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第一章21 『誓いと作戦』


「なあ、フィオ」


 ソイルが言った。


「残念なお知らせだが、俺は強くねえ。廃墟の中から君を連れ出せたのは、ただ運が良かっただけだ。最初から諦めるつもりはない、けど、もし、もし逃げれそうなら君だけでも逃げてくれ」


 フィオは笑った。


「うん。絶対に嫌」


「冗談言い合ってる場合じゃない。あいつは本当にやべえんだ」


 前方にいる黒騎士――レトを見ながらソイルは言った。


 二回目のループで邂逅した際に、文字通り手も足も、声さえ出す暇もなく左腕を飛ばされ、戦闘不能にされたことを、ソイルは思い出していた。


 撃ち合うことさえ出来なかった。おそらくあれも、決してレトの本気などではないのだ。


「……でしょうね。多分、私はあなたを守り切れないし、あなたも私を守れない」

 

 フィオは紐を取り出して、髪を後ろで一括りにしながら言った。違う髪型のフィオを見るのは初めてだった。こんな状況にあってさえ、わずかに目を奪われる。

 

「正直、状況としては詰んでると思う」


「わかってるなら、どうして! 二人とも死ぬんだぞ!?」

 

「望むところだからよ」


 フィオの声は大きなものではなかった。しかし、凛として響いた。彼女の瞳に白い星影が映る。それはまるで、戦いの光を受け、この場にあって輝きを増しているようにさえ見えた。


「諦めるつもりないわ。戦って戦って、戦い抜いて、それでもなお及ばないなら」


 フィオは言った。


「共に戦って、共に死にましょう。不思議だけどね、あなたには悪いともあまり思ってないの。だって――」


 フィオは初めて会った時のように、ソイルの手を心ごと掴み、引き上げてくれた時のように。


「私たち、デートした仲でしょう?」


 いつも通りの笑顔で言うのだった。


 ソイルは固まった。まるで天啓を受けたように、漂っていた迷いの霧は、ひといきで吹き飛ばされる。次に出たのは、心からの笑いだった。彼女の隣で戦えることがただ、いまは誇らしかった。


「……正直、俺の剣術なんてあいつにとっちゃそよ風みたいなもんだ。情けねえけど、フィオの魔法が頼りになる。何か作戦はあるのか?」


「私の魔法にしたって、小石くらいのものだと思う。現に、さっきはあっさり弾かれちゃってるし」


 ソイルは考える。魔法が必要だ、何か強力な魔法――が。ハッとソイルは思い出していた。ルーちゃんと自分を呼ぶ、あのどこか間の抜けた声を。


「……詠唱付きの」


 ソイルは言った。


「詠唱付きの魔術ならどうだ? たしか、術者への負担が激しいって聞いてるから、無理は言えねえが」


 フィオが驚いたようにソイルを見た。


「すごい。私も同じこと考えてたの。万に一つがあるとしたら、それしかないって。ソイルが詠唱付きを知ってるのにもびっくりだけど、ふふっ、私たちなかなか相性が良いみたい」


