91 一方その頃:聖女と技師
トワ達が和食に舌鼓を打っている頃。
王都に建つとある屋敷屋敷にて。
「え~? 推せる女はれいちーだけなのにぃ」
部屋着用のゆったりとしたドレスを着た聖女――ユイカは、ベッドに寝転びながら、意見を提案してきた自身の従者に文句を垂れる。
美人は三日で飽きる、なんて言われているが、それが間違っていると証明するような美しいかんばせをした色黒の男は、夕食前で少々気が立っている主人の気をこれ以上悪くさせないよう、穏やかに、且つ自身の顔が一番美しく見えるような微笑みを浮かべて返答する。
「しかし、有力な人材であることは間違いありません。予定していたアルビノの竜人種が行方不明になってしまったのですから、新たな人材を引き入れなければならないでしょう?」
「そうだけどさー……てか、ヘレンも半地雷なんだけど。ちょっと回復魔法が優秀な障害者だからって周りからチヤホヤされてるのを勘違いして、調子乗ってドヤってる女とかヤダ」
「ですが、事実シスター・ヘレンの治癒は有用です。必ずあなたの役に立ちますよ」
「ハァ~……確かにゲームでも回復役で強いって言われてたけどさぁ……タイプじゃないけど変態神父の方がマシ! そっちにして!」
「いくら教会が認定した聖女という立場でも、そう簡単にベアード神父を動かせるわけではありません。それに彼は聖職者らしく、揺るがせるのは難しいかと」
「それならそれで別に良いけど。てか、どうせ最強の私に叶う奴なんて居ないし、推し以外の仲間なんて集める必要なんて無いじゃん」
「いざという時の備えは必要でしょう? それに、教会内で名のある人物と懇意にしていると周囲にアピール出来れば、少なくとも協会内でのユイカ様の立場は盤石なものになるでしょう」
「有名人も辛いものね」
ユイカは声こそ気怠げにそう言うが、口の端は歪に上がっている。
優越感。承認欲求が満たされる快楽に溺れた者特有の悦に入った顔に、従者の男は小さくフッと笑う。
それは主人の子供っぽさを微笑ましく思っているようにも、呆れているようにも、そして――蔑んでいるようにも、見える。
しかし、当の本人は気付かない。人に気を遣うなんて、今の彼女には必要の無い行為だったからだ。
ウォルターのようなごく一部の例外を除いて、多少の差異はあれど、この世界の人々は必ず自分に好意を持つ。あのヨダカでさえ、彼女と夜を共にし、愛を囁く程に。
――だって、私は最強チートな異世界転生主人公なんだから。当然でしょ?
彼女はそう信じて疑わない。
彼女から言わせてみれば、例外であるウォルターは、宙族であるが故に人間とは少々違った価値観や倫理観を持っているせいで、中々自分を分かってくれないだけなのだ。
「それと、ヨダカからの報告によれば、バラットの方で宙族・ディープワンに動きがあるとか」
「へぇー」
「何かきっかけがあれば、バラットに攻め入るかもしれない程に緊迫した様子だとか」
「そう」
ユイカはつまらなさそうに報告に相槌を打ち聞き流す。耳には届いているようだが、この様子では、きっと脳までは届いていないだろう。
「……ん? ディープワン?」
ARK TALEの夏イベでは必ずと言って良いほど出てくる敵キャラの名前がたまたま引っかかったらしい。
小さくその名を呟くと、良い事を思いついた、と言わんばかりに歯をむき出しにして笑い、聖女は立ち上がった。
「バラットに行くわ。宙族が暴れ始めたタイミングで宙族を蹴散らして、私の凄さを更に広めるの!」
「左様でございますか」
「ウォルターも連れてってデートしよーっと♡ そうだ、れいちーも連れて行こ! 丁度新作の試運転がしたいって言ってたし、それで良い感じに数を減らした後に私が颯爽と登場! うん、それでいこう! ついでにウォルレイデートもさせちゃお! ダブルデートって手もあるし!」
「では出発はいつにしましょう?」
