93 スペルの特訓
先日お世話になった、バラット郊外の教会から少し歩いた所にある砂利浜。
そこに、私とモズ、ユリストさん、そしてヘーゼルは居た。
モズの鑑定眼を共有した事によって脳がサーバーダウンして死にかけた後、ゼリオン剤で何とか復活し、一日の経過観察を経てようやくルイちゃんから外出の許可を得たので、お出かけついでにユリストさんからスペルを教わっていたのだ。
スペルの暴発等の危険性を鑑みて、人気が無くて広い場所ということでこの場所に来たのだが、何故教会近くの砂利浜を選んだのかは、まあ、ユリストさんの煩悩からである。ワンチャンヘレンに会えるとか思っているのだろう。
私もセレヘレチャンスがあるなら見たかったし、断る理由も無かった。
そういうわけで、潮風吹きすさぶ浜にて、ユリストさんから指導を受けて居たわけだが――。
「ふんぬー!」
「すごいですよトワさん! ある意味天才的なまでに何も起きていませんよ!」
「それ褒めてないよね!?」
基礎中の基礎、魔力の流れを作るという段階で詰んでいた。
曰く、魔力の流れを自覚することによって、それを何らかの形で体外に放出するイメージを生み出すことがスペル発動の第一歩らしいのだが、その第一歩すら踏み出せそうにもない自身の才能の無さに、ちょっと泣きそうになった。
くそう、潮風が冷たいぜ……。
「本当にちゃんとイメージ出来てます?」
「やってますよ! 忍者漫画で出てきたチャクラとか、螺旋の丸の修行第一段階で水風船割る時みたいな感じで!」
「うーん、発想としては悪くない……なまじ僕らは現代社会で息を吸うようにファンタジー作品を見てきた訳ですから、むしろ魔法のイメージが湧かないって方がおかしいか。一度、外部から魔力の流れを感じさせてみましょうか?」
「オナシャス……」
見かねたユリストさんが、私の手を取って――その瞬間、目を見開いて素っ頓狂な声を上げた。
「なっ……んだこれ!?」
「どうしました」
「岩盤……ッ! 例え地球が割れようとも、ここだけは砕けそうもない堅牢な地層が……ッ!」
「つまりどういうことです?」
「………………頑張って!」
「匙投げやがったこいつ!」
「匙も砲丸投げばりに投げ捨てますよこんなの! 僕じゃ無理ですよぅ!」
私は一切何も感じなかったのだが、どうやらユリストさんは、私の手を取った瞬間から魔力を流そうとしてくれていたようだ。
しかし、私の魔力があり得ないくらい凝り固まっているのか、小揺るぎもしなかったらしい。何故だ。
モズが真似をして、私の手を握って魔力を流そうとしてくるが、何も一切感じないし、ただ手を握られているようにしか思えない。私の不動の魔力が面白かったのか、手をにぎにぎしつつ「おお」だの「ほう」だの小さく呟いている。
「魔力を流してみたからこそ分かったこともありましたけど……こんなのルーカスの作った、何だっけ……人工なんちゃら式うんたら結界ってやつを体内でセルフ発動してるようなもんですよぅ……」
「なにそれ」
「各属性の魔力を完全に均等且つ中和しきらない程度に出力しつつ、外部からの魔力攻撃を受けたら、そこの属性だけ中和するよう属性比率を変化させて対消滅させる結界って聞きました」
「つまりどういうことです?」
「魔力量も出力も一切の問題が無いのに、出力する魔力属性がすべからく均一なせいで各属性がそれぞれを消し合ってて、結果、出力時も入力時も一切の反応が起こらない謎の現象が起こってます」
ユリストさんの説明に思い当たる点しかない。
私の体質がこうなった元凶であるヘーゼルをコート内の抱っこ紐から引きずり出し、顔をつき合わせて心の底からのクレームを叫んだ。
「おン前この毛玉畜生! 全属性を使えるようにとか言って結局に裏目に出てるじゃねーか!」
「すごいね、ある意味天才だよ。この個体含め、僕が今まで施術してきた化身では見られなかったケースだ」
「じゃかあしい!」
どうやら今のヘーゼル、もといチンチラモドキの他にも、人間か生物かは不明だが、同じような改造をした化身とやらが居たらしい。
そちらでは問題無くスペルの発動が出来ていたようだが、何故私に限ってこう上手くいかないのか。この世界由来の生物じゃないからか?