 死を前にしても、フィオの表情はまるでイタズラを思いついた子供のように無垢だった。


「詠唱付きならひとつだけ、私にも使えるものがあるの。確かに撃ったあとはしばらく動けないくらい、マナは消費しちゃうけどね」


 フィオは言った。


「作戦はシンプル。私がマナを溜め終えるまで、ソイルは死なない。詠唱中も、ソイルは死なない。撃ち終わったあとも死なない。これだけよ」


「そりゃずいぶんと難易度が高いな」


「あら? 死ななければ良いだけの話よ。ま、優しさがあるなら隙を作ってくれたり、ちょっと守ってくれたりしたら嬉しいけど、多くは望まないわ」


「望まれても出来ねえしな。せいぜいあがいてみるよ」


「ふふ。ほどほどに期待しておく」


 ソイルは懐を探った。これがどれだけ役に立つかはわからないが、とにかくもうやるしかない。


「よう。おふたりさん。さすがにもう治療は終わってんだろ? ついでに作戦会議もな」


 レトは一歩、二歩とゆっくり近づきながら言った。何もかもお見通しというわけだ。


「心配すんな。あんたらの作戦とやらを俺は聞いてねえ。そんなもん予め知っちまったら、興ざめだからな。代わりにせいぜい楽しませてくれよ」


 始まる。戦いではなく、単純な殺し合いが。ソイルはブロードソードを勢いよく抜き放った。


「やる気満々って感じだな、兄ちゃん。いいね、そうこなくっちゃよ」


 レトもソイルの闘志に応じるように剣を引き抜き、ヒュンヒュンとその場で二、三度宙を斬ってみせた。


「やる前に最後のお喋りだ。おい、ファーガス!」


 レトは叫んだ。


「万が一、俺が負けたら、そのときはこいつらを見逃せ。一日、いや半日で良い」


「なにを勝手なこ――もがっ!」


 ファーガスが答える前に、アードキルが叫びそうになり、レトの言葉を思い出したのか、自ら慌てて口を抑えた。下着もはだけたその姿に、威厳などは何もない。


「……承服しかねるな」


「なあ、ファーガス。お前は俺と違って馬鹿じゃねえ。お前だって気付いてんだろ? あそこのお姫さん、ナリは小せえし、胸もぺったんだし、腕っぷしがあるわけでもねえが」


 レトは言った。ソイルの隣ではなぜかフィオが憤慨していた。


「ハートだけは間違いなく王の器だ。まあ、俺が死んだあとのことだから好きにすりゃいいが、それだけは言っておくぜ」


「……承服はしない。が、その言葉は憶えておこう」


 そう、ファーガスは静かに言った。レトはそれでいいさ、と手をヒラヒラと振った。


「さて。お姫さんとはもうだいぶ話したからな。最後にそこの兄ちゃんとだ」


 レトは剣をソイルの方に向けて言った。


「ソイル、って言ったか。正直、あんたの名前も興味がないくらいに、俺と兄ちゃんとじゃかけ離れ過ぎてる。顔も俺の方がかっけえしな。わはは!」


 ずっと思っていたことだが、このレトという人物は、なにを考えているのかまるでわからない。レトのような男にこれまでソイルは会ったことがなかった。


 見知らぬ誰かを殺すことに対してさえも、一切の躊躇も慈悲もないやつだと思えば、こちらが思わず感動するほど、騎士道精神のようなものに溢れてさえいる。フィオでさえ、レトには礼を述べたくらいだ。ソイルが黙っていると、


「ああん? なんだ兄ちゃん、疑ってやがるな。うし」


 レトはおもむろに兜を脱ぎ捨て、地面へ放り投げた。


「くぁーっ!! やっぱ、こんなもん付けてると息が詰まってしょうがねえ。殺し合いは、やっぱ顔見ながらやらねえとな」


 波打つ青灰色の髪をゆらしながら、レトは気持ちよさそうに首を振った。本人が公言していた通り、レトは凄まじい美男子だった。


 彫刻のような整った顔立ち。年は想像していたよりもずっと若い。肌は白く、青みがかった灰色の瞳は、深奥まで見渡せてそうなほど透き通っている。口調と同じように口もとには笑みが浮かんでいるが、眼光だけは鋭く、それは凍った月の光を思わせた。


 後方でファーガスが、やれやれといったふうに首を振っていた。


「これで良しと。ま、それでも兄ちゃんにはひとつだけ興味がある。あんた、そのお姫さんどうやってモノにしたんだ?」


「「え゛っ」」


 レトの言葉に、ソイルとフィオは思わず同時に声を上げていた。


「なんでえ、そういう間柄じゃねえのかよ。別れのちゅーでもするなら、それくらいは待つぜ。そこの露出じじいと違って、俺は野暮でも悪趣味でもねえからな。それであんたらの戦闘力が上がるなら、遠慮しねえでぶちゅぶちゅやってくれ」


 あわわわと一瞬状況を忘れるほどに、違う意味でのいやな汗が噴き出すソイル。対してフィオは、


「なっ、ちょ、まっ、え!? ち、違うわよっ!」


 と、これまた顔を真っ赤にして大混乱。


「ソイルとは今日初めて会ったばかりなの!! で、デートはしたけど……べつに、そんな……その……」


 そう言って指をもじもじとしだすフィオだったが、レトはまるで聞こえていないかのように、声を一段低くして、呟いた。


「……初めてだと。おい兄ちゃん。あんたお姫さんに雇われてる護衛とかじゃねえのか?」


 レトは言った。


「お姫さんが言ってるのは本当か? あんたらは今日初めて会った、間違いねえのか?」


 先ほどまでのどこか陽気な声はピタと鳴りを潜め、今のレトの声は真剣そのものだった。心を見透かされているような感覚に、ソイルは思わず背筋が寒くなる。


「あ、ああ……。そうだけど。俺は別にフィオに雇われてるわけじゃない」


「……なら、ほとんど何の情報もないはずだ。なのに手際といい、タイミングといい、全部が良すぎる。まるで、今日ここで何が起こるのか、あらかじめわかってたみてえな……」


 レトの呟きは小さな独り言だったが、ソイルの耳にははっきり届いた。今度こそ、ソイルの全身にぞくっと震えが走った。動悸がひとりでに速くなる。


「その力量でファーガスを出し抜いたのも、そう考えれば説明ができる……。もともと俺たちのことを知っていた……? 見たことがあったのか、ここで……」


 ソイルはほとんど過呼吸を起こす寸前だった。


 なんなんだ? こいつは本当に、いったいなんなんだ!?


「くくっ。まあ……そんなことはあり得ねえ話だ。俺も妄想が過ぎるってもんだな。わりい、待たせた。あんたら二人に興味は尽きねえが――そろそろ始めるとするか」


 そう言って、レトは構えなど何もないように剣をぶらりと下げた。


「なかなか楽しかったぜ。だが、楽しい時間ってのはいつか終わるもんだ。せいぜい気張ってくれよな、お二人さん」



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