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第二章6 『冒険者仲間』


 オニールとミントに礼を言ったあと、ソイルは二人と別れ、ひとり歩いていた。別れ際にオニールに言われたことが、ずっと頭の中を木霊していた。



「いいかソイル。今日はひとつだけ言っておいてやる。技術もたしかに大事だが、今のお前にはそれ以上に実戦の経験が圧倒的に足りてない。それは俺とだけチャンバラしてたって身に付くものじゃないんだ。強くなりたきゃ、色んな人間と戦ってこい。勝っても負けても得るものはあるし、なによりここを鍛えられる」


 そう言ってオニールはソイルの額をとんとんと指で小突いた。


「俺たちみたいな最初から体格で劣るやつは、腕っぷしだけじゃすぐに限界がくる。だから常に考えて、考え続けろ。飯食ってるときも、戦いの最中だろうとな。俺はそうやってここまできた。これが俺からお前に言える、最大の助言だ。そのうちお前とダンジョンに行くの楽しみにしてるぞ、ソイル」



 ソイルはオニールに触れられた額の部分を指でさわった。意図は理解した。ようは技術と並行して地頭を鍛えろということだ。


 戦闘はいわば野生の生き物と同じだ。どう動くかも転ぶかもわからないし、好機(チャンス)危機(ピンチ)も上のレベルになればなるほど、無数に流れ、一瞬で過ぎ去っていく。


 その過ぎ去る一瞬に気付けるかどうか。そこから最適解を選んで、つかみ取ることが出来るか。つかみ続けることが出来るか。それをするためには頭を鍛える必要がある。オニールが言いたかったことはそういうことだろう。


「その鍛える方法ってのが、色んな人間と、色んな相手と戦うってことか……」


 体格。性別。種族。武器。魔術。一対一でも、複数が相手でも。選り好みなんかしないで、とにかく戦いまくる。たしかに、その通りだった。オニールとの修行と並行してやるべきことは定まった。あとは走るだけだ。走り続けるだけだ。彼女の隣に、その場所に、手が届くまで。





 ソイルはレーベンを探しに四番街にあるゼルドアギルド行きつけの酒場を訪れていた。それなりに広い店の中は、あふれる光と、快活な笑い声に満ち、ひっきりなしにお盆に載せられた酒や料理が空中を飛び交っている。ように見えるくらい、給仕の配膳するスピードが速いのだ。


 仕事が終わった連中は、受け取った報酬を握りしめたまま、我さきにと酒場へ向かう。刹那的快楽主義と揶揄されても仕方のないことだが、冒険者にとってはそれが普通だし、美徳でもある。明日のことは明日に任せとけというのが、俺たちのモットーだ。


「まあ、俺に明日はこねえんだけどな」


 ソイルはおそらく世界でひとりにしか通じない冗談を言う。 

 

 レーベン達の姿はすぐに見つかった。酒場の中でも、一番でかい男達が集まっているテーブルを見つければ良いだけだった。ソイルは空いている椅子をひっつかみ、レーベン達が座るテーブルにどかっと腰を下ろした。


「よう。やってるかい」


「あ? お、なんだソイルじゃねえか。クソにたかるのはもうやめたのか?」


 レーベンの他に二人いるうちの男の一人が話しかけてきた。顔はもうかぼちゃの中身みたいな色になっている。たしか、名前はなんて言ったかな。忘れたが、まあ問題はないだろう。


「さっきまでそうしてたんだけどな。こっから良い匂いがするんで飛んできちまったよ」


「がはは! そりゃちがいねえ! 俺はもう二週間風呂に入ってないからな!」


 机をバシバシと叩きながらかぼちゃ男が笑う。どうでもいいが、すごいなこの机、ビクともしてない。


「クソにたかってたわけじゃねえだろ。けっ。ミント嬢を独り占めにしやがって」


 奥に座っていたレーベンが心底忌々しそうに呟く。


「帰れ帰れ。てめぇの顔みてたら酒が不味くなっちまう」


「そういうなって。ミントと何かしたわけじゃない。マスターに会いに行ってたんだ」


 オニールの名前を出した途端、レーベンの顔が少しだけ温和なものになった。


「オニールさんに会ったのか。元気そうだったか?」


「ああ。獣人のかわいこちゃんを部屋に連れ込んでよろしくやってたぜ。ミントに見つかって、火かき棒でタコ殴りにされてたけどな」


 大男三人がどっと笑った。あまりにもでかい声で笑うので、ソイルは天井にかけられている照明が落ちてきやしかないかと、わりと本気で心配になったくらいだ。この場にいないのにもかかわらずこの影響力。みんなオニールが大好きなのだ。オニールの話は誰のこころも平和にしてくれる。そこからしばらくは、彼の武勇伝で話に花が咲いた。


「でも。お前がここに来るなんて珍しいなソイル。なんかおれたちに用でもあるのか?」


 かぼちゃ男がソイルに尋ねる。


「ああ、そうそう。ちょっと頼みがあってさ」


 ソイルは言った。


「ここの酒代の全部、今日は俺が持つ。その代わり、おまえらこれから俺と戦ってくれ」





 酒場を出た四人は、ひとけの少ない広場に来ていた。


「がはははっ!! 今日はツイてる日だ。ただで酒が飲めたうえに、むかつく野郎をぶん殴っても良いっていうんだからな。がはははっ!」


 レーベンは機嫌良さそうに喉を鳴らしている。他の二人にしても、だいたい同じような感じだった。

 

 ソイルはミント宅からの道すがら、どうやったら実戦の経験を積めるのかを考え続けていた。ゼルドアギルドの看板を背負っている以上、そのへんのやつに片っ端から喧嘩を売っていくわけにはいかない。たとえループ中だろうが、オニールの顔に泥を塗るようなことだけはしたくなかった。