「宙族が暴れ始めてからでもいいけど、とりあえず明日で良いんじゃない? 転移の魔法が使えるんだからさ」
「かしこまりました」
「あっ、荷物の準備もしといてよ」
「では、レイシー様へこの件を伝達した後にパッキングを行います」
従者の男は一礼すると、ユイカの部屋から出て、屋敷の地下へと向かう。
地下には広い倉庫があり、人型、非人型問わずゴーレムの素体が並んでいる。
その最奥に、六畳程度の広さがある小部屋がある。灯りが扉の隙間から漏れ出ており、誰かが居るらしく、キュイン、キィン、と何かを削っているような甲高い音が断続的に、そしてかすかに鳴り響いている。
ノックをするが、返事はない。作業も止まらず、未だに歯の治療に使う小さなドリルのような音が続いている。
「レイシー様。ユイカ様からの指令です」
声をかけるが、やはりというべきか、返事はない。余程作業に集中しているか、それとも聞こえているが無視しているのか。中で作業をしている人物的に、どちらともとれる。
「入りますよ」
埒が明かない。そう判断した従者の男は、一声かけてから、鍵のかけられていない扉を開けた。
部屋の中は埃っぽく、仮眠用の簡素なベッドと机と椅子以外には、机とベッドの部分以外の壁を見せない勢いでそびえ立つ棚が並んでおり、小さな部屋が更に小さく見えた。
更に床はほとんど足の踏み場が無い程に何かの部品や機材が散らかっており、余計に圧迫感を感じる。その中に埋もれるように、色気の無い下着が数枚脱ぎっぱなしで混じっている。
そんなお世辞にも綺麗とは言えない部屋の中、机に向かって何かの作業をしていたのは、十六、七くらいの汎人の女の子だった。
洒落っ気は一切無く、サイズの合ってないカーキ色のツナギに、厚手の革手袋、それと作業中だからか、厳ついゴーグルを着用している。ゴーグルを着用しているせいか、それとも朝から櫛を入れてないせいか、短く切りそろえられているくすんだ金髪はぐしゃぐしゃになっていた。
彼女――レイシーは作業の手を止めぬまま、機嫌が悪そうに、しかし手にした小型ドリルのようなレーザー器具の発する音でかき消されない程度の声量で、ぶっきらぼうに言い放った。
「作業中は入らないでって言ったじゃん」
「返事が無かったものですから」
「今手離せないから待ってて」
レイシーがそう言ってから、大凡三十分。
ようやく一段落付いたのか、ふう、と一つため息をついて、レイシーはレーザー器具を置いた。背もたれにもたれかかってゴーグルを外すと、ブラウンの瞳がその下から現れた。
「で、何?」
「例の進捗はいかほどで?」
「ちょっと調整すれば、試運転出来るくらいにはなったと思うけど」
「では今日中に調整を終えて下さい」
「ハァ? まあそのつもりだったけど、あの人の命令と何の関係があんのさ」
「貿易都市バラットにて試運転を行います。宙族の殲滅にアレを使います」
「ええ……海じゃん。潮風に当たると素体が変質しやすいし、砂浜なんかで交戦したら、後でメンテするのめっちゃ大変なんだけど」
「ユイカ様直々の命ですから」
「わかってるよ、断れないのは。それに……」
レイシーは先程まで作業をしていた、こぶし大の魔石が埋まった部品――ゴーレムコアを愛おしそうに撫でる。
ゴーレムコアは二つあり、緻密な魔力回路を刻まれているが、それは一部分だけで、まだまだ完成には程遠い事が窺えた。
「これの恩義もあるからね」
彼女にとって、ユイカは多少の性格の難はあれど、恩人だ。開発費で首が回らなくなった所を、借金を全て肩代わりしてくれた上に、多額の出資をしてくれた。
それだけではない。今王都で使われているゴーレムは、全て彼女の発明品だ。ユイカが聖女という立場を利用して宣伝や売り込みをしてくれたおかげで、今や王都では知らない人が居ないレベルの発明家となった。おかげで出資してくれる貴族も増え、一年足らずで一生遊んで暮らせる程の財産を得ることになった。
