第一章13 『イージーライフⅠ』
「ソイルさん? ちょっと聞いてますか? ソイルさん?」
パンッという音で、ソイルは我に返った。
「おう! バッチリ聞いたぜ! まったく、世知辛い世の中になっちまったな!」
ミントはきょとんとして、ソイルを見つめた。
「まあでも、落ち込んでてもしょうがねえ! じゃ! そういうことで!」
ソイルは片手をあげて立ち去ろうとしたが、ミントがカウンターから身を乗り出し、ソイルの服をがしっと捕まえた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「どうしたミント? 言い忘れたことでもあるのか?」
「あ、いや、そ、そういうわけじゃないんですけど……」
ミントはごにょごにょと口ごもる。
「違うなら俺は行くぜ? 後ろの人にも迷惑だし。なあ、おっさん?」
ソイルに突然話を振られたハゲ男が、なんともいえない表情をした。
「ま、まあ。そうなんだけどな……。けど、ミント嬢がおまえに用があるってんなら、俺は待つぜ」
「ご、ごめんなさい! レーベンさん! すぐに済ませますから!」
半身の状態でミントが頭をぺこぺこ下げている。その間もソイルの服は掴んだままだ。
「あ、ああ。気にするこたねえよ。ゆっくり話すといい」
ハゲ男、もとい、レーベンは若干ひきつった笑みを浮かべながらも、でかい手をひらひらと振った。
「ソイルさん! ちょっと、いったいどうしちゃったんですか?!」
ソイルが去らないとわかると、ミントようやく椅子に座りなおした。
「どうしたって言われてもな……。仕事がねえんじゃ、しょうがないだろ」
「そ、それはそうかもしれないですけど。だ、だって。ついさっきまでこの世の終わりみたいな顔してたのに、今はまるで役者さんってくらいに、はきはきしちゃって」
「なるほど……。最初から飛ばし過ぎると、ミントがこうなっちまうのか……。覚えておいた方がいいな」
ソイルは口元にこぶしをあて、ボソボソと呟いた。
「え? なにか言いましたか?」
「いや、こっちの話だ。それより、やっぱりミントは優しいな。心配してくれたんだろ? ありがとな」
ソイルが言うと、ミントは耳を赤くした。
「も、もう。なんだか今日のソイルさんは変です……。そのせいで私までおかしくなっちゃいます……」
両頬に手をあてながら、ミントはうつむく。たいへん可愛らしい姿ではあるのだが、これ以上続けたら、今日はこの場でリセットということになるかもしれない。
ソイルは首をわずかに動かし、視線だけでちらりと後ろを見た。良い歳をしたおっさんどもが、揃いもそろって、ハンカチを噛みかねないような顔をしている。ハンカチの代わりに噛むのは、戦斧というような化け物たちがだ。命がいくつあっても足りやしない。
「そ、そうか。体調が悪いなら無理しないで休むんだぞ。ミントはいつも一生懸命だからな」
「ほらほら! 急にそんなこと言って……! どうしよう……本当に変なんです、私。顔が熱くて……」
しまいには、うー。という必殺技まで繰り出した。ドラゴンのブレスよろしく、ギルドの男どもを骨まで炭化させてしまいそうな威力だ。
ひいき目無しに、ミントは相当な美少女である。ゼルドアギルドの看板娘(その呼称を本人は相当嫌がっているようだが)といわれるだけあり、彼女のファンは冒険者だけでなく街の衛兵にまで多い。
これ以上はほんとうにまずいことになる。ちらりと後ろを見ると、案の定、レーベンが両拳を音が聞こえてきそうなほどにぎりぎりと握りしめながら、泣き笑いともつかない狂気の表情を浮かべている。
「……ころす」
「いや、今のは俺なにも悪くないだろ!?」
さすがに潮時だと判断したソイルは、サッと受付台から飛び降りた。