 そこで考えついたのが、ギルドの冒険者に相手をしてもらうことだった。誰をとっても、ほとんどDランクのソイルよりは強いやつばかりである。大男もいれば、小男もいるし、亜人だっている。武器や戦い方も様々。選り取りみどりというわけだ。


 自分のために利用しているという引け目は多少あるものの、程度の差はあれ、ほとんど全員が血の気が多い連中だ。今回のレーベン達のように、金を払うから喧嘩もしようぜと言ったら、結構な数が食い付いてくるだろう。冒険者はみんな戦いが好きだ。そしてみんな金がない。


「で、どうすんだ。一対一でやるのか?」


 レーベンがソイルに尋ねた。その間にも、レーベンは指をぱきぱきと鳴らしている。というか、なんだあの指の太さは。俺が持ってる木剣くらいあるじゃねえか。いい加減にしてほしい。


「……いや、長く付き合わせても悪いし、三対一で良い。その代わり、おまえらは獲物なし。俺はこれを使わせてもらう」


 そう言ってソイルは、オニールから借りてきた木剣を見せた。


「がはははははっ!! なるほど、わかった。おまえ個人に恨みがあるわけじゃねえが、そっちが言い出したことなんだからな。後悔すんなよ?」


 レーベンと男達はソイルを囲むように配置につく。こっちは武器有り。あっちは武器無し。相手は三人で大男だが、酒もかなり入っている。初戦としてはわるくない。しかし、この威圧感はすごいな。岩山に閉じ込められたみたいだ。


「もちろん恨みっこ無しだ。じっとしてると寒いから、さっさと始めようぜ」


 三人が一斉にソイルに飛び掛かる。動きが緩慢で狙いも甘いが、それでもかすっただけで気絶させられそうだ。ソイルは地面にぐりとめり込んでいるレーベンの拳を見る。ソイルは網目を縫って泳ぐ小魚のように、次々に繰り出される六本の大腕を躱しながら、すれ違いざまに腕を木剣で打っていく。


「ちょこまかしやがって!!」


 レーベンが苛立たしげに叫ぶ。


 まがりなりにも黒騎士、オニールと渡り合ったソイルにとって、レーベン達との闘いはそれほど苦にはならなかった。どの攻撃も余裕をもって見切り、正確に返しの剣をあてることが出来る。ソイルの誘いにおもしろいように乗ってくるので、頭の中で描いてた通りの攻撃をすることが出来た。


 まあ、酔っぱらっている上に頭に血が上っているのが相手だが……。


 かぼちゃ頭が腰あたりに突っ込んできたところを顔面を蹴りつつ跳躍し、もう一人の顔に木剣を叩き込む。ソイルはいかに、黒騎士相手に自分がなんの考えも無しに戦っていたかを痛感していた。


 とはいえ、レーベンはBランク。残りの二人はCランクの冒険者である。じょじょにソイルの動きにも慣れたとみえ、ついにレーベンがソイルの片足をがしりと掴まえた。


「……やっべ」


 レーベンは鼻血を出しながらにやりと笑うと、ソイルを布きれのように振り回し、手近な壁に向かって投げつけた。かろうじて受け身は取れたものの、衝撃の全てを殺しきることは出来ない。ソイルは地面に転がり、荒い息をつく。


 立ち上がろうとしたところで、かぼちゃ顔が後ろからソイルをがしりと羽交い絞めにして持ち上げた。


「わはははっ!! やっと掴まえた! 俺とも仲良くしようぜソイル!!」


「だあっ! くそっ! 離せ! 匂いがつくだろうが!!」


 ソイルは首を大きく前に振り、後頭部をかぼちゃの口に叩き込む、何かがばりっと割れる音がして、かぼちゃが呻いた。それでも拘束はまるで解けない。


「ソイル、このやろう。安心しな、今までやられた分、一発で返してやるからよ」


 レーベンはソイルに歩み寄ると、桶のような大きさの拳を振り上げ、ソイルの腹目掛けて、下段から叩き込んだ。下級の魔物であれば拳ひとつで倒せるレーベンだ。


「ごぶっ……!」


 その衝撃は凄まじいものがあった。内臓が全部うえに少しずれたかと錯覚するほど。ソイルは半ば強制的に嘔吐させられる。ゲロに混ざって、なんだか血の味さえするような気がする。


 ソイルは苦しげに笑った。俺みたいなやつは、捕まったらそれで終わりだ。今回だってレーベン達が武器を持っていたとしら、こう上手くはいっていなかったはず。まだ、まだ始まったばかりなのだ。

 

「終わらせるぜソイル、今日はありがとよ……!!」


 レーベンがもう一度拳を振りかぶり、ソイルが本日八回目の気絶を覚悟したときだった。


「――ソイルさんから離れなさい!!」


 少女の声がした。 


 レーベンの動きがピタリと止まり、ソイルは拘束を解かれ、地面に落ちると激しく咳き込んだ。


「ミ、ミント嬢!? え、ど、どうしてこんなところに……!?」


 ソイルは顔上げた。ミントが火かき棒を振り回しながらこちらに向けて、突進してくるところだった。


「レーベンさん!! 見損ないましたよ!!」


「へ? あ、ち、違う!! これは違うんだ!!」


 ソイルはミントの誤解を解こうと口を動かそうとするが、さきほどのレーベンの拳の余波のせいで、いまだにまともな呼吸が出来ないでいた。ソイルはでかい図体をうさぎみたいに縮こまらせながら、ミントに火かき棒で殴られるレーベンを見ながら呟いた。


「え、えらいことになっちまった……」


 

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