95 コーヒーブレイク
「つ、つかれた……!」
「苦労の割には何の成果も得られていないのは、貴様が努力したふりをしているからだろう? 実の結ばん努力なんて努力した内に入らん」
「あのそれ本当に傷つきますので……色々と……」
「ろ、ローズブレイド公、トワさんは今大変疲れていらっしゃいますから、何卒ご寛大な処置を」
「事実を述べて何が悪い」
成功者からしてみれば当然の発言だろうが、色々と諦めと妥協を重ねに重ねないと生きていけなかった凡人からしてみれば心が千々に砕けるレベルの刃物じみた言葉に、体が疲弊していることも相まって大変落ち込んでしまう。
理性では理解出来るところもあるけど、自分の基準で物事を語るのはやめてくれ……これだから差別主義推進派系の人種はよぉ……!
私達はあの浜辺から、繁華街の方に移動してきて、ダニエル女公爵が先日見つけて気に入ったというカフェでコーヒーを嗜んでいた。
この世界でのコーヒーは一般的ではなく、こういった貿易が盛んな都市くらいでしか飲めないのだそうだ。
繁華街に来る前に教会にも立ち寄ってみたのだが、残念ながらヘレンは外出しているとのことで会えなかった。ヘレンのキャラクター的に、炊き出しや無料の治療行為等の奉仕活動に行っているのだと思ったので、一応どこでやっているのかを確認してみたのだが、なんでも教会本部絡みの案件での外出であるため、詳細は教えられないと言われてしまった。
ヘレンの実力や名声を鑑みるに、所属を王都に移して云々とか、その試験をする的な感じだろうか。だとすると、あんなことがあったけれど、ちゃんとベアード神父から良い所も評価されているようで何よりだ。
カフェの店員さんが注文の品を持ってくる。カップが二つと、茶菓子が一つ。一人分先に出来たので、冷めたり味が変わる前に持ってきたのだろう。
「コーヒーとラングドシャのセットのお客様~」
「はーいっ、それボクの!」
「あら、可愛いお客さんね。コーヒーは苦いけど、シロップはいる?」
「大丈夫! ボクはジェントルマンだから、苦いのもへっちゃらだもん!」
「あら~そうなの~。でも甘いのが飲みたくなった時用に、一応ここに置いておくからね」
「お姉さん、ありがとう!」
「どういたしまして。こちらホットミルクのお客様は……」
「あ、それこっちの少年の方です」
「他のお客様のご注文も、もう間もなく完成しますので、少々お待ちください」
店員さんはダニエル女公爵の前にコーヒーとラングドシャを、モズの前にホットミルクを置いて、ニコッと人当たりの良いスマイル一つをオマケに出して、カウンターに戻って行った。
ちなみにこの世界で「コーヒー」と言えばミルクが入っている、言わばカフェラテのことである。ブラックコーヒーはそのままブラックコーヒーと呼ばれている。
ダニエル女公爵は店員さんが去った後、貼り付けているとは思えない程自然な子供の笑顔を剥がし、シロップを入れていない、柔らかな色合いで芳しい香りを漂わせるカフェラテを口にする。
「コーヒーと店員の気遣いは良いが、店員が馴れ馴れしすぎるのが欠点だな」
「よー瞬間的にそんなに態度変えられますね……」
「これを何年やってきたと思っている。最早息を吸うのと同じだ」
「さいですか……」
本人の性格もあるだろうが、本人の性格的にも余程演技の才能があったと見る。私のスペルの才能と違って。
いや、私に関しては、本来使えるものとして色々手を加えられているわけだから、スペルの才能が無いと言うのは少し違うのだろう。実際、ダニエル女公爵のスパルタ教室でも言われたのだが、私は一属性のみを出力する才能を鍛えていない上に才能自体が乏しいのと、体質的に常に全ての属性が均一になるようになってしまっており、それらが合わさった結果、スペルの発現が非常に困難になってしまっているのだそうだ。仮説だが。
じゃあ意図的に属性バランスを崩せるようになりゃあいいじゃん? ということで課された練習方法が、水属性の魔力を散々注がれまくってはそれを火属性の魔力のみで相殺するという方法だった。
私が他者から魔力を注がれた時の対処方法は、全く意識していなかったが「一番少なくなっている属性の魔力が基準値に達するように他属性の魔力ごと高めた後、多すぎる比率の属性の魔力を減らしている」という何とも強引且つ脳筋なやり方だったらしい。溢れた他属性の魔力は無意識に体外に放出しているらしく、効率的にも燃費的にもこれまた非常に悪い。
