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第7話:女の子になっても学校には行かなければなりません




 日が変わり、月曜日を迎えて、凜は着なれぬ女子の制服を身に纏っていた。担任の先生の後ろに付いて、見知った学校の廊下を凜は歩く。ヒラヒラと揺れるスカートと足の内側に入ってくる風にどうにも居心地の悪さを感じてしまう。


 日が変われば、学校がある。とんでもなく憂鬱ではあったが学生である以上、学校には行かなければならない。

 制服は母親のお古だった。親も同じ出身校で当時から制服が変わってなかったのは幸か不幸か……とりあえず制服がないから登校しないという選択肢はなくなった。


 母親は担任に事情を説明し、頑張ってねと一言残して仕事に行ってしまった。

 担任は担任で親の言うことならと納得し、頑張ろうね! と妙な気合いを見せてくれた。若くてかわいい先生なのだが、頼りになるかと言われると……かわいいから良いかとしか答えられない。


「先生……俺の事どういう風に説明するつもりっすか?」


「え? そうねぇ。みんなが仲良くなってくれるような親しみが出るような紹介のしかたにしようかなー?」


「……なんかめんどくさそうなのでさらっとやりましょうよ。HRも短いんですし」


「えー? 凛くんテンション低いなぁっと……通りすぎるところだった」


 1ー2とクラス標識が掲げられたドアの前で担任は居住まいを正す。クラス内は担任が来てないからか、廊下に聞こえるぐらいに騒がしさに満ちている。

 担任は引き戸を開けて「はーい、HRはじめるわよー」と教室に入っていくと、騒がしさがぐっと5割ほど少なくなった。


 ため息をついて──もうここまできて逃げ出しても意味がない──凜も教室のドアを潜った。先生の隣に並び、教壇に立つと少し収まったざわめきが一斉に広がっていく。


「せんせー転校生ー?」


「聞いてないよね?」


「あーはいはい! 説明するからみんな黙ってねー!」


 少し語気強めに先生が言うと、雑談がなくなり俺と担任に注目される。

 ううぅ……こうやって全員に注目受けるの苦手……。

 特に今回みたいな値踏みするような、視線は特に苦手だ。


 とはいえ凛はここでギャグをするような芸人じみた性格をして居るわけでもないし、キャラを変えて話す気もない。そんな思考、滑ったら嫌だと言う単純な感情の前には、やる必要性がどうしても下がってしまう。

 だから、凛はたんたんと事務的な紹介を行うことにした。


「朝霞凛です。怪人に教われて気がついたら女になってました。見た目は変わってますが、それ以外は変わらないので、いつも通り仲良くしてください」


 一気に言って凛はぺこりと頭を下げた。顔を上げれば、ポカンとした顔のクラスメイトの顔が見える。


「じゃあ先生、俺自分の席戻るんで」


「え? ああ、うん──じゃあ皆さん! あんまり気にしないようにしつついつも通り仲良くしてあげてくださいね」


 先生の言葉にクラスの皆は元気のない……というか頭の整理がついてなさそうな生返事を聞きながら凛は席についた。

 凜の席は窓際の真ん中あたり。

 前の席に座る結月が、すれ違う時に何か言いたそうに凜を見ていたが、流石にその場で立ち止まって話すわけにもいかない。鞄を抱えなおして返事をした振りをして凜は自分の席に着いた。

 担任の先生が出欠を取る声が教室に響く。一日の始まりの声だった。




 ★




 正直、男が女になったという大事件が起きたのだから、少なからずちやほやされると凛は思っていた。

 本心としては目立ちたくはないし──ほんとにね?──興味本位に身体の事を聞かれても正直困るし、みんなが受けるような問答ができる自信がない。元々コミュ力がある方ではないと自覚していたし、実際クラスの中心人物というよりは日陰者だ。


 けど休み時間になっても誰一人として近寄ってこないのは想像していなかった。

 ホームルーム中から一限の間ずっとチラチラと視線を浴びていたのは気がついていた。だから全く興味がないって訳でもないと思う。


 ……けど、遠巻きにヒソヒソ話すのはやめてくれねぇかなぁ。

 なんというか避けられているみたいで心にダメージが入る。


「フハハハハハ!」


 目の前を誰かが横切ると同時に、高笑いが聞こえた。

 顔を上げれば、そこには自分の友人である人物が立っていた。


「……ご機嫌だな友也」


 高柳たかやなぎ 友也ゆうや。凜がクラスで一番よく話す友人だ。眼鏡姿と高校生にしては珍しくネクタイを喉元まできっちり締めている以外は、特に特徴らしい特徴もない男だ。

 ただ……いつも妙にテンションが高い。


「当然だろう凜よ! 巷では怪人騒ぎに魔法少女騒ぎ。そして俺の目の前にはXchangeしたご友人ときた! テンションもあがろうというものよ!」


「はぁ……そうですか」


 こっちはテンション下がっていくんだが。


「どうした凜! テンションが低いぞ! 今の状況をもっと楽しんでいけ!」


「楽しめるわけないだろ……当事者だぞこっちは。楽しめるほど心の余裕なんて無い」


「どうせすぐには元に戻らんのだろう? であれば楽しんだもの勝ちというものよ!」


 ウキウキしている友人に凜はため息をつく。


「お前なぁ……不謹慎って思われるぞ」


 凜の言葉に友也はこと意外とでもいうかのように眼鏡の奥で目を丸くさせた。


「何を暗くなる必要がある。Xchangeしてしまったとはいえ、凜は元気ではないか! なれば必要以上に悲しむこともあるまい!」


「うーん……」


 凜は少し考え、もしかしてと、とあることに気が付く。

 

