90 ごちそうさまでした
「トワが作ったのか?」
「ですね。盛り付けは全部シェフさん方がやってくれましたけども」
ジュリアはテーブルに並んだ料理を見て、私に問いかけてくる。この世界、且つこの国では中々見ない料理ばかりだからか、すぐに私が作ったものだと気付いたようだった。
最初は興味深そうに見ていたのだが、私がたまたまかき混ぜていた納豆に目をやると、ぎょっと目を丸くして、すぐにドン引きしたような顔になった。
「……その、それは何だ?」
「納豆っすねー。匂いとネバネバが駄目な人はとことん駄目だけど、これが米に合うんですわ」
「そもそも食べられるものなのか、それ……どう見ても腐った豆に見えるのだが」
「腐ってんじゃなくて発酵です。チーズと一緒ですよ。何ならチーズとの相性も良い」
混ぜ終わった納豆を米にかける。人によってはここから更にかき混ぜるが、私はかき混ぜない派。更に言えば納豆は柚胡椒か塩ネギごま油で食べる方が好きだ。しかしながらこの場にそれらが無いし、今回ばかりは醤油で食べたかったので、今回は王道の醤油で味付けした。
醤油によって茶色がかった糸が引く納豆と共に米を口に運ぶ。どこか香ばしくも感じる発酵した豆の香りと醤油の塩っ気、そして米の甘み。納豆の旨味がたっぷりと絡んだネバネバ。
それをごくりと嚥下する。ジュリアやネッカーマ伯爵がいるというのに、つい声を上げてしまった。
「くぅ~たまんねえ! これだよこれ! これが食いたかったんだ!」
「……どう見ても行軍中に見たことのある腐った豆にしか見えない……」
「ドラゴン討伐で徴兵された時のだっけ?」
「私が茨の名を冠する事になった、あの戦いだな。あれは二度と味わいたくない劣悪な環境だった……」
ルイちゃんとジュリアの会話に、「あ~キャラストで見たわそれ」と言いかけて、直前でこの二人の前で言ってはいけないと気付いて咳払いをして誤魔化す。
国家転覆を狙うテロ組織によって暴走させられた超大型ドラゴンが暴れ回るという事件があり、そのドラゴンの首を落としたのが、当時十五歳だったジュリアだった。その活躍を国が讃え、彼女は「茨の騎士」という称号を与えられた。
しかしこの話は単なる勧善懲悪の英雄譚ではない。当時のジュリアはそのテロ組織こそ両親の敵だと思っていて、国のためでも、ましてや国民のためでもなく、自身の復讐の足がかりとして屠ったに過ぎなかったのだ。
結果として、その勘は外れていたのだが。
しかしその戦いって、キャラストでは戦場の恐ろしさや権力の陰謀が渦巻いていた事は語られていたものの、環境に関しては何も情報が無かった。
我慢強いジュリアに「二度と味わいたくない」とまで言わしめるとは、一体どんな状況だったんだ、その戦場は……。
「ところでそれは? ポトフに似ているが、それにしてはスープが少ないな」
「煮物ですか? 作り方的には、スープが少なくて味が濃いポトフって感じですね。醤油と砂糖と酒で煮詰めて、水分量少なめで煮詰めて作るんですよ」
ふと、煮物に興味を引かれたのか、ジュリアはたまたま近かったルイちゃんの皿を覗き込む。
ネッカーマ伯爵程ではないが気になっているようで、ルイちゃんはそれに気付いたらしく、箸を置きスプーンを手に取った。
「食べてみる?」
「では一口」
「はい」
スプーンを手に取ったのは、それをジュリアに渡すためだと思っていた。
――否ッ! そうではない!
持ち替えたのだ! 「あーん」をするために!