なので、意識的に火属性のみを操作するということを意識して魔力の上書きをする、という練習だ。これが出来るようになれば、火属性の魔力だけ高め、それを効率的に出力出来るようになる、というわけだ。
また、火属性の魔力は炎に変換される以外にも、「活性」の特性がある。通常属性なら水、複合属性なら氷と花以外であれば、火属性の魔力で使いたい属性を活性化させる事で使いやすくなるのだとか。
火属性は身体強化系のスペルの中で最も筋力的パワーが強く出る傾向があり、支援系のスペルとなれば身体強化系のみならず、「鎮静」の特性で打ち消されてしまう水属性と、その複合属性である氷と花以外であれば、スペル自体の強化をする事も可能。回復系はこの特性を生かし、自然治癒能力を上げることで治療を施すのだそうだ。
現代のファンタジー作品では、火属性と言えば攻撃系といったイメージが強いが、この世界では案外支援向きの属性なのである。私もこの世界に来て初めて知ったよ。
が、ダニエル女公爵の診断結果によれば、私は間違いなく攻撃系のスペルが得意だそうで。
火属性は文字通り火を操る属性であるため、攻撃系は使い所が難しい。街中や洞窟内、森林地帯でなんか使ったら、下手したらガス爆発、酸素の消費による窒息、森林火災を始め、街中だと放火案件になり得る。怖すぎ……。
しかしこの真冬で、しかも海風吹きすさぶ浜辺で、氷属性に比べたらマシなものの冷たく感じる水属性の魔力を注がれて、更に下手くそだの何だの罵倒を含めた指導を延々と聞かされいては、しんどいという言葉で片付けられない苦行となる。苦行だった。雪が降ってたら死んでいたかもしれない。
言葉だけで聞いたり、ただ見ているだけなら手を握っているだけなので割と簡単そうな練習だが、ただえさえ他者の魔力は量が過ぎれば体を蝕む毒になる上に、流される水属性の魔力の影響で低体温症になる危険性もあった、というか何度かなりかけてユリストさんに助けてもらったし、何よりダニエル女公爵は正論を言うが私とは別ベクトルで口が悪いため、大変精神に優しくない。
自分の身で体感しないと分からんスパルタ教育だった。
そんなわけで、現在進行形でグロッキーな状態の私は、漂ってくるコーヒーの匂いですら結構キツいので、こんな洒落てるカフェに来たというのに白湯だけいただいている状態である。
美味しそうだとは思うけど口に入れるのは今はしんどいです……今度元気な時にルイちゃんとラガル引き連れてまた来よう……。
先程の店員さんが、ナッツとジャムとクリームでデコレーションされたドデカいタワーパンケーキとブラックコーヒーを持ってやって来る。注文がまだなのはユリストさんのみで、彼女のご飯を前にしたゴールデンレトリバーのような反応から察したのか、確認するまでもなく「お待たせしました~!」とユリストさんの前にそれらを並べていった。
ユリストさんは無糖ブラックを甘いものと一緒に嗜むのが好きらしい。ちょっと甘いものの量が淑女の欠片も見えないほど尋常じゃないけども。よく見たら上にバターも乗ってるし、その量もちっともお上品じゃない。
中身が中年おっさんとはいえ、今は一応貴族女性のはずなのにいいのかそれで。いや幸せそうに食べ始めてるしいいかぁ……。
「火属性をマトモに扱えるようになったら、次は風属性だな」
「えっ」
不意に語ったダニエル女公爵の言葉に、私は嫌な予感がしてならない。
そしてその予想は、残念なことに大当たりであった。
「風属性の特性は『拡散』だ。これを扱えるようになれば、花属性以外の力を底上げ出来る。魔力操作が絶望的に下手な貴様でも、多少はマシになるだろうよ」
「いやそのそれってもしかしなくても火属性使えるようになった後もアレやるって……事です……?」
「何を言っている。私が直々に見てやる、と言っただろう?」
「ヒュッ」
「中途半端は許さん。王都に戻るまでの間、可愛がってやろうじゃないか」
「ゆりすとさんたすけて」
「もごっ、んむ、無理ですよぅ!!」
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※2024/08/31 追記※
台風の気圧と元々具合悪かったのが合わさって最高に具合が悪い状態です!!
申し訳ありませんが、本日の更新はお休みとし、次回更新は2024/09/04(水)とします。
誠に申し訳ありません。