第一章14 『イージーライフⅡ』
「あ、注文はえっと。これとこれとこれとこれとこれ!!」
ソイルはメニュー表をつぎつぎに指さしながら言った。
「ははは……。お客様、大丈夫ですか? どうにも適当に選んでいる気がしなくも……」
ウェイターの男は、ひきつった笑顔で尋ねた。
「良いんだよ。料理の名前みてもわけわかんねえからな。数打ちゃ当たるってやつさ」
「……ご説明しましょうか?」
「いやいや大丈夫。もう腹減ってて。なんでもいいからとにかくいま食いたいすぐ食いたい」
「……かしこまりました。お飲み物はいかがいたしますか?」
「え? 飲み物? 水で良いよ。結局、水が一番なんだよな。そう思わない?」
「……さようにございますね。では、ごゆっくりお寛ぎください」
ウェイターは一礼すると、厨房の方へ歩いていった。ピクピクとこめかみに青筋が浮かんでいた気もするが、まあ、気のせいだろう。決して、ソイルのあまりにも粗野な振る舞いに殺意が湧いたとかではないはすだ。そういうことにしておこう。
ソイルが居るのはゼルドアでも屈指の高級料理店である。今まで入ったことはおろか、近づいたことさえも稀な場所。一品の料理で、普段の食事の三日分の値段である。ソイルは頬杖をついて、窓から外の景色をぼうっと眺めていた。
ランクが上がったら、高い報酬の依頼が受けれるようになったら、いつかみんなで行こうなんて昔の仲間と語り合っていた。彼らは今頃どうしているのだろうか。元気にやっているならそれだけで構わないとも思う。少しだけ感傷に浸っていると、最初の料理が運ばれてきた。
「ま、とりあえず食うか! デザイン度が高すぎて、食材がなんなのかもわかんねえけど!」
なにかわからないものをフォークで突き刺し、口に運び、咀嚼し、飲み込む。味は、高度過ぎてよくわからない。美味いような気がしなくもない。感想。よくわからない。
「やれやれ。センチメンタルだろうが、ランクDだろうが、ループ中だろうが、飯は美味いもんだ」
次の料理が運ばれ、またよくわからないものにフォークを突き刺そうとした瞬間。ソイルは窓の外からこちらを見ている誰かに気づいた。
「……ん?」
それは子どもだった。というか子どもたちだった。年齢はわからないが、おそらく六歳から十歳くらい。男女合わせると合計で七人。彼らはソイルが自分たちを見ていることにも気づいていない様子で、じっとテーブル上の料理を眺めていた。
「なあおい。またあのガキどもが来てるぞ……」
「またかよ……。店のイメージが悪くなるから、近づけさせるなってオーナーから言われてるんだよな」
ソイルはフォークを置き、少し離れた場所で話すウェイター達の声に聞き耳を立てた。
「どうする……?」
「どうするって……追い払うしかないだろ。適当に怒鳴ればすぐ居なくなるさ」
ソイルはもう一度子供たちを見た。どの子も身なりは貧しく、髪もぼさぼさだった。
「今回は俺がやる。次はお前が行けよ」
「わかった。じゃあ頼む」
ウェイターが動くのとほとんど同時に、ソイルは席から立ち上がった。
「外に友達きたから連れてくるな」
ソイルはウェイターを制するように声をかけた。困惑するウェイター達を尻目に、ソイルは店の外へ出る。子どもたちはソイルに気付いたようで、何人かがビクリと身体をすくませた。怒鳴られると思ったのだろう。ソイルは子供たちにむかって、優しく声をかけた。
「よう! いきなりだけど、おまえら腹減ってねえか?」
子どもたちは突然のことに戸惑っているようだったが、七人のなかでも一番背の低い男の子が最初に答えた。
「おなか、すいてる!」
ソイルは子供たちへ近づくと、彼らの目線に合わせるためにしゃがんでから言った。
「良かったら、俺と一緒に飯食ってくれねえかな? なんせ、一人で食っても飯が美味くねえんだ。頼む!」
子どもたちはソイルの言葉の意味を理解すると、次々と花を咲かせるように笑顔になった。
「ありがとな! よし、じゃあ行こうぜ!」
