第一章20 『レト・ティルヴィング』
「な、なんの真似だ、ヒッ!」
「なんの真似だ、はこっちの台詞だぜ。じじい、てめぇ先にあの兄ちゃんを殺させようとしたな?」
黒騎士はアードキルに剣を突きつけながら続ける。
「ったく。悪趣味なのはその変装だけにしとけよな。おい、ファーガス。てめえもてめえだ。こんなじじいの言いなりになりやがって。おっと、動くなよ。お前が動いた瞬間、俺は向こうの姫さんに付くからな」
黒騎士はもう一人の黒騎士に向かって言った。
「――私は王家の所有するただの剣に過ぎない。レト。貴様こそ裏切るつもりか?」
ファーガスと呼ばれた黒騎士が言った。
「そんなつもりはねえよ。俺は俺のやり方で仕事をするってだけだ。じじいのやり方は俺の美学に反した。それだけのことだ」
ソイルとフィオは一瞬お互いを見合ってから、再び目の前で繰り広げられている光景に、言葉を失いながら見入っていた。仲間割れ……? わからない。状況だけみれば間違いなく好機なのだろうが、レトという黒騎士の動きがまったく読めない以上、うかつには動けない。
「我らは王家に忠誠を誓った身。我らはただ王家の敵を討ち滅ぼすモノ。そこに貴様の美学とやらが入り込む余地などない」
「これだから堅物は。よう、ファーガス。相手が船だろうが竜だろうが、俺たちは殺す。王家の敵であるならな。じゃあよう、お前が殺そうとしてるお姫さんは、まるっきり王家の人間じゃねえってのか?」
「……それは、違う。フィオン様は王位継承権をお持ちになっている」
ファーガスは顔をフィオの方へ向けた。フィオもそれに気づいたようで、キッとファーガスを睨みつけた。こんな場面にあっても、怯まず、挫けず、逃げだそうとさえしない。誰もが彼女に魅入ってしまうのだ。真昼の空の下にあってさえ、燦然と輝く白い星。
「俺ぁ、お前と違って真面目じゃねえ。王様が誰になろうが、ぶっちゃけどうでもいい。だが、少なくともよ。この悪趣味じじいが推してるボンクラよりは、あっちのお姫さんの方が王様にふさわしいと、俺は思うがね」
「……それは我々が決めるべき問題ではない。神聖な王位継承に我々の感情が入り込むなど、あってはならない。レト、剣を下ろせ。貴様が任務をこなすというのなら、私は貴様の言う通り、静観していよう」
ファーガスが言い、それに応えるようにレトはアードキルから剣を離した。
「き、貴様ら!! 黙って聞いていれば、好き勝手に喋りおって!! 貴様らは黙って私の言うことを聞いていればいいのだ!! 私をなんだと――」
「ピーピー囀るなよ、じじい。言われなくても仕事はしてやる。だが、てめぇの変態趣味にまで付き合うつもりはねえ。わかったな? 汚ねえ腸ぶちまけられたくなかったら、俺に余計な指図はすんな」
レトはソイルとフィオを見て、そしてもう一度アードキルを見た。
「じじい、俺が言うのも滑稽だが、あんたあのお姫さんがチビの時から世話してたんじゃねえのかよ。なんかねえのか、こう、愛情とかよ」
アードキルは心底馬鹿らしいと言うように、フンと鼻を鳴らした。
「馬鹿が。あんな小娘、王の血を引いてるというだけで、半分は汚らわしいどこぞ売女の子供だ。世話をしたのは、なびかせておけば、いつか利用出来ると考えただけだ」
フィオは何も言わず気丈に立っていたが、その拳はきつく握りしめられ、小刻みに震えていた。ソイルは軋む身体を強引に立ち上がらせた。絶対に今立ち上がらなければいけないと心が叫んでいた。ソイルはフィオの手をそっと握った。言葉では、伝えきれないものを伝えたかった。
「……ソイル。私は大丈夫だから」
「知ってるさ。俺はただ、フィオの母ちゃんにありがとうって言いたくなったんだ」
ソイルは言った。
「だって、母ちゃんが頑張って産んでくれたから俺はフィオと会えた。母ちゃんが愛してフィオを育てたから、君はここまで輝いてるんだ。その髪飾りみたいにな。君の母ちゃんは世界一だ。ちっとも汚れてなんかない」
「……ばか。……ありがとう」
フィオはそう言って、ソイルの手を握り返した。
「――聞いてたか? ファーガス。これが俺らの国のえらいえらい元宰相様だぜ。ちゃんちゃん。ってな」