「あ! ちょっとソイルさん!? まだ話は終わってないですよ!?」
後ろからはミントが自分を呼ぶ声が聞こえていたが、ソイルは立ち止まるわけにはいかなかった。
「わりいな! 野暮用があるんだ! また明日聞くよ!」
ソイルは駆け出しながら言った。
明日など来ないと知りながら。
◆
「わははははははっ!! わりいな、また俺の勝ちだ! あんたらのチップは根こそぎ頂いていくぜ!!」
「うっ、うっ……。こんなの嘘だ……。家を抵当にいれてまで金を作ってきたのに……」
「もう泣くなよ……。あそこのやつなんか、家だけじゃなく自分の中身まで借金のカタにしたって言ってたぜ……俺も武具も防具も服もぜんぶ売ってここにきたのに……明日からどうすりゃいいんだ、裸でゴブリンの仲間にでもなれってか……」
「おまえらもまだましだよ……あそこで呆けてる若いやつなんか、これから一生変態オヤジのおもちゃになるんだぞ……ま……そういう俺は見世物小屋で、狼あたりと一緒に火の輪でもくぐってるかもしれねえけどな……」
いらっしゃいませ。毎度ごひいきに。悲喜こもごもの喧騒があふれるゼルドアの賭博場だが、その中の一角には人だかりが出来てきた。その中心にいるのは、ソイル・ラガマフィンである。
「あいつありえねえだろ……。これで三十連勝だぜ?」
「どうせいかさまだろ? 見てろ。今に胴元が出てきて首をねじ切られるんだからな」
「いや……。俺は最初からずっと見てたけど……あいつはイカサマなんかしてない、少なくとも俺にはわからなかった……他のやつだってそうだよ、みんなわからないから、ただ見てるしかできねえんだ……」
「もう二十五万ディールは稼いでるだろ……今の勝負の分もいれたら、三十になるぞ……」
両手に抱えきれないほどのチップを持ちながら、ソイルは席から離れようとした。
「……まあ今日はいいか。おまえらにはいつも世話になってるからな。ええと……」
ソイルはそう言って、じゃらじゃらとテーブルの上にチップをばらまいた。
「半分やるよ。仲良くみんなで分けるんだぞ。じゃあな、また遊ぼうぜ!」
ソイルと一緒のテーブルに座っていた男たちは、まるで神か何かでも見るような目で一斉にソイルを見た。悠々と去っていくソイルの後ろ姿に向けて、祈りを捧げている男までいる。ギャラリーからどっと歓声があがった。
「参ったな……あんなことするやつ見たことねえよ……。半分とか言ってたけど、半分以上置いてってるじゃねえか……」
「あんなことされちゃ、恨むようなやつは誰もいねえだろうな……すげえよ、俺もなんか胸がスカっとしたわ」
「かっこよすぎるだろ……まだ若いってのに、ちょっと憧れちまったよ俺……」
やんややんやの喝采を浴びながら賭場の外に出たソイルの手元には、十万ディールがあった。ソイルはふうっと大きく息をつく。
「十万あっても、一日じゃ使い切れねえんだよな……」
ソイルはループを利用して、毎回賭場で荒稼ぎをしていた。簡単なカードを使ったタイプの賭けだが、誰がなんの手札を持っていて、どの勝負でどの手を使ってくるかなど全て記憶済みだった。
それを使えば、考えることすらしなくていい。最近ではわざと負ける必要が出て来るほどに、勝ちに勝ちまくった。ループが始まると、ソイルはそうして一日の軍資金を手に入れるのが日課になっていた。
「今日の残った分はどうすっかな。ま、適当に困ってそうなやつにばらまけばいいか」
そう言ったとき、心にチクリと痛みを感じる。そういや、あいつもそんなことしてたな。そこまで考えたとき、ソイルはぶんぶんと首を振った。
「いかんいかん。さて、じゃあ次は飯でも食いにいくか!」
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