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第二章4 『修行と追憶Ⅰ』


 後方からミントがひどく取り乱しているような声が聞こえてはいたが、ソイルはそちらを振り返る余裕などなかった。それまでオニールを包んでいた気さくな雰囲気は消え失せていた。深緑の瞳は、さきほどとは比べものにならない威圧感を放ちながら、ソイルをじっと見ている。


 何もしていないのにもかかわらず、死に何度か向き合ったソイルの本能は、いますぐ逃げろと警鐘を鳴らしてくる。魔眼か……やっぱりこの人も黒騎士などに匹敵する化け物だ。


 膝が自然と震えてくる。なのに、口元には笑みが浮かんでしまう。これだ、この感覚だ。目の前に死がちゃんとある。俺はこれを越える。越えてやる。絶対に。


「――気のせいかもしれない、だからもう一度だけ聞いてやる。ソイルおまえ、俺に向かって、今ずいぶんとナメたこと言ったな? 謝るならいまのうちだが」


「撤回するつもりはありませんよ。オニールさんこそ、かっかしすぎです。別に嫁にくれって言ってるわけじゃない。デートの一回や二回で何が減るって言うんです? メロヌですか? 減るものなんてありません。ミントはそこまで馬鹿じゃない。減るのは俺の財布の中身くらいだ。いい加減すこしは子離れしないと、ミントだって好きに遊ぶことも出来やしない」


 ソイルは言った。


「今の俺のことだけじゃない。この街でミントとデートしたい男なんて、星の数ほどいますよ。あんたの娘さんはそのぐらいすごい女の子なんです。そんなミントだって、自分で選んで、遊んだり、デートしたりして大人になっていくんだ。違いますか?」


 オニールは小刻みに身体を震わせている。なにかに耐えているのか、木剣でソイルの頭を叩き割るために力を貯めているのか。あるいはその両方か。


「知らなかった。そんなにおまえが死にたがってるとはな。もう優しくは出来ないぞ。だからな、死んでも恨むなよ、ソイル」


「――それこそ望むところです、よろしくお願いします」


 オニールとソイルは木剣を構えて対峙する。くしくも両者が取ったのは同じ構えだった。


「ソイル。お前から打ち込んでこい。弱っちいやつを相手に、俺から手を出すってのはプライドが許さないからな」


「ありがとうございます。では」


 じりとソイルは一歩踏み込み、間合いを詰める。ソイルは木剣の先に、オニールの姿を凝視した。


 最初に抱いた素直な感想は、固い、だった。オニールが構えているのは剣であるにもかかわらず、まるで鉄壁の盾の前にでもいるような錯覚を覚える。


 崩せない。崩せるイメージがまるでわかない。


 オニールはあくまで自然に剣を構えているだけだ。どこにも力など入っているようには見えない。にもかかわらず、ほんのわずかの隙さえない。


 それでいて、足や腕の動きのやわらかさ。ソイルが何をしようとも、攻撃のひとつひとつに対して、明確な返しの答えを持っているような。


 これがもし真剣だったら。どれほど絶望的な代物だろう。


「――日が暮れちまうぞ。まあでも、打ち込まない、じゃなく、打ち込めないんだろ? お前の目を見てればわかる。必死で探ってる。そこに感づいてるだけでも、お前はもう以前のソイルじゃないな」


「――さすがです、オニールさん。その通りです、どうしていいかまるでわかりません」


「そういう相手にはな。攻撃あるのみだ。一撃目はブラフを撃ち、相手の返しを誘発させる。同時に返しの攻撃を身体で吸収するための準備もしておくんだ。そして体勢を整えた状態から、本命の二撃目を叩き込む。先の後の先だ。憶えとけ、そしてやってみろ」


 オニールは言った。ソイルは震えだすような感覚を止めることが出来なかった。恐怖でなかった。湧き上がるような歓喜だった。俺は絶対に、強くなってやる。


 ソイルはじりともう半歩だけ、とオニールに近づき、意を決して剣を上段から撃ち下ろした。


「ぜあっ!!」





 十六の時に、家を飛び出してゼルドアへ来たソイルだったが、世間知らずの田舎のクソガキが、すんなり都会に適応など出来るわけがない。冒険者になりたくても、ギルドでは門前払いされた。それは当たり前だった。誰もが必死で生きるためにギルドへ集まっているのだから。


 遊びの時間はとっくに終わっていることすら、ソイルには分かっていなかったのだ。


 金はすぐに底を尽きた。夜露をしのげる家もなく、満足な食事も出来ず、ときには残飯をあさり、ソイルは半ば野良犬のような生活を送っていた。そんな未熟なソイルが、日々の飯のために、悪の道へ走るのはいわば既定路線のようなものだったのかもしれない。