ユイカが居なければ、今頃レイシーは借金取りから逃げるために夜逃げをしていたか、借金取りに捕まって春を売る仕事をさせられていたことだろう。
あまり人の話を聞いてくれないし、善意を押しつけてくるし、感情の起伏が激しい所はある。ユイカと親しくない人はそれで敬遠することもあるが、自身にしたように、誰かに手を差し伸べられる良い所がある。彼女と深く話し合えば、彼女の底知れぬカリスマに引きつけられてしまう。彼女の支持者が多いから、きっとそうなのだろうと、レイシーは思っている。
とはいえ、当のレイシーはこのように趣味兼仕事にのめり込みすぎて引きこもりがちなので、同じ屋敷に住まわせてもらっているにも関わらず、ちゃんと会話することはあまりないのだが。家主たるユイカより、いつも作り物のように美しい顔で微笑んでいる従者の男との方が会話する機会が多い。
「今回はヨダカ様とウォルター様も同行される予定です」
「うげっ」
ヨダカ、そしてウォルターという人物名に、レイシーはあからさまに嫌そうな顔をした。顔をしかめて舌を出し、吐くボディーランゲージをする程だった。
「あたし、アイツら嫌なんだけど」
「知っておりますとも」
「ユイカは何でかアイツらとあたしをくっつけたがるけど、あの鳥男は表情変わらなさすぎて何考えてんのか全っ然分かんないし、そもそも暗殺者とかあり得ない。のっぽに至っては宙族じゃん。無理」
「ですがユイカ様の命ですから。くれぐれも聖女様に失礼の無いように」
理不尽に苛ついたレイシーは思わず拳で机を叩きそうになるが、先程まで作っていたゴーレムコアが目に入ったからか、振り上げた拳を叩き付けることはしなかった。
「ウォルター様とのデートのご予定も立てていらっしゃるようですよ」
「最っ悪! やだよ宙族と二人っきりになるなんて! いつ気が変わって殺されたり発狂させられてもおかしくないじゃん! ユイカは鈍いし、アイツは宙族にしては嫌悪感感じないけど、それでもあたしら人族とは違う人外なのに!」
「そういうことはご自身でユイカ様にお伝え下さい」
「何度も言ってるけど、伝わんないから困ってるんじゃん! それに、ユイカは善意でやってるから断りにくいしさぁ……」
そう、ユイカは優しいが、お節介だ。少なくとも、レイシーにとっては。
確かにレイシーも成人したし、そろそろ結婚を考えなければならない年代ではあるが、相手選びが悪すぎる。しかし恩人に善意で勧められては強く言うことも出来ないので、やれデートだの何だのと、人生で一番楽しい開発の時間を割かれるハメになっている。
大きくため息をついたレイシーは、再びゴーレムコアを撫でてから、ツナギのポケットに入れていた懐中時計を取り出し、まるで家族にするように優しく話しかけた。
「パパ、ママ。ゴメン、急な仕事が入っちゃったから、行ってくるね。なるだけすぐに帰ってきて……そしたら、また作業を再開するよ」
「出発までには入浴して下さいね」
「集中力切れたし今から入ってくる」
「洗濯物もまとめておいて下さい」
「ちょっと、見ないでよ変態!」
「なら、せめて見られないように工夫すれば良いのでは?」
「うるさいなぁ!」
言及されてようやく気付いたのか、レイシーは脱ぎっぱなしの下着を見られた事に対し急に羞恥心が沸いたらしく、顔を真っ赤にして仮眠用ベッドの枕を投げて攻撃するも、従者の男はいとも簡単に避けて「それでは失礼します」と涼しい顔で部屋を後にした。
急に激しい動きをしたのと羞恥で息を切らしていたレイシーだったが、少し息を整えて気を落ち着かせると、再び机の上の、二つのゴーレムコアに視線を向ける。
「もうすぐ……もうすぐだから、もうちょっとだけ待ってて」
その独り言は、まるで自分に言い聞かせるようだった。
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