下げた。 


「あの、私になにかご用ですか? えっと、ソイルさん」


「用ってほどじゃないんだ。ただ、君がさっきここに入ろうか迷ってるのを見たから。なにか困ってることがあるのかと思ってな」


 ソイルが言うと、フィオは表情を少しだけ柔らかいものにして言った。


「……ありがとうございます。良い方なんですね、ソイルさんって」


「そんなんじゃないさ。で、君の方こそギルドに用事があったんじゃないか? それともただの観光か?」


「あ、はい。デリス通りという場所に行きたくて。けれど、私はこの街に来たばかりで、右も左もわからないんです。だから、ギルドの方に依頼をして、道案内をしてもらえたらって。誰かに道を尋ねたところで、私、方向音痴だから」


 明かされる衝撃の事実だが、それほど驚きはしない。金の使い方をはじめ、こと日常生活的なことにおいては、フィオはどちらかというとポンコツの部類に入る少女だ。


「事情はわかった。にしては、ギルドに入るのやめてたみたいだけど?」


「う。それは、はい。入ろうとしたんですけど……。私、ギルドには出入りしたことがなくて。依頼の出し方もわからないし、それでちょっと、勇気がしぼんじゃって」


 フィオはどこかしょんぼりしたふうに言った。一国の運命を双肩に乗せ、アードキルや黒騎士相手に一歩も引かず、実の王太子相手に喧嘩をふっかけに行こうと覚悟を決めている少女。死を前にしてさえ、優しさや微笑みを失わないフィオ。そんな彼女が、たかだか道案内を頼むのに、ギルドに入る勇気が出ないという。


 ソイルはふと、なにか自分は重大な思い違いをしていたのではないかと気付く。ソイルが畏怖し、憧れ、愛したフィオ。アードキルが怯み、レトを相手に打ち勝ったフィオは、あくまでフィオの一部分でしかない。決してフィオの本質などではないのだ。彼女は自分で言っていた。弱い自分もまた、本当の自分なのだと。


「なるほど。じゃあ良かったらだけど、俺を雇ってみないか? もちろん道案内にだ。今日は仕事がなくて、暇してたところだったからな」


「え、本当ですか!? ありがとうございますっ、すごく助かります!」


 フィオは思わずこっちが嬉しくなりそうな明るい表情で言った。


「どういたしまして。と、言いたいところだけど、俺も冒険者なんでな。しっかりと報酬は貰うぜ」


「それは、もちろんです。えっと、相場とかそういうのもわからないんですけど、おいくらなんでしょうか?」


「そうだな――」


 二回は虫みたいにあっけなく殺されて、一回は、フィオを止めようとして街の連中に半殺しにされた。斬られた腕を見つけて、発狂しかけたこともあった。デートっぽいなにかと引き換えに、あのレトと二人で戦い、二人で死んだ。


 ときに死を覚悟するほど、修行し、修行し、あのオニールから一本取れるほどに鍛えてきた。


 今からだって、黒騎士二人を相手に回しながら、正面からやり合わなくちゃいけない。そんな男を雇おうというのだ、相応の値段は払ってもらう。


「うちじゃ、道案内の依頼には護衛料も込みになってるからな――」


 ソイルの答えを待つフィオの瞳は、どこか不安げに揺れてさえいる。

 

 俺は、目の前にいるどこか風変りな女の子を助けたいだけなのだ。

 未来の王様候補だからじゃなく。ただの、ランクDの冒険者として。


「――経費込みで、200ディールでどうだ?」


 フィオは何か、一瞬驚いたような表情を浮かべてから、微笑んで頷いた。


「交渉成立だ。俺のことはソイルでいい。敬語もいらない」


「私はフィオン。フィオン・レアルタ。フィオって呼ばれると、嬉しい。ありがとう。じゃあ、道案内よろしくね、ソイル」



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