 ゼルドアで来てから半年と経たずに、通行人から財布をくすねる生活から、怪しげなクスリを売りさばく生活へと代わり、ついには強盗や脅迫まがいのことまで始めた。裏の組織との関係は日々濃いものへとなって行き、自分がなにをしているのか、思考することまでいつしかやめていた。


 ついにその日、告げられた仕事は殺人だった。狙いはゼルドアギルドのマスターだという。ソイルの感情がわずかに動いた。俺は冒険者になりたかった。なりたかったのに、今はこんな場所にいる。冒険者が掲げる夢や希望などという言葉からは、もっともほど遠い場所に。


 俺は弱い男だ。だからこんな場所にいる。こんな場所にいるしかない。

 でも、そいつも悪いんだ。俺が冒険者になれなかったのは。

 だから。だから、殺してやる。


 作戦などなにもなかった。手渡されたのは、短刀ひとつのみ。思えば、本気で子どもにオニールを殺せると考えるほど、組織の連中も馬鹿ではない。なにが邪魔だったのかはわからないが、オニールに対しての示威行動のひとつだったのだろう。


 けれども、そんな事情がわからないソイルにとって、それは本気だった。


 降りしきる雨の中、ソイルは一人歩くオニールの前から近づき、すれちがいざまに、身体に短刀を突き立てた。身体が震える。人を刺したのは初めてだった。オニール血が短刀を握る手から伝う。とてもあたたかいと思った。


 なぜ、オニールがソイルにされるがままに刺されたのかは、わからない。けれど、オニールはいっさいの反撃をせず、呆然と立ち尽くすソイルの頭に優しく手を置いてこう言った。


「やるな、お前。こうみえて俺はとんでもなく強い男なんだぞ。ドラゴンだって倒せる。その俺に一撃入れたんだ。わかるか、お前は弱くない、お前は強い男だ。だから、もうこんなことはこれきりにしろ。わかったな?」


 ソイルは泣いた。嗚咽を漏らし、身体を震わせ、ひたすら泣きじゃくった。


「ったく。若いころの俺みたいなことしやがって。このばかは」


 その日から、裏組織との繋がりをソイルは断った。けじめと言わんばかりに制裁されたが、甘んじてすべて受け入れた。そしてその時から、ゼルドアギルドはソイルの家となり、オニールは憧れの存在になった。



 ソイルとミントが初めて出会ったのは、ゼルドアギルドの受付台だった。ともに、カウンターに上がったのは初めてだった。ソイルは冒険者としての初日であり、ミントは受付嬢としての初日だった。新米同士の邂逅は、互いの船出は必ずしも順風満帆ではなかった。



「そ、ソイル・ラガマフィンです。ギルドへの冒険者登録は終わってるんだけど、依頼を受けて仕事をするのは今日が初めてで……よ、よろしくお願いします」


 自分の後ろに並んでいる、荒々しい男達の背丈と声の大きさにビクビクとしながら、ソイルはぎこちなく目の前の少女に頭を下げた。


「お、おはようございますっ。み、ミントです。あっ、ミント・クレイグと言い、も、申します。受付嬢としてここに立つのは今日が初めてで、い、至らない点ばかりかとは思いますがっ、一生懸命お手伝い(サポート)をさせて頂きますので、何卒よろし、よろしきゅお願いしますっ」


 受付台をぶち壊すのではないかという勢いで、ミントはソイルに向かって頭を下げた。そこでソイルはようやく気付いた。目の前の少女も自分と同じ新米であり、そして自分の何倍も緊張しているのだということを。


「そ、そんなにかしこまらなくていいよ。俺も今日が初めてなんだ。周りの目はあるけど、俺たちは新米同士なんだし、ちょっと肩の力抜いてこうぜ。な?」


 ソイルはそう言って、ミントに笑いかけた。どんな状況でも、自分よりも慌てふためいているやつがいると、心にも少しは余裕が生まれるものだ。


「ご、ごめんなさいっ。今日受付したのは、ソイルさんで四人目なんですけど……ぜ、全然上手く出来なくて。とんちんかんなことばっかりしちゃってて……。自分がみっともなくて……」


「初めてなんだからそんなの当然だろ。俺なんかギルド(ここ)に入るだけで震えてたってのに、初日なのにそんなに堂々と受付に立っててさ。全然みっともなくなんかない。俺から見ればじゅうぶんかっこいいよ。俺もミントに負けてられねえな。新人同士、お互い頑張ろうぜ」