ユリストさんはうんうん唸りながら、どうしたもんかと頭を抱える。
「せめて、本来適正のあった属性が判明すれば、何とかなるかもしれませんが……」
「そんなん知っただけで何とかなるもんなんです?」
「基本的にスペルって、無意識に適正のある属性のイメージをするものなんですよ。もし違ったとしても、適性を知る事によって理解を深め、よりイメージ力を強められます。例えるなら、性癖に刺さるキャラと刺さらないキャラ、どっちの方が沼に落ちて二次創作する確率が高いかって感じですかね」
「すんごい分かりやすい説明をありがとう、納得したわ」
性癖に刺さらないキャラの解釈は、人によって程度はあるものの、ある程度深掘りしたらそこで終了だ。二次創作に至っては、そもそも本当にただの気まぐれで描くか、リプしてもらったキャラを描いてみるとか、リプしたフォロワーの推しを描く的なタグを使った時くらいにしかやらない。
逆に性癖に刺さるキャラなら、分からん分からん言いつつも何だかんだで延々と解釈を練り続けるし、その派生で妄想ツイートをしまくり、その延長で二次創作をして、何なら同人誌まで作ってしまう。人によっては、十万字越えの小説と表紙と挿絵とタイトルロゴデザインを一人で仕上げて薄くない薄い本を作ったりする。私がそうだ。
本来は、例えば炎のイメージを具現化しやすい体内モルド体の比率が多ければ、火属性が得意、ということになるのだろう。
しかし私は例外で、全ての属性の体内モルド体が、完全に同じ比率で存在している。
だからイメージしやすい属性を特定する必要があるのだ。
「しかし、そうなると中々厄介ですよ。なんせ僕らは数多のファンタジー作品に触れている……つまり! 『魔法といえばコレ!』という固定概念が薄い!」
「い、言われてみれば確かに……!」
「僕らは外見を変えたり記憶を改竄するとかいうトンデモ回復魔法だって知っている!」
「何ならネット小説でありがちなステータス表示とかも、この世界では概念の無い鑑定魔法扱いだったりする!」
「色んな種類の魔法を知っているが故に! トワさんが本来得意とするスペルイメージを特定するのが難しいんですよぅ!」
まさか数多くのファンタジー作品を知っているが故に、本来適正のあった属性を特定することが難しくなるだなんて、誰が予想しただろうか。
そりゃあ「魔法と言えば」と聞かれたら、答えることは出来るだろう。箒で空を飛んだり、杖の先に光を灯すような可愛らしいものから、耐え難い苦痛を与えたり、当たれば即座に命を奪う光を放つ物騒なものまで、それこそ無数に。
だが、今回はそのイメージが複数あるというのが問題なのだ。
自分の得意とする魔法のイメージが真っ先に出てくるとは限らない。魔法と言えば、と問われて最初に「ファイアーボール」と答えたとしても、それは数々の作品で最初の魔法として使われるいるため、刷り込みからそう答えただけかもしれない。本来得意な魔法イメージは火ではなく、もしかしたら水や風、土かもしれないし、もしかしたら火属性の中でも回復やバフ・デバフ系かもしれない。
知識が仇になる事は少ない。少ないが、確実にあるという事を、改めて知った。
「しかし、この時代のヒトは、わざわざ体内モルド体の認識を行った上で、詠唱によるイメージを行って呪文を発動するんだね。そんなことをしなくても呪文は使えるのに」
「エッそうなんですか!?」
「そうらしいですよ」
「むしろ手間が増えるから、非効率的と言わざるを得ないね」
私とユリストさん、二人揃って頭を抱えている時に、ヘーゼルがぽつりと独りごちる。
ただの独り言だったのだろうが、ユリストさん、というかこの世界の人とARK TALEのオタクにとっては驚愕の事実である情報に、ユリストさんは悲鳴のような声を上げた。
「何か、手塚治虫の火の鳥に出てくるムーピーみたいな微生物が、スペルとかの超常現象を起こしているらしいですよ。だから極論、何か良い感じにそれっぽく想像力を働かせれば使えるとか何とか。理論上はですけど。私は使えてないんで」
「恐らく、君達ヒトが『詠唱』と呼ぶものは、呪文のイメージをしやすくする為に使われているだけだろうね。そもそもの話だけど、体内モルド体を『魔力』と呼称して認識するのも必要無いよ。勝手にモルド体が反応してくれるからね」
「し、知らなかった……! つまり詠唱破棄って、つまり詠唱によるスペルイメージという工程をすっとばしてるだけって……コト……!? そんなん簡単じゃんかー!」
ユリストさんはくるりと海に視線を向けると、「えいっ!」と一言かけ声を上げて――その瞬間、雷が一つ、海に落ちた。
空は薄雲がまばらにある程度の快晴。間違いなく、ユリストさんが発動したスペルだった。
恐らく初めてだろう詠唱破棄を行ったユリストさんは、ワンテンポ遅れて鳴り響いた雷鳴を聞いて少し肩を震わせて――次の瞬間、尻尾を千切れんばかりに振りまくり、子犬のようにぴょんぴょんと跳ね全身で喜びを表現した。
「すっ……ごーい! 本当に詠唱破棄出来る! なにこれすっごーい!」
「今のどんなイメージで出しました?」
「なんかこう、グッとやって、バリバリダー! みたいな感じ!」
「アッ駄目だこの人も感覚派だから参考にならねえ!」
ご清覧いただきありがとうございました!
前の土曜日にお休みをいただいて校正作業を進めていましたが……全然……進んでないです……ッ!
現段階で第一章(秋編)までは終わらせましたが、冬編が全く……。とりあえず、今後は少しずつ編集していきます。
全部終わったらお知らせしますので、その時はまた一から読み返してみてください!
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