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第一章18 『走る駆ける走る』


 フィオと別れたあと、ソイルが真っ先に向かったのは賭場だった。記憶をフル回転させ、何度か負けながらも小一時間で三十万ディールを稼いだ。


 呆然とするギャラリーを蹴散らすように外へ出て、ソイルは再び走り出した。心臓が破裂しそうなほど速く打っている。当たり前だ。生きているのだから。


 だからもっと速く打ちやがれ。もっと力を出しやがれ。このくそったれ!!


 三十万ディールを持ちながら、ソイルはゼルドアギルドの中へ飛び込んだ。


「レーベン!! おい、レーベン!! 居ないのか!?」


 ミントを含め、その場にいたほぼ全員がポカンとしながらソイルを見ていた。ソイルはなおも怒鳴り続けた。


「レーベン!! ハゲーベン!! 頼む! 時間がねえんだ!! 俺の相談に――」


「やかましいわ!! 今行くからそこで待ってろ!! このアホ野郎!!」


 奥からノシノシと床を踏みしめながらレーベンが現れる。


「うるせえんだよてめえは! で、なんだあ、相談って――おい! てめえ、その金どうしたんだ!?」


「はぁっ、時間が、はぁっ、ねえんだ。頼む、話を聞いてくれ、聞いて下さい……!」


 ソイルはレーベンに向かって頭を下げる。百戦錬磨の巨体も、さすがに度肝を抜かれたらしく、


「わ、わかった。わかったっての!! ミント嬢! すまねえ、奥の部屋借りるぜ!!」


 レーベンはソイルの首根っこをひょいと持ち上げると、受付の後ろにある部屋の中へ足早に入っていった。





「なるほど……。つまり、てめえの言ってるやべえ奴らと戦り合うのに、助っ人が欲しいってわけだな」


 レーベンは針金のような顎髭を撫でながら言った。ソイルはフィオや黒騎士のことを伏せながらも、なんとか話の要点が伝わるようにレーベンに説明していた。相手がとんでもなく強いこと、自分じゃ歯が立たないこと。そして、助けたい大事な人がいること。


「話はわかった……。でもな、ソイル。そんなにやべえやべえって言ってる奴らなら、お前、そいつらが何なのかは分かってんだろ? 全部じゃなくてもよ、違うか?」


「ああ……。たぶん、わかってると思う」


「なら、そいつらの正体を明かさなきゃだめだ。お前も冒険者ならわかるだろ。何が飛び出してくるかもわからねえ、強さも力量もなにもわからねえ。そんな依頼を受けるやつがいるか?」


 レーベンの言葉にソイルは押し黙る。レーベンの言う通りだった。


「まぁ……ランクSとかAとかの化け物どもなら、行くかもわからねえが。あいつらはほとんどギルドになんか寄りつかねえし、どこにいるかもわからねえ。今ここに居るのは俺らみたいな中堅ランクのやつだけだ。そんな内容じゃ手は出さねえし、出せねえんだ」


 ソイルは観念してそれを口にする。けれどソイルも、口に出さなかったのではなく、出せなかったのだ。


「……王国の」


 ピクリとレーベンの太い眉が動いた。


「王国の銀の紋章をつけた、黒い甲冑を着た奴らだ。黒騎士……俺はそう呼んでるんだけど、あとはなんだ……そいつらが守ってる変なじじいが居る。アードキルって名前だ」


 瞬間。レーベンは椅子を蹴散らすようにして立ち上がった。レーベンはその場で顔を覆い、二、三度ゆっくりと撫でるように動かしたあと、椅子に座り込んだ。ハゲ頭に手をのせ、まるでそこに髪ないことを忘れたように、ガシガシと頭を掻いた。


「……ソイル。お前、そりゃやべえとかそういう次元の話じゃねえだろ……」


 レーベンは言った。


「アードキルってのは、前の宰相だ。今は違ったはすだが、そんなのどうでもいい。お前、どこでそんなヤバいの見つけてきたのか。というかもう首突っ込んでるような口ぶりだよな……くそ」


「……やっぱ、そういう風になるよな」


「……黒騎士って呼び方は合ってる。俺も一度しか見たことはねえが、あいつらこそ人間じゃねえ。国王直属の騎士だって聞いたことがある。王国の暗部だ。国にとって厄介なやつを撃滅するだけのモノ。それが人だろうが、ドラゴンだろうが、街だろうが。おそらく相手が他の国だろうがな」


 王国が所有する剣の一振り。ただ、それだけのモノ。レーベンの言葉は、ソイルが黒騎士から聞いた言葉と一致していた。


「相手は三人かもしれねえが、ほとんど国そのものだ。ソイル。お前が真剣なことは伝わってる。だが、悪いことは言わねえとか、そんなことも、もう言えやしねえ……。くそ……下手したらギルドが無くなっちまう……」


 ソイルが記憶する限り、レーベンがこれほど弱々しく、憔悴する姿を見たことがなかった。


「……助っ人は無理だよな。たぶん、誰に声をかけても無理なんだ。大丈夫、なんとなくわかってた。俺はこれからすぐギルドを辞める。記録も全部抹消してもらう。みんなに迷惑をかけないために、俺に出来ることはそれくらいかもしれないけど」


 ソイルは言った。


「それでも、ごめん。俺は行かなきゃいけないんだ」


 ソイルはレーベンを真っすぐ見つめながら言い切った。レーベンは深く、深く息をついた。


「……守りてえやつってのは、女か?」


「ああ。めちゃくちゃ可愛いんだぜ」


 レーベンはふっと息を漏らし、にやりと笑った。


「惚れた女のために、魔王に、ドラゴンに、国に、世界に挑むのが冒険者、か。まったくどうしようもねえ生き物だな、俺たちは」


 レーベンはそう言って懐を探り、何かを取り出した。薄汚れた、小さく折りたたまれた一枚の紙だった。


「三番街に雑貨屋がある。エスコーダって名前だ。表向きはただの雑貨屋だが、裏じゃ盗品の魔導具なんかを捌いてる。これを見せりゃ買えるはずだ。値は張るが、普通の魔導具屋じゃ出回らねえものも売ってる」

 

 レーベンは言った。


「……まあ、どれを持ってっても黒騎士相手じゃ、クソの役にも立たねえだろうが、無いよりはマシだろ。持ってけ」


 レーベンはそう言って、ソイルの上着のポケットにそれを優しく押し込んだ。まるで、父親が息子にするように。


「……ありがとう。レーベン」


「ふん。てめえに化けて出られちゃ困るってだけだ。あばよソイル」


 部屋を出ようとしたソイルに向かって、レーベンがもう一度呼び掛けた。


「てめえをスカベンジャー(クソ虫)なんて呼んでたことだが……あれは」


「良いんだ」


 ソイルは笑って言った。


「俺は今だってクソ虫だぜ。せいぜい死ぬまであがいてくるさ」



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