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テクノロジーを語る勿れ  作者: 城西腐
Prologue
10/14

第10話

 このような展開を想定していなかった広木は続きの言葉を待った。


「今はそのような状態が続いているので辛い時期なのだと思います。でも辛い時期がいつまでも続く訳ではありません」

「そのうち終わるという意味ですか?」

「そのような状況下に身を置きながら、次第に無理無く立ち振る舞うことが出来るようになります」

「それはこの現状を克服していくということを意味していますか?」

「その通りです」

 広木は目の前のハードルを乗り越えるのだと、新田に諭されたような気がして、この先この高いハードルを乗り越えられる自分を想像出来ずに、現実に押し戻されたように感じた。振り出しに戻されたようで気が滅入りそうになる。


「少し補足をします。端的に言えば目の前の困難を乗り越えろという風に聞こえるかも知れません。ですが厳しい条件に身を置いていたとしても、次第にそこでの立ち振る舞いが定着して行き、自然にやり過ごせるようになります。別の言い方をすれば、そういった振る舞いがあなたのスタイルとして確立されるとも言えるかも知れません。少なくともあなたは今、これまでそうしなかったであろう振る舞いを求められながら応じようとしている。新しい手法を繰り返しながら身に付けようとしている。少しずつではあるけれどその精度は機会を重ねるごとに増します」

「不慣れなものが不慣れではなくなるというのは理解出来ます。ですが、最初にも申した通り、周囲の人間達としのぎを削っている将来がまでは、自分ではまったく想像が出来ません」

 分かるようでやはり自分のケースがそれに当てはまるのだろうかと疑心暗鬼に広木は言う。


「少し考え方を変えてみましょう。あなた方の身を置く世界はそうやって論理的な考え方をする人の方が比較的多いのではないか、というお話を先ほどにもしました。例えば5年後、10年後を想像してみてください。あなたにも部下がついたり、指導する側に立つ機会が訪れると思います」

「そんな機会がやってきますかね…」

「無理に周囲の猛者を蹴落としてのし上がる必要はないでしょう。共存しながら周囲の人間もあなたも同じように年次を上げて偉くなっていくという未来も有り得ます」

「はい…」

「その頃になって、その世界にいれば感覚的なあなたとは違うもう一方の論理的な考え方をする者の方が、あなたの下につく可能性は高い。容易にそういった将来は想像出来ます」

「確かに。それも言われてみればその通りかも知れません」

「その時に備えて必要な試練が与えられているようなものでしょう。そのような者たちを管理する立場になった時に、彼らがどういう考え方をするのか知っておく必要はあると思いませんか?あなたはそれを今身を持って体現している状況にあります。また、ことの成り行きを理解したり、ご自身で納得して現状で求められていることに対する動機付けが出来ると、日々の業務と向き合うスタンスも変わってくる気がしませんか?」

 広木は完全に腹落ちした訳ではなかったが、そこまで筋道を立てて諭されると、極々ありきたりなことで自分が躓いているのではないかと、現実を突きつけられたような気にならずを得なかった。問い返す言葉はもはや見当たらない。言われていることもその通りだろう、今立たされている現状のことの成り行きはこうなのだと、あとは自分自身がこの現実と向き合えるか次第のように思えた。


 既に話すべきことの大半を話し終えたような気がした。ここまでの所要時間がおよそ25分、意外に一時間は長く感じられた。他にも何かを話すつもりだったのではないかと頭の中を巡らせていると、新田が話題を変えてみてはどうかというように切り出す。

「ご家族はお元気ですか?」

「はい、地元で元気に暮らしています」

「ご関係も良さそうですね」

「親兄弟皆仲が良い方だと思います。年に何度も帰省しますし、家族もそうですが友人や地元が好きなのもあって、先々で西日本の方に帰りたいというのもあります」

「お祖父さんやお祖母さんもご健在で?」

「お陰様で今は四人とも元気です」

「何方かのお祖母さんか、腕や脚を悪くされていませんか?」

「母型の祖母が膝の手術をしたりはしています」

 新田は「そうかそうか」といった様子で頷く。

「あなたの話される表情からも、ご家族との関係の良さが滲み出ています。もしかしたらあなたが地元の方へ帰りたいというのも、誰かが待っているからかも知れない。それはご家族かも知れないし、お付き合いをされている交際相手の方かも知れない。お付き合いされている方も地元に残られていますか?」

「いえ、彼女とは大阪と横浜との遠距離になります。ただ彼女の地元も同じ県内ではあります」

「おや、そうでしたか…」


 彼女が大阪にいるということに対して、新田は少し納得の行っていないといった表情を返したように見えた。もしかしたら二人の関係性について、余り上手くいっていないことも見て取れたのかも知れない。余り頻繁に連絡を取り合う方でもないし、数ヶ月に一度行き来する程度のものだった。確かにこういった場では恋愛相談も大きなトピックとして最初に切り出しそうなものだが、広木は仕事に追われた日常生活のことや、ゆくゆくは西日本の地元に近い場所に拠点を移したい、そういった旨を無意識ながらも会話の前面に打ち出していたような気もした。

 会話の調子から相手にもそのような意図が伝わってしまうように、そのような想いを抱き続けていれば自ずと物事の決断に迫られた際にそれらの優先度を上げた決断や身の振り方をこの先するのだろう。そういった状況が続く限りは、きっと自分はそのように拠点を移すことくらいは叶えるのだろう。また、現時点では交際相手ではない、将来を共に過ごす相手が今の彼女以外のいるのだろうかとは思う。いずれにしても今の広木にとっては恋愛沙汰は二の次なのだと、その場の会話を発展させるようなこともせずにいた。


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