ルイちゃんは私がビックリする事すら出来ない程ナチュラルに具を掬い、自然な動作でジュリアの口元に運び、ジュリアはそれが当然とでもいうように少し身をかがめて、重力に従ってさらりと零れた髪を押さえつつ差し出された高野豆腐を口にする。
お二人は仲が良いのですなぁ、なんて呑気に言ったネッカーマ伯爵の声は、確かに耳に届いたはずなのに右から左へ通り抜けた。
「初めて食べる味だが、美味いな。確かにスープにするには濃すぎる味付けだが、スープがメインなのではなく、具材に味を染みこませてそれを食べる料理だからこれで良いのだな。しかし、ショーユとやらがここまで魚介ブイヨンと合うだなんて思わなかった」
「こっちも食べる? 翡翠茄子っていうんだって」
「なるほど、確かに言い得て妙だ。……ん、なるほど。ナスの甘みと出汁の旨味を存分に味わうための料理か。とろりとした食感で、噛むと繊細で上品な汁が溢れてくる。生姜の香りと辛みがアクセントになっていて飽きないし、これは良いな」
「だよね! トワさんはナスの季節、夏とか秋にいつも作ってたんだって」
「家庭料理の部類なのか? 驚いたな。普通に前菜の一つとして出せる料理だと思ったぞ。トワ、後でレシピを教えてくれ、うちのシェフにも作らせたい」
ジュリアが何か私に話しかけてきたように思ったが、そんな情報を処理出来る余裕は無かった。
不意打ちで推しカプの渾身の右ストレートテロを食らって思考停止しない方がおかしいわ。
それはユリストさんも同じだったようで、箸を手にしていた手から力が抜けたのか、箸をポトリと落としてしまって侍女さんから「お嬢様!」とお叱りの声を受けてしまっていたが、微動だにせずルイちゃんとジュリアを上々の抜けた顔で凝視していた。
「……トワ? どうした?」
ジュリアの問いかけに無視してしまうという不敬を働いてしまっているが、この時の私にはそこまで気を回せなかった。
ユリストさんと目が合う。そして――。
「Is that a Yuri?」
「Yes, it's Yuri」
「Oh……So precious……」
「I completely agree with you」
「アンタら一体何言ってんだ」
「いやユリストさんが別言語で聞いてきたからつい」
ラガルがジト目でツッコミを入れてくれたおかげで、瞬間的にトんでた思考が現実に戻ってきた。
しゃーないやん! だって目の前でジュリルイあーんだよ!? しかも超絶ナチュラルに、一度ならず二度までも! 何なら両方とも一切照れも躊躇もしてなかったやん!
こんなんもう熟年夫婦だよ。てえてえ……。
しかも毒殺とか気にしなきゃいけない立場である貴族のジュリアが、何気に毒味とか一切気にせずルイちゃんから食べさせてもらってたのって、それだけジュリアがルイちゃんの事信用しているってことじゃん。
全幅の信頼置いてるって……コト……!?
知ってたけど、いざ目の前で見せつけられてしまったらもーたまらん。
一生推すしかねえよこんなん。
「んでジュリア様、何の話でしたっけ」
「この翡翠茄子をうちのシェフにも作らせたいんだ」
「じゃあウィーヴェンに帰ったら、近いうちにお屋敷にお伺いしますわ。美味いもんは世に広まるべきですしね」
「ああ、頼んだ」
そんな口約束をしている間に、ルイちゃんはスプーンをそのまま使って、はむ、と翡翠茄子を口に運ぶ。
……間接キスでは!?
ジュリアだから抵抗無いんか!? どうなんだい!
追い打ちを食らって、必死に表面上に出さないように心の中でもんどりうって悶えている脇で、未だ料理から目を離さないネッカーマ伯爵がルイちゃんに話しかけてくる。
「ところで薬師さん、所作がお綺麗ですなぁ。テーブルマナーはほぼ完璧では?」
「小さい頃にジュリアちゃんから教えてもらったんです。お姫様ごっこしている時とかに」
「お姫様ごっこ」
思ってもみなかった返答に、ネッカーマ伯爵はついに料理から目を離した。
「自分は普段からお姫様させられるからメイド役がやりたいって言ってて、いつも私がお姫様役をやってたんです。ジュリアちゃんはメイドさんや侍女さんの他にも、意地悪な家庭教師役とかもやってたよね、ノリノリで」
「大人になってから気付いたが、あれは意地悪じゃなくて厳しいだけだったな。……ってそうじゃない」
「今のジュリアちゃんは格好良いですけど、昔のジュリアちゃんは本物のお姫様みたいに可愛かったんですよ。婚約者さんから虐められるから会いたくない、って私に泣きついてきた時なんか、『私が守ってあげなくちゃ!』って使命感まで芽生えちゃって」
「いっ、今はそんなこと無いですよ、ネッカーマ伯爵! ルイ、もうそれ以上は言うな! 恥ずかしい……!」
珍しく頬を染めて声を荒げるジュリアに、ルイちゃんはクスクスと笑って「ごめんね」と返す。
再び私とユリストさんは視線を交わす。
ユリストさんが席を立ち、私の所まで来て、他の人に聞こえないように小声で話しかけてきた。
「今のはルイジュリでは」
「バッカお前、幼少期の思い出を語りながら可愛いって言うのは、ベッドの中で攻めさんに可愛いって言われる受けちゃんの役割やぞ。尚諸説あり。でも幼少期時点ではその可能性は大いにある」
「最高かよ。成長するにつれ手を引いて前を歩く役割が入れ替わるタイプの幼馴染み概念じゃん」
「言い得て妙。たまんねえなぁオイ」
「言葉が元に戻っても言ってることが全然分からない。本当アンタら一体何言ってんだ……」
しかしどうやらラガルの耳には届いていたようで、再びジト目でねめつけられてしまったのであった。
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