ソイルに先導されるように子供たちは次々と店の中へと入っていく。混乱したのはウェイター達である。
「ちょ、ちょっと! お客様!? 困ります、勝手に……!」
「ああ。こいつらみんな俺の友達なんだ。とりあえず――」
ソイルは言った。
「肉っぽいやつと、魚っぽいやつと、サラダっぽいやつと、ジュースっぽいやつ全部持ってきてくれ。金はいくらでもあるぜ」
口をパクパクとさせるウェイターの前に、ソイルは五万ディールをポンと置いた。
「足りなかったらまた言ってくれよな。もう五万ディールはあるからさ」
そこからはもうギルドの大宴会のような有様になった。
「おいしい! ねえ、ミナ! このおさかなすごくおいしいよ!」
「おれがくってる肉も美味いぜ! ほら、こんなやわらかいの食ったことねえ!」
「アル、ちゃんと野菜も食べなきゃ。ほら、この白いソースと一緒に食べると、すっごく美味しいよ」
ソイルは笑いながら、子供たちが次々に料理を平らげる様子を見ていた。
「おうおうおまえら。一応ここは高級店なんだぜ? 俺のようにもっと上品にだな――あ、てめ! それは俺の肉だっつーの! かえせこんにゃろ!」
ガチャガチャバチバチ。フォークとスプーンが絶え間なくぶつかり合い、まるで戦場さながらの金属音が店内に鳴り響く。
「ん? どうした? あんまり食欲ないのか?」
ソイルは隣に座っている女の子に話しかけた。
「あ、ちがうの。どれもすごくおいしい、夢みたいなの。でも、おとうさんとおかあさんにも食べさせてあげたくて……。いまごろ、お仕事がんばってるから」
「……そうか。じゃあ、ちょっと待ってろ」
ソイルは女の子向かって笑いかけると、大声でウェイターを呼んだ。
「は、はいい! いかがなされましたか!? ラガマフィンさん!?」
およそ店内では出したことのないであろう声量でウェイターは言った。
「こいつら全員に、この肉のやつと魚のやつ、お土産にして持たせてくれ。あ、そのまえにデザートも頼む」
「そ、それは。は、はい、構わないのですがそのう……」
ソイルはもう五万ディールをテーブルの上に置いた。
「か、かしこまりましたー! 少々お待ちくださいませー!」
ソイルは女の子を見て片目をつむってみせた。女の子はぽろっと涙をひとつぶこぼし、それから笑い、ソイルにぎゅっと抱きついた。
「じゃあな! 気を付けて帰れよ! お土産落とすんじゃねーぞ!」
ソイルは遠ざかっていく子どもたちに向けて、手を振りながら言った。
「やれやれ。さすがにすっからかんになったな……。ま、でもあぶく銭なんて本来こういう使い方するべきだ」
持っていても、ループしたら無くなるのだから。けれど、あの子たちと過ごした思い出はなくならない。彼らがソイルを覚えていなくても。だから、彼らにごちそうをしてもらったのは、実はソイルの方なのだ。
「さて。じゃあ、今日はもう帰るか……」
「え。もう帰っちゃうの?」
「ああ。あいつらと遊んで、食って、さすがにくたくただからな……」
「あははっ。ほんとうにみんな楽しそうだったね。それに、みんなとっても良い子達だった」
「そうだな。子どもが笑ってねえ街より、子どもが笑ってる街の方がなんか良いもんな」
「そうだね……。君、すごく良いこと言うんだね。僕も本当にそう思うよ」
「へ、よせやい。そういうおまえだってすごく良いやつ――だ――」
ソイルは首がゴキリと鳴るくらいの勢いで横を向いた。
「やあ。こんにちは」
外がわに柔らかく跳ねている髪は、白に近い銀色。人なつこそうな瞳は、夏空を映したような濃いブルー。左目は薄い紫だった。猫目というやつだろうか。
若葉色のフード付きのローブを着て、背はソイルより少しだけ低い。体格はほっそりしていて、力があるようには――じゃなく。
「いや、誰?」
「僕はイザルト。イザルト・シングルクォーツ。よろしくね」
知らない人がにっこり笑いながらソイルの隣に立っていた。




