第二章3 『強くなりたい』
「……お前が、俺に剣を、ねえ」
オニールはどこか不思議そうにソイルを見つめたあと、顎に手をのせて、なにやら考え込むような仕草をした。ソイルは言った。
「いや、ほんとお恥ずかしい限りです。急に押しかけちゃったうえにこんなこと・・・」
「それは構わない。ただ、ちょっと驚いたというか。今の俺の心境は、あのソイルがなあ、という感じだ」
「はは……。いや、自分でもそう思います。あの俺がなあって。情けないですほんと」
「どうして情けないんだ?」
オニールは、本当にわからないといったふうに尋ねた。
「ようやくやる気になったってことだろ。俺はかっこいいと思うがな」
オニールは口元をほこらばせながら言った。本当に、へんなところで似ているというか。いちいち涙腺壊そうとしてくる親子だ。ソイルはぐっとみぞおちのあたりに力込めた。
「教えるのは良い。でも、急にそんなこと言い出した理由は知っておきたい」
そう言って、オニールはじっとソイルを見つめた。数々のダンジョンに挑み、危険な仕掛けを突破し、強敵を屠り、ギルドを束ね、男手ひとつで一人の娘を育ててあげてきた男の視線だ。生半可な気持ちや、表面だけの言葉などすぐに看過されてしまうだろう。
ソイルは一度目を閉じた。薄闇の中の記憶を引きずり出す。黒騎士。レト・ティルヴィング。そしてフィオ。白く星が瞬く。その光は、どんな闇の中でも、二度と見失うことはない。
「――俺は、強くならなきゃいけないんです。守りたい人を、守れるくらいに。その人の隣で、堂々と戦える自分で在りたいから。その人に、俺は救われたんです。全部。だから今度は、俺がその人の力になりたい。正面から戦って、勝ちたい相手もいる。だから俺は――今よりもっと、強くなりたい」
オニールはソイルが話してる間も、視線を一瞬も外さなかった。ソイルも同じように、オニールから目を逸らさずに言い切った。
「……今は、ちょっと強めにお前を視ていた。自慢じゃないが、俺の本気の眼力はほぼ魔眼のレベルだ。人間だろうが、魔物だろうが、雑魚ならそれだけで蹴散らせる。だが、逃げなかったなソイル。お前は変わった、ちょっと前に会ったときとは、まるで別人だ。今、俺は本当に驚いてるよ」
そう言って、オニールは表情をゆるめた。
「金が欲しい。ランクを上げたい。守るべきものを守りたい。強くなりたい理由なんて、人それぞれだし、それで良いんだ。そこに貴賤があるわけじゃないからな。言葉や理由なんてのは、結局のところそれでしかない。大事なのは、自分で決めたことから絶対に逃げないっていう覚悟だ。これは別に昇格試験とかじゃないが、そういう意味じゃ、今のお前は合格だよ。次の試験があったら絶対受けろ。ちょっと本気でやりゃ、Bくらいまでなら行けるぞ」
オニールは立ち上がった。ソイルも慌てて立ち上がる。
「話はわかった。ただ、俺もずっとお前に付き合ってやる時間があるわけじゃないんだ。そうしてやりたい気持ちは、今ちょっとあるんだがな。これから夕方まで付き合ってやる。それでいいか?」
充分だ。ソイルは思う。今日教えてもらえるというのなら、繰り返してオニールから教えを受けることが出来る。それでどこまで届くかわからないが、いや。届くまでやるだけだ。何度でも。何度でも。
「はい! オニールさん、本当にありがとうございます!」
「と、言ったものの。俺は誰かに教えるとかは得意じゃないんだよな。見せてやるから、俺を盗めとかしか言えないことも多い。単純に剣だけなら、Aランクにブラッドってのがいる。教え方なら、あいつが一番だ。今から俺が声をかけてやってもいいぞ?」
「それは、もちろんありがたいです。けど」
「けど?」
ソイルは一瞬言うのをためらったが、その言葉を口にした。
「その人は――黒騎士よりも強いですか?」
オニールの目付きがわずかに変化した。怒り、という感じはしないが、さきほどまでの、どこか丸かった雰囲気は霧散していた。
「お前の口から、奴らの名前が出るとは思わなかったよ。なんだ、修行したらそっちの方に行きたいのか?」
「いえ、逆です」
ソイルは言った。
「黒騎士に勝てるくらいに、強くなりたいんです」
◆
ソイルとオニールは連れ立って、家の裏庭に来ていた。大小さまざまな訓練器具や、壊れた魔導具が乱雑に地面へ置かれている。対人訓練用の木人には、古い傷から新しい傷まで無数の打ち込みの跡があった。それらを見て、ソイルは思う。
