プロローグ 『決意の光』
――俺はこのまま死ぬ。
腹部に異様な熱さと冷たさを同時に感じていた。視線だけを下に向けたとき、破けた腹から内臓がこぼれ落ちそうになっていることに、今さら気付いた。
痛みは感じなかった。そんなものに構っている暇はなかった。荒い息を繰り返し、顔を上げる。
黒い甲冑に身をまとった男が、顔先に剣を突きつけながら見下ろしていた。
「言い残すことはあるか?」
男は言った。口の中は血の味しかない。血塊を吐きかけてやりたいが、それをするだけの力も残っていなかった。もう何も出来ることはない。だが、絶対に目だけは逸らさないと決めていた。
「……次は、俺がお前を倒す」
――俺はクソ虫だ。目ん玉ひとつになろうがあがき続けてやる。
たとえ今は無様な負け犬の遠吠えだろうと。
「……またそれか。なにを言ってるのか本当にわからねえ。今から死ぬ人間に、どうして次があるってんだ?」
わずかに戸惑ったような男の問い掛けに答える必要はない。
それが、今から自分を殺そうとしている相手だろうと。
逃れようのない死を目前に、さまざまな感情が濁流のように渦巻いていた。
自分の傍ら。血だまりの中に横たわる少女に向かって、必死に手を伸ばした。
どんなに不格好でも、これ以上離されないように、彼女の手を強く握った。
白くて冷たい手だ。ついさっきまでは温かい手だった。
後悔も、想いも。いまこの身体を駆け巡る全てのものを引き連れて。
――俺は繰り返す。繰り返し続けてやる。だから。
「また会おうぜ。クソ野郎」
彼はにやりと笑うと、男に向かって言い放った。
「……まあいい。あの世でお姫さんと仲良く暮らしな。あばよ、兄ちゃん」
男が剣を振り上げ、下ろした。ざぶりと、身体を冷たい鋼が正面から縦断する。
血が噴き出し、骨と肉の支えを失った臓物が鮮やかにこぼれ出た。
体が倒れ、顔面を固い地面が打ち据えても、握ったその手は決して離さない。
意思とは無関係に、身体は生命を維持する機能を次々に停止させていく。
常軌を逸した痛みの中で。滲んでいく視界の中で。
見苦しいほどに、心は誓い続けることをやめようとしなかった。
何度繰り返そうが、必ず。
遠のく意識の首根っこを掴み、無理やり、もう一度立ち上がらせた。
聞こえていないとか、届かないとか、そんなものは関係がなかった。
最後の一滴を振り絞り、彼は口を開いた。
「――約束する。俺が、君を救ってみせる」
次の瞬間に、彼は――ソイル・ラガマフィンは命を落とした。
絶命と同時に、世界からは全てが消え失せ、創世前の暗黒が広がった。
ただひとつ。どこまでも続く闇の中で、たったひとつの。
白く輝く星を。ソイルの、固い決意の光だけを残して。