第二章2 『ミントさん家の家庭事情』
四番街居住区にあるミントの家は、いちおう、ゼルドアギルドのマスター宅ということになるのだが、一般的な家屋と比べても、特段に上というほどではなかった。庭の広さにしても、家の大きさにしても、置かれている家具や調度品などにしてもだ。こういう部分からも、オニールの人間性が垣間見える。
ミントは慣れた手つきで、ポストから書簡やちらしなどを回収してから、ソイルを家の中へ招き入れた。この場所に来るのは初めてではなかったが、それでも最後に訪れたのは年単位で昔のことだ。
ソイルはなんとはなしに、家の中を眺めた。記憶の中の風景と同じものもあれば、変わっているものもあった。よく整理整頓がされていて、掃除も行き届いている。ミントの母は彼女が幼いころに亡くなっているため、家事のほとんどはミントがしているのだろう。
ミントを嫁にする男は幸せだなとソイルは思うが、同時にオニールと間違いなく殺し合いをしなければならないはずなので、そこで死ななければという条件が付くことは不幸だとも思う。オニールは愛した女性の忘れ形見であるミントをずっと溺愛しているのだ。
「ソイルさん、何か飲まれますか? 先日、お父さんがお土産に買ってきた良い紅茶があるんですけど」
外ではオニールのことをマスターと呼ぶミントだが、さすがに家の中ではお父さんと呼んでいた。
「いやいや、お構いなくだ。ありがとな」
「そうですか……。今朝でかけるときには、お父さん今日は家で仕事をするって言っていたので、今は部屋にいると思います。行きましょう」
少しだけ残念そうな表情を浮かべたミントだったが、ソイルを先導するように先へ歩いていった。ソイルにしても茶を飲みにきたわけではないのだが、それでもわずかに心は痛む。
廊下の途中にある一室の前でミントは立ち止まり、こんこんと軽くノックをした。
「お父さん? 私です。ちょっとお父さんにお話があって、入っても大丈夫ですか?」
ミントが呼び掛け、ソイルは少し聞き耳と立て、ようとしたが、そんな必要はなかった。
「げ!? み、みみミント!? ちょ、ま、え!? 仕事に行ってたんじゃないのか!?」
明らかに動転してうろたえるような声、跳ね起きるような音。がちゃがちゃとくぐもった金属音も聞こえてくる。
「はい。そうなんですけど、ソイルさんがお父さんに相談があるとのことで、お連れしたんです。入りますよ?」
「そ、ソイル!? な、なんであいつが、いや、ま、ままま待って! お父さんちょっと、今あれが、それだから、ちょ、ちょっとだけ待って下さい! お願いします!」
「ど、どうしたんですか? なんかすごく慌ててるような気がしますけど」
「え!? き、気のせいだろ! お、お父さんあ、あわててなんか、くそっ! ベルトが、ベルトが上手くしまらな、うおおおっ!」
オニールの叫びとともに、どっかんがっしゃんと、なにか家具が倒れまくっている音がする。ミントもさすがに不穏に思ったのか、
「お父さん、大丈夫ですか? 入りますね」
そう言ってドアノブを回しかけたとき。それはひとりでに回り、ドアが開き、中から亜人の女性が現れた。
「あらん? オニールちゃんの娘ちゃんと、彼氏ちゃんかしら? いいわねえ、若いって」
ミントもソイルもただただ呆然とするしかなかった。それ以外にどうしろと言うのだ。
亜人の女性は犬型の獣人だった。柔らかそうな灰色のふさふさの体毛と、少しだけくるりと丸まった太い尻尾。人間でいうところの髪の毛にあたる部分は長く、エキゾチックな魅力がある。スタイルは抜群で、メロヌもミントよりもたわわだ。そしてミントよりも刺激的な恰好をしている。
ゼルドアには人間ほどではないが、多くの亜人が暮らしていた。世界には亜人を差別する国もあるが、マナディールにはそれがない。ゆえに、この国には多くの亜人が集まっている。彼らの存在、持っている能力の数々も、マナディールの強大な国力に大きな影響を与えているのだ。
「あ、心配しなくても大丈夫よん。いまから帰るところだから。オニールちゃんによろしくねん」
亜人の女性はそう言ってミントの頭を優しく撫でながら、ソイルの方を見た。
「お兄さん、この服装どう思うん? オニールちゃんの趣味なんだけど、可愛いかしらん?」
突然話を振られたソイルは、慌てながらも、
「あ、その、なんつーか……はい。よく似合ってると思い、ます」
と、前方のメロヌからなるべく視線を逸らしながら答えた。
「あらん? きょろきょろしちゃって可愛いん」
女性は尻尾をふわっと動かすと、それでソイルの顔をさわさわと撫でた。
「ねえん。お兄さんは亜人は嫌いかしらん?」
「い、いやその。好き、とか、嫌いとかじゃねえと思うです」
「ううん? どういうことん?」