 ソイルの言った言葉の何が、ミントの琴線に触れたのかどうかはわからない。しかしミントはハッとしたようにソイルを見つめると、紫の瞳を少しだけ目をうるませ、それに気付くと慌ててごしごしとこすっていた。


「……ありがとうございます、ソイルさんのおかげで、なんだか気持ちが軽くなりました。えへへ」


 ゴホンッ、と壺を割ったときの音のようなでかい咳払いが後ろから聞こえた。ソイルとミントは思わず身体を同時に縮こまらせた。


「あ、えっと。じ、じゃあさっそく依頼を出してもらえるか? いくつかあるうちから、一つを選ぶ感じだとは思うんだけどさ」


「は、はいっ。そうですねっ。えっとえと、今日出ている依頼は……」


 ぎこちなく手探りで会話するさまは、なにも知らない傍からみれば、初々しいデート中の若者二人のように映ったかもしれない。だが、当人たちはといえば、もちろんそれどころではなかった。


「ソイルさんっ、これなんかどうですか? 西にあるグラヴズ山ってところに、飛竜(ワイバーン)が出たらしいんです! 怖いですね、でも飛竜なんて浪漫がありますよねっ。近隣の村の家畜が襲われているので、その討伐をお願いしたいっていう依頼です! 報酬は最低10万ディールからで――」


 依頼書を手に持ち、キラキラと目を輝かせているミントをソイルは慌てて止めた。


「いやいやいや。ちょっとそれは、俺には無理だと思う……浪漫があるのはわかるけど、それを感じる前にきっと喰われちまうからな……他のはどうなんだ?」


「あっ、そ、そうですか。ごめんなさいっ、えっと、じゃあこういうのはいかがですか?」


 ミントが手渡してくれた依頼書を見る。


「行商人さんの護衛依頼です。目的地はえっと、エクイデムですね。地図だとこの辺りになるんですが……」


 示されていた地点は隣国エクイデムの端だった。徒歩で往復すると考えると、ふつうに一年はかかりそうだった。


「道中の様々な危険から、行商人さんを守って頂きます。危険因子をざっと見ただけでも、シャドウハウンド、ニードルリザード、あとは、盗賊さんや、山賊さんなんかもいると思いますっ。わ、他にもいっぱい魔物がいますね……。報酬は最低20万ディールからで――」


「いやいやいやいや。せっかく紹介してくれてるのにほんとに何度もごめんな、でも、ここに行ったら俺はもう帰ってこれない気がするんだ……。せっかく冒険者になれたってのに、さっきの飛竜のもそうだけど、最初の依頼が最後の依頼だった、ってのにはしたくない……。俺はランクでいうとDだと思うんだけど、そのあたりの依頼はないか?」


「あっ……。そ、そうですよねっ。ごめんなさいっ、ソイルさんも今日が初めてだって言ってたのに……うー、私のばかばかばか」


 ミントは机の上のもの全てを薙ぎ払うように、大げさな身振りで帳面の上で手を動かし、ようやくそれを見付けてくれた。


「えっと、これは街の人からの依頼なんですが、飼い犬が逃げちゃったらしいんです。その子を探して、見つけて欲しいという依頼です。可哀想ですね……いまごろお腹空かせてるかもしれないです」


 ソイルはミントから依頼書を受け取る。これなら今の自分の実力でも、なんとかなりそうなものだった。


「わかった、この依頼は俺が受ける。ありがとうミント、いってくるぜ!」


「はいっ! では、ソイルさんっ。冒険(クエスト)の無事をお祈りしています! いってらっしゃい!」


 そんなミントとソイルの後ろからは、二人の会話を聞いていたのか、くすくすとしのび笑いの声がそこかしこから上がっていた。当時はわからなかったが、今ならわかる。その程度の依頼で、クエストの無事もなにも無いからだ。それでも、ミントはとびっきりの笑顔でソイルを送り出してくれた。


 結局ソイルは、その依頼を達成することが出来なかった。野犬に群れに突っ込み、下水のなかまでくまなく探して、ボロ雑巾のようになったソイルは、ギルドに戻り、消沈しながらミントにそれを伝えたが、彼女はいっさいそれを馬鹿にするようなこともなく、ソイルを労ってくれたのだ。


 最初だけではなく、ミントはそれからもずっと、どんな低ランクの依頼だろうと、変わらない笑顔と挨拶で、ソイルも、他の全ての冒険者を送り出し続けた。そんな彼女が、ゼルドアギルドの看板娘と呼ばれるようになるのに、それほど時間はかからなかった。 



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