「……もしかして励ましてるのか?」


「なに!? ようやく気が付いたのか!?」


 思わずため息が出た。


「全然伝わってないよソレ」


 一言、「落ち込むな!」と言ってくれればいいだろうに。友達の性別が変わったくらいでは変わらないやつだと思う。けど、変わらないことで救われていることを感じる。




 ★




 凜は昼休みを迎えて売店で買ってきたメロンパンをコーヒー牛乳で流し込みながら、同じく売店でパンを買ってきた友也に語りかけた。


「しかし、あれだな。クラスメイトの性別変わっても案外みんな気にしないものなのか?」


「ハハハそれは凜の影が薄いだけだな!」


「………………」


 マイナス百点ぐらいの回答が来てこいつ絶対モテねぇなと確信した。

 ため息をついて立ち上がる。


「おや? どこにいくのだね!?」


「トイレだよトイレ」


 友也の質問になげやりぎみに答える。


「……ほう! それはどっちの?」


「はぁ?」


 トイレにどっちもなにも無いだろと言おうとして、あることに気が付く。


「男子トイレにいくというのか!? その姿でか!?」


「…………いやでも女子トイレはマズイっしょ?」


「フハハハハ! 男子トイレの方がマズいのではないか!? 小便をしているときに女子に突撃される男子の気持ちを考えたことはあるかね!?」


「考えたこともねぇよ!? 女子トイレ入る方が、何らかの罪に問われない? 痴漢とか?」


「男子トイレに入る女子は痴女というのだよ?」


 どっちに転んでも変態じゃないかと凛は愕然とした。

 終わった。詰んだ。このままトイレに行けずいつかダムが決壊するんだ。そして良い年して決壊したことを後ろ指を指されて精神が耐えられず不登校になり引きこもる人生を送るんだ。

 真っ暗な未来が脳裏によぎる。


「あのね、朝霞くん達」


 絶望していると、後ろに結月が立っていた。その目は呆れを多いに含んでおり、見るに見かねてという感じを出している。


「うるさい」


「「……はい。ごめんなさい」」


 凜と友也の二人の口からは素直に謝罪の言葉が出た。

 結月はひとつため息をつくと、凛の手を取って歩き出した。


「へ? 宮下さん?」


「ほら、行くんでしょ」


「え……まさか……」


 手を引かれるままにクラスを出て、連れていかれたのは女子トイレの前だった。


「え、いや、ちょっと!?」


 そのまま凛を連れて入ろうとする結月に逆らって、凛は足を止める。

 そんな凜を結月はジト目で一瞥し、


「トイレぐらいで躊躇ってたらこの先生きていけないんだよ」


 そう言って、トイレのドアを開けて連れ込まれた。


「入っちゃえば普通でしょ。普段使う場所なんだから難しく考える必要ないって」


 生まれてはじめて入った女子トイレは案外男子トイレと匂いは変わらなかった。けど異空間的感じは否めない。さっさとこの尿意を解放してしまおう。空いているドアに飛び込み、顔だけを出す。


「悪いけど、待ってて……」


 困り顔で見上げる凜を見て、結月は小さく笑った。


「はいはい」


 ドアを閉めて、パンツを下ろし、便座に座って──タンクに貯まった水分を放出する。

 男も女もこの放出する際の安心感と解放感はたまらないものだ。

 解放しきったあと、念入りにトイレットペーパーで拭き、パンツをあげて身だしなみに変なところがないかチェックする。

 おずおずと個室を出ると、結月さんは鏡の前で前髪を弄っていた。凛に気がつくと眉尻を下げて苦笑いを浮かべた。なんだか小さい子供の粗相をあやすようなそんな表情だった。


「もう大丈夫?」


「うん。ありがと」


「どういたしまして。前途多難だねぇ」


「ははは……」


 凛の口からは乾いた笑いしか出なかった。


「そうそう、朝霞くん。今日の放課後時間ある?」


「放課後? まあ全然、暇だけど……」


 部活にも入っていないし、バイトも特にしていないから放課後はほぼフリーなのが凛だ。


「そ。よかった。じゃあ放課後、屋上まで来てね」


「は? 屋上?」


「うん。あ、逃げないでよね~?」


「いや別に、逃げはしないけど……」


 なんだって放課後そんな場所に……? と凛は当然の疑問を抱く。

 やっぱり昨日何の説明もせずに逃げたことを怒っているのだろうか。


「宮──」


「じゃ、戻ろっか」


 聞こうとした凜のタイミングで出鼻をくじくように彼女はドアを開け、トイレから出ていってしまった。

 まあ行けばわかるかと深く考えずに、凛もその後を追って教室に戻った。





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