ファーガスは黙ったまま、何も答えなかった。
「じじい、あんたへの評価を見直したぜ。てめぇはもう口を開くな。一言でも喋ったら、その時点でてめぇを先に殺す。俺はファーガスと違ってイカれてるからよ。どうせ出来ねえだろ、なんて思わねえ方が良いぞ。ま、試してみるのはてめぇの勝手だけどな」
レトはそう言ってヒュンっとアートギルの前で剣を振り下ろした。剣先は正確にアートギルの衣服だけを切断していた。
「ひっ、ヒィッ!?」
「……まあ、今のは許してやるよ。そのまま大人しく待ってろ」
首をぶんぶんと縦に振るアードキル。唾でも吐きかけるようにレトはアードキルを見たあと、ゆっくりとソイルとフィオに向かって歩き出した。
「悪かったな、お姫さん。俺が余計なこと言っちまったせいでよ。まあ、そっちの兄ちゃんにとっては案外ラッキーだったのかもしれねえがな、くくっ」
フィオとソイルは互いを見つめ、手を握ったままであることに気付き、慌てて離した。
「き、気にしてないから大丈夫……。それよりも、さっきはソイルを助けてくれてありがとう、えっと、レト」
「レト・ティルヴィングだ。これからどっちかが死ぬまで殺し合うことになる。それまでの付き合いだが、まあひとつ、よろしく頼むよ」
◆
「――内なる海原よ、巡れ。プテラ・ノヴァエアングリア」
フィオが触れた手から、ソイルの身体に暖かな魔力が伝播していく。ソイルの受けた傷や痛みを癒すだけではなく、マナも活性化させ、ソイルの自然治癒能力も一時的に向上させた。
フィオからこの魔法を受けるのは二回目か……。いや、三回目だな。二回目の時は気絶してたんだっけ俺は。情けねえ。
「……レト。さすがに戯れが過ぎるぞ」
アードキルの隣に立つファーガスが言った。
「いいだろ、治療くらいさせてやってもよ。さっき、お姫さんには悪りぃことしたからな。その詫びだ、俺なりのな」
「……しかし」
「あ。そうか! お前はあの兄ちゃんにいっぱい食わされてんだったな! わははっ、そうかそうか。そういうことか――って、おいおい殺気放つんじゃねえよ。ったく、冗談も通じねえのか……」
レトは後頭部を掻くように、手を後ろにやった。
「あの黒衣は魔導具だ。ありゃ相当なもんだな。俺でも気配がまったく読めなかった。どこで手に入れたのか知らねえが、お前が不意を突かれるのもしょうがねえ。魔水晶の閃光を食らいながら、じじいも守らなきゃいけなかっただろうしな」
レトは言った。
「だが、やりあった感じだけでいや、あの兄ちゃんは並に毛が生えた程度だ。素直に言うなら、いくら不意突かれたつっても、お前が出し抜かれたことが俺ぁまだ信じられねえよ。それとも、他になんか理由があったのか?」
「……不覚を取ったことは事実だ。あの者は予め想定していた動きであるかのように、行動に一切の無駄がなかった。最初から戦うつもりはなかったのだろう。まるで、私との力量の差を知っているかのように。だが、貴様の言う通り技量が凡庸過ぎる。初戦でその差を正確に測れるとは思えない。ゆえに不可解だ。あの男は何者だ」
「傭兵――ではねえだろうな。俺たちみたいに目が死んでねえ。身のこなしからして、冒険者だとは思うがね。おめめにお星が浮いてる連中だ。まあいずれにせよ、あの兄ちゃんが快復したところで、正面からやって負けるイメージはまるで湧かねえ。お姫さんが背中にくっついてたとしてもな」
ソイルの治療を終えたフィオが、ふうと息をついた。
「……だいぶ治せたとは思うんだけど、私、治癒魔法は得意じゃないから、効果は」
「ほどほどに期待、だな」
フィオがパチクリと目を瞬かせた。
「む。そ、そう言おうとしたけど。なんか、先に言われるとすっごく腹が立つわね……」
ソイルは笑った。
「バッチリだ。ありがとう」
ソイルは跳び上がるように立ち、腰に差してある剣の柄に手をかけた。ゼルドアへ来て、武具屋でこのブロードソードを買った時のことを、ソイルは思い出していた。
頼むぜ、相棒。一緒にフィオを守ってくれ。
ソイルに応えるように、柄はカチャリと音を立てた。