「だって、俺たちは、みんな同じだと思うから。喜んだり、泣いたり、そういうのも全部一緒、じゃねえっすか」
ソイルはしどろもどろになりながらも答える。ソイルにしても、亜人に偏見などは一切ない。マナディールという国で生まれ育ったということもあるが、幼いころの友達にも亜人はたくさんいた。
「あらあらあらん。ちょっときゅううんってなっちゃうじゃないん。わたしはアイシャって言うのん。六番街のお店で働いてるから、今度遊びにきてねん。待ってるわよん」
アイシャはそう言ってぺろりと口から舌をのぞかせると、ソイルの顎のあたりを指でふわふわとこすってから、しゃなりしゃなりと歩いていってしまった。ちょうどそのタイミングで、部屋の中からオニールが現れる。
「おい、ソイルてめえ! なに人の女口説こうとしてやが――やべ、あ、みミント! お、おかえりーだぞ!」
ミントはオニールを前にうつむいて、身体を小刻みに震わせたかと思うと、
「お父さん!! ちょっと、これはどういうことですか!? お仕事はどうしたんです!?」
ソイルが聞いたこともない声音で言った。
「ひっ! ち、ちがうんだよ! お父さん、ちゃ、ちゃんとお仕事してたぞー!?」
着ている衣服の乱れ具合と同じに、オニールは表情も言葉も乱れまくっていた。
「あの方が出てったあとで、よくそんな白々しい嘘つけますね!?」
「ほ、本当なんだよ! そ、そう、お仕事というのはなー! 獣人女性の生態をお父さんの身体的特徴を使って調査するっていう――」
「ただのえっちなことじゃないですか!! もう! 今日という今日は許しません!!」
「うわああああっ! ごめんなさい! 失礼しました! 許してくれミントー!!」
そう言い残して部屋へ飛び込んでいく親子を眺めながら、ソイルはぼそっと言った。
「次のループでくるときは、時間をずらすか、茶をごちそうになってからにするか……」
◆
「よう、ソイル。ちょっとだけ、久しぶりだな。元気にやってんのか?」
「あ、はあ……。ぼちぼちというところです……」
「そろそろ好きな女の一人でも出来たか? おまえ、顔は悪くねーんだから、若いときにやることやっとかないと、あとで苦労すんだぞ? これ本当な」
「なるほど……。今のオニールさんみたいになるってことですかね……」
「ははははっ! こいつ! 言うようなったじゃねえか!」
「は、はあ……。言うようになったというか、言わなければまずいというか……」
オニールは快活そうな表情で笑っている。笑いながら、頭から血を流している。
「で、わざわざ俺に話だなんて珍しいな。女の口説き方か? それを話すと半日くらいかかるからな。要点だけでも書いてやろうか?」
「い、いえ……。 気持ちだけ頂きます……。それよりも、何ごともなかったかのように話してもらってありがたいんですけど、大丈夫ですか? 顔とか、頭とか……」
ソイルが言うと、オニールはいきなり怒り始めた。
「大丈夫なわけないだろ!! 火かき棒で三発ぶん殴られてるんだぞ!?」
オニールは言った。
「俺じゃなきゃとっくに死んでるわ! 相談はかまいやしねえけど、なあんでよりによって今日のこの時間に来るんだよおまえは!!」
ソイルとオニールはオニールの自室にあるテーブルをはさんでそれぞれ椅子に座り、話していた。
若い頃はさぞや美男子だったであろう、彫りの深い整った顔立ち。ところどころにある皺も、成熟した男性の色気を醸し出すのに一役買っていた。
明け方の空の色を想起させる藍色の髪は短く小ぎれいに揃えられていて、インクで線を引いたような眉は凛々しく若々しい。肌は健康的に少しだけ焼けており、深緑の瞳には力と意思が宿っている。体格は決して大柄ではないが、全身は全て鋼のような筋肉で構成されているのだ。
「うっうっ、これでまたしばらくミントが二人きりのときに、口を利いてくれなくなるんだ……。前は一週間だった。今度は二週間かなー三週間かなーはははっ! 笑えないんだよ! ぜえんぶおまえのせいだ! どうしてくれる!?」
「あー……いや。ほんとすんません……こんなつもりじゃ……」
「そうだそうだ! 責任取って、一緒にミントが許してくれるまで謝れよ!」
と、オニールは言ったが、
「お父さん! どうしてソイルさんが悪いことになるんですか!? いい加減にしなさい!! もう一回火かき棒が欲しいんですか!?」
と、部屋を片付けているミントに怒鳴られた。
「ヒィッ! や、やだなーミント! ソイルが悪いことなんてひとつもないぞー!」
「ちゃんとソイルさんの話を聞いてあげて下さい! そうしなかったら、私にも考えがありますからね!」
「わ、わかった! 大事なミントと、大事なソイルの話だ! もう、なんでも聞くぞ! お父さんに任せとけ!」
ソイルはひとつだけため息をついてから、おもむろに切り出した。




