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テクノロジーを語る勿れ  作者: 城西腐
Prologue
7/14

第7話

 杏子からその友人を伝い得られた携帯電話の連絡先をメモリに登録するも、どういった時間に予約の連絡を入れれば良いのだろうとまったく検討がつかないまま週末まで過ごした。普通に考えれば日中の仕事の合間に席を外した際や、ランチからオフィスに戻るタイミングであるとか、望ましいであろう時間帯には大凡の察しがつきはするものの、その予約の際にどういったやり取りに及ぶのか、どれくらい時間を要すのか分からない。業務後の時間は比較的遅くなりがちで、きっと世間一般的には迷惑な非常識な時間帯に思う。そういった時間を仕事の合間に設けて気を揉むのを避けていると、ついつい週末までの時間を予約を入れることなく過ごしてしまっていた。


 週末。目が覚めて前日から干していた洗濯物を取り込み、その中の一週間分のシャツをキッチンのフロアに放る。スタンド式のアイロン台を電源わきにセットし、アイロンの電源をオンにする。綿ものをプレスする際のモードにダイヤルを合わせて水差し口からスチーム用に少量の水を流した。一枚目のシャツをアイロン台の上に伸ばし、襟をプレスしながら先端から蒸気を放つことで、十分に熱が入ったことを確認すると、シャツの脇にアイロンを立てて置いた。

 広木は一週間分のシャツをこうしてまとめて自分でアイロンがけをする。そのもくもくと反復動作を繰り返す時間が好きだった。一枚であれば10分も要さず済ませてしまえるものであるが、5枚を立て続けにプレスしていくと一時間弱の纏まった時間が出来る。その時間を使って自身の思考の整理をしたり、週明けからの仕事のこと考えるのが、学生の頃のインターンの際に自分でシャツにアイロンをかけ始めてから定着していた。もちろん友人と長電話をする時間に充てることもあるのだが、こうした時間は自分が普段以上に気楽に冷静でいられるのだとある意味では拠り所のような時間になっていた。その週に阿達に言われた理不尽な指摘をどのようにすれば回避出来たであろうということも、この時間を使って自問自答していると不思議と消化出来るのだった。


 アイロンから手を放して携帯電話のメモリを検索する。杏子から伝えられたその連絡先を表示すると一思いに通話のボタンを押した。まだ昼前だが連絡を受け付けているのであれば、通話中でも無い限り応じられるだろう。

 コール音を2度繰り返し、3度目に入ろうとしたところで相手が応じた。物腰の柔らかそうな女性の声だ。

「もしもし」

 自ら名乗りはしない。

「あの、紹介を受けてこのお電話させて頂いているんですが、そちらで占いや相談などを受け付けているとお聞きしまして…」

「何方のご紹介でしょうか」

「サカイさんという女性の方なんですが」

「サカイさんですね、わかりました」

「ご用件を承ります」


 杏子からは誰からの紹介かを問われたら友人の名前を出すようにと、その苗字を伝えられていたが、相手がどのサカイさんであるのかをその場で識別していたかは判然としなかった。サカイさんなんて杏子の友人以外にもこれまで訪れたことはいそうだ。


「占って頂きたいというか、仕事のことで色々と悩んでいて、相談というかカウンセリングして頂けないかといったニュアンスなのですが、そういうのも可能でしょうか」

「大丈夫ですよ。いつ頃がご希望でしょうか」

「週末で、出来るだけ早く予約を入れたいんですが」

「週末は生憎暫く先まで埋まっていて、来月の後半になってしまうのですが構いませんか?」

「もちろん構わないです」

「料金などシステムのお話も既にご存知でしょうか」

「一時間一万円とお聞きしてます」

「はい、その通りです。それでは当日お越しいただきたい場所やお時間についてお伝えしますので、メモのご用意をお願いします」


 広木はアイロン台の前から離れ、通勤用のブリーフケースの中からカランダッシュのボールペンと手帳を取り出した。適当なページを開き、そこへ指定された最寄りのターミナル駅から直結のマンション名と部屋の番号、どの位置のエレベーターのボタンを押すようにといった案内を書き殴るように記した。日時は来月後半以降であればとのことだったので、土曜日のこの時間と同じ時間帯を指定した。メモを取りながら、そこが地上数十階規模の大規模な構造となっていることや、エレベーターがいくつもあるようだということ、その構造上初回の訪問だと真っ直ぐに目的の部屋へ辿り着くのが困難なのだろうということが何となく想像出来た。

 電話の女性は助手か何かだろうか。この相手が話し相手という訳では無いだろう。予約の電話を切って、一枚目のシャツの襟にもう一度サッとプレスをかけ、片方の袖をアイロン台の上に敷くように伸ばした。プレスを続ける前に杏子にメッセージを入れる。

「来月予約が取れたよ」

 適当なタイミングで返信があるかと思いきや、杏子からのコールが入る。

「意外に早かったね」

「仕事してたらあっという間だろうね」

「乗り気じゃなさそうだったのに、予約までの動きも早くない?(笑)」

「興味盛ったら直ぐ動いちゃうんだよ」

「行動派だ」

「杏子さんも予約すれば?今なら来月には取れるよ」

「私は広木くんの感想聞いてからにしよっかな」

「冷静だなぁ」

「楽しみだね。何て言われたかは絶対教えてね」


 杏子よりも初動が早くなった広木は、案外自分もメンタル的に日々の業務で追いやられているのかも知れないと思った。一時間一万円というそう易くはない価格設定に、それでも厭わないと何かに縋りたかったのだろうかと思う。阿達との日々の問答を一つとっても自覚している以上に消耗しているのかも知れない。


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