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第二章7 『星明かりの下で』


「れ、レーベンさん、ほんっっんとうにごめんなさい……!」


「あ、ああ。気にすんなよミント嬢。俺の頭はアダマンタイト並に硬いからな。それより火かき棒の心配をした方が良いぜ、がはははっ!!」


 三人の大男はさきほどからミントに、甲斐甲斐しく手当を受けている。ミントのメロヌが顔の前で揺れるたびに、レーベンは感無量といった表情を浮かべていた。彼らは等しくこの世の春ともいうべき状況を謳歌しているようだった。ソイルはというと、地面に捨て置かれていた。


「な、なあミント。俺も身体中痛いんだけど……。なんなら血とかも吐いちゃってるんだが」


 ソイルがミントに呼び掛けても、ミントはプイとそっぽを向くだけだった。


「ソイルさんなんて知りません。どうぞご自分で手当てなさって下さい。まだ怪我したいっていうなら、そこに火かき棒が置いてありますので」


 ミントのソイルに対する態度が、またおもしろおかしいらしく、レーベン達は地面に転がるソイルを見てドッと笑うのだった。レーベンが夜空を見上げながらしみじみ呟いた。


「ただで酒が飲めたうえに、ソイルの野郎をぶん殴れて、しかもミント嬢に……。今日は最高の一日だった……」


 ソイルは話せるようになってすぐに、ミントの誤解を解くために事の顛末を説明した。話しを聞き終えたミントは、ソイルにむかってぷくっと顔を膨らませ、それからレーベン達へ謝罪をしていた。


 レーベン達は浮いた金で飲みなおすといって、酒場へ戻っていった。これからミントのメロヌとソイルの道化ぶりを肴に美味い酒を飲みかわすのだろう。


 ようやく呼吸や、内臓が所定の位置に落ち着いたソイルはひとりで起き上がる。ミントはレーベン達を見送ったあとも、残ったままだった。しかし、ソイルに対して話しかけるようなことはなかった。


「ミント、今日はほんといろいろありがとうな」


「……いえ」


「どこで俺達を見かけたのかわからないけど、俺がレーベン達にボコられてると思って、大急ぎで来てくれたんだな。すまねえ」


「……いえ」


 ソイルは頭を掻いた。かろうじて反応だけはしてくれるものの、ミントはソイルの方を相変わらず見ようとはしなかった。


 だいぶ怒ってるなこれは……。仕方ない。無理に話しかけ続けてもミントも困るだろう。


「じゃあ、俺は帰るぜ。また明日、ギルドでな」


 ソイルは踵を返し、帰路に着こうとする。この状態になってから、ソイルの中でこの世で一番嫌いな言葉が「また明日」になりつつあった。今日はミントだけじゃなく、オニールや、レーベン達ともたくさん話せたし、充実した時間を過ごすことが出来た。


 しかし。明日になればそれらは全てなかったことになる。昨日は楽しかったなと、朝にギルドで挨拶をすることは出来ない。もしこの繰り返し(ループ)の日々がいつか、いつか終わったとしても、あのときは楽しかったと、酒を飲みながら笑いあうことは出来ないのだ。


 ソイルがもしこのことを誰かに話したとして、思い出を強引に共有しようとしても、相手にはなにも響かないし、おそらく信じてさえもらえないだろう。ないものねだりをしても仕方ない。俺が我慢すれば良いだけの話だ。レーベンの拳はかわせる。オニールの剣も、いつか受けることが出来るだろう。


 でも。今感じているこの気持ちは。この鈍いこころの痛みだけは。どうやって避けたらいいのかも、どうやって受けたらいいのかも、ソイルにはまるでわからなかった。


 「……っと」


 足腰にろくに力が入らない状態で、そんなことを考えながら歩いていたせいで、ソイルの身体は大きく横にふらつく。転ぶ、と思った。けれど、そうはならなかった。


「……ミント?」


 ミントが横からソイルを受け止めるように支えていた。ふわっと少女の匂いが鼻腔をくすぐる。


「……心配、したんですよ」


「わりい……。本当に……」


「……反省しましたか?」


「ああ……。今日はもう、大人しく家に帰るからさ」


 ソイルが言うと、ミントは顔を上げ、ソイルを見た。紫色の瞳は母親ゆずりなのだろう。当たり前だが、フィオのものとはまるで違う、違うが。それでもミントの瞳の中にも、小さな星が瞬いているのだ。ミントは微笑んだ。


「そのまえにちゃんと手当しないとだめです。先に私の家に行きましょう。さっきレーベンさん達を手当てしたときに、包帯も何かも使い切っちゃいましたから」


「はははっ。あいつらでかいもんな。六人分でやっと三人の手当てが出来るかどうかだな」


 ミントはソイルの手を自分の首に回し、肩を貸すような体勢を取った。それから二人は黙って歩き出した。星明かりの下で、酒場の喧騒がどこか遠くから聞こえていた。




 

「これで良しと。ソイルさんどうですか? 動きにくいとかあれば遠慮なく教えて下さいね」


「いや、バッチリだよ。ありがとう」


 ソイルは腕を回しながら言った。


「本当にミントは手当てとか上手だよな」


「あはは……。褒めてもらえるのは嬉しいんですけど、どうして得意になったかは、お父さんが毎回傷だらけで帰ってきたりするので、それでなんですよ。だからちょっとだけ複雑なんです」


 そう言って、ミントはくるりと小さく目を回してみせた。


 ソイルは本日二回目となるオニール宅へお邪魔していた。家主に挨拶をしようと思ったが、留守だった。ミントが言うには「おそらくアイシャさんのお店に行ったので、明け方まで戻らない思います」とのことだった。この家にミントと二人きりというのは、良いのか悪いのか判断が難しい状況ではあるが、この状態でさらにオニールと一戦交えることは出来ないとソイルは思っていた。


「ソイルさんお腹すいてたりしますか? 簡単なものでよかったら準備しますけど」


「ああ、いや。大丈夫だ。レーベン達と酒場で飲み食いはしたからな。俺は酒飲んでないけどさ」


 ついでにいうなら、食べたものはそっくりそのまま広場の染みとして置いてきてしまっている。食欲がないわけではなく、おそらくもう今日は胃が何も受け付けないだろう。


「あ、そうだったんですね。じゃあ、お茶だけでも飲んでいってください。あたたまりますから」


 ソイルに言い残し、ミントは応接間から台所のほうへ歩いていってしまう。ソイルは壁に掛けられた時計に目をやった。死ぬとき以外は、日付が変わったらループが起こっている。それはこれまでの経験則だった。その瞬間に誰かと一緒にいたことはこれまでなかった。


 あと三時間……ってとこか。


 お茶を飲んで軽く世間話をするくらいの時間はあるだろう。ただ、余裕は持った方が良い。


「ソイルさん、お待たせしました」


 ミントが湯気立つカップを盆にのせて運んできれくれる。紅茶の良い香りがした。正直、紅茶など飲むのは何年か振りかだった。礼を言い、カップを持ち、口に運ぶ。熱い。だが、美味しかった。


 ミントはというと、自分の分のカップを傾けながら、にこにこしながらソイルを見ている。ふと、ソイルはそれを思い出した。


「そうだ。せっかくだからあそこで飲まないか? 昔、一回だけやったろ」


 ミントはソイルの言葉に少し考えたあと、思い出したように小さく笑った。


「もしかして――屋根の上ですか? ふふっ、良いですね。行きましょう、上着取ってきます」


 

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