絶対的な強者などいない。彼らはソイルの想像など及ばぬような努力を、一枚一枚、薄皮を重ねるように積み重ねているのだ。毎日、毎日。オニールでさえ、そうなのだ。黒騎士だってそれは同じはず。そんな彼らに対し、自分が挑み、辿り着こうなど考えることが、どれほど滑稽なことなのか。
それでも。
「とりあえずはこの木剣で良いか。ほら」
ソイルはオニールから放り投げられた木剣を掴む。本当にいつぶりだろうか、訓練用の剣を手に取るなんて。ぐっとそれを強く握る。きっとこれが、本当の意味での、第一歩だ。死ぬ気でやるんだ。死んでもやるんだ。自分に与えられたものを、もう、ひとつぶでもこぼすな。
「とりあえず最初は、いまのお前の実力を見ておきたい。それによって、どの程度の力で教えるか決めるからな」
オニールの言っていることはわかる。冒険の初心者に、いきなり飛竜を倒してこいなどとは言わない。死んでしまったら訓練もクソもないからだ。だが、それは普通の人間あればの話。自分の今の強みを生かすならば。
「って、お前まで付いてきたのか、ミント」
オニールは、少し離れたところに箱のようなものを両手で抱えながら立っているミントに声をかけた。
「は、はい。私にもお手伝いできることがあればと思って」
「仕事は良いのか?」
「はい。ギルドから出て来る時に、午後は非番にして頂きました。ジアさんが代わっても良いと言って下さったので」
「それなら良いが、でも、手伝うって言ってもなあ・・・。というか、その箱なんだ?」
「あ、こ、これは。ソイルさんが怪我しちゃったときには、すぐに応急処置だけでも出来るように、って、思って……」
そう言ってミントはどこかもじもじするように、内股になった。百戦錬磨の男がそんな愛娘の微細な変化を見逃すはずもなかった。
「……ソイル。まさかとは思うが。おまえ、ミントと何か」
「いや! 何も! あるわけないじゃないですか!」
ソイルが叫ぶと、鬼神のような顔から一転して、好々爺のような表情を浮かべるオニール。
「はははっ! そうだよなー! いやー手元が狂って、竜殺しの剣あたりを持ち出すところだった。俺が本気で振ったら、このあたり一帯は焦土になっちまうからな」
「もう、お父さんたらまたそんなこと言い出して」
「「「あはははは」」」
ソイルはまったく笑えなかった。この場で心から笑ったのは、頭のおかしい親子二人だけだ。
「大丈夫だぞーミント。やさしーく指導して、ソイルにはかすり傷ひとつ負わせないからな。お前の抱えてる箱の世話になるんてことはありえないというかさせるわけないだろそんなこと俺が許さん」
これは……。こうあってほしいという展開から、なぜか真逆の方に行きかけてる……。
ソイルは思った。ソイルの強みを生かすなら、どれほどの怪我をしようが、死にかけようが――仮に命を落とすことになっても、元の状態に戻れるところにある。それを利用し、本気のオニールと何度も戦うことで、密度の濃い修行をすることを望んでいた。
だが、こうなってしまってはさいあく、オニールはソイルに撃ちこむことすらしないかもしれない。それではオニールに頼んだ意味が半減してしまう。ソイルは考える。何か、この状況で何かオニールの全力を引きずり出すためには。
「じゃ、そろそろ始めるぞソイル。まずは俺に撃ちこんでこい。当たらないとは思うがな」
オニールは言った。
「そうだ。訓練とはいえ、勝負形式にするか。俺に一発でも当てられたら、お前の勝ちだ。ダンジョンだって中にお宝があるから面白い。それがなかったら、あんなところただのかび臭い遺跡だからな。お前が勝ったら、なにかひとつ言うこと聞いてやるよ」
ソイルは考え続ける。というか、今なにかひとつ言うことを聞くって言ったな。何か、何か――。ソイルはミントを見た。ミントもそれに気づいたようで、はにかみながら小さく手を振った。そしてソイルはそれに気づく。
「アイシャが居る店に連れてってやってもいいしな。あの店は良いぞ。で、何か望むことは決まったか」
ソイルは頷く。頷いてから、言った。
「オニールさん。俺が勝ったら、ミントとデートさせて下さい」
バゴッと後方で、何か木製のものが地面に落ちる音がした。




