89 いただきます
完成した諸々を盛り付けて隣接する使用人食堂に運ぶ。食事の時間には早いので、私達以外には誰も居らず、貸し切り状態だった。
ユリストさんの侍女さんが「使用人と同じ場所で食事をするなんて」とぼやいていたが、いつも似たような事をしているのだろうか、どこか諦めたような表情をしていた。ユリストさんが「毒味は必要無い、そんなことをしたらトワさんに失礼」と言った時には流石に目を剥いていたが。
勿論私が許可したので毒味済みである。忘れそうになるけど、ユリストさん貴族だからね、そりゃあ毒殺を警戒して毒味くらいはさせるよね。
全員が席に着いた後、「折角だから食前の祈りも飛花式で」ということで、私が音頭を取ることになった。
「はい、それでは皆さん手を合わせて。いただきます」
いただきます、とモズ以外が唱えて、各々好きなものから食べ始めた。
ユリストさんとモズはカリカリのお焦げが混ざった白米、ルイちゃんは煮物、ラガルは少し迷ってから、ルイちゃんの真似をするように煮物にスプーンを伸ばした。
私はとりあえず汁物である味噌汁から。ナチュラルに器に口を付けたからか、ルイちゃんにぎょっとした顔で見られてしまったが、「そういう文化」と一言言うと納得してくれた。今まではこっちの文化に合わせてお上品にスプーンで飲んでいたからね、びっくりしたんだろうね。
ネギの香りと貝のエキスがたっぷり詰まった味噌汁は、そりゃあもう美味かった。同じ海産物由来の出汁が非常にマッチしているし、磯臭さなんて一切無い。ネギの香りが消しているのだろう。
この後味が消えないうちに、米を口に。
やはり米は何にでも合う。人によっては「味がしない」なんて言われるが、主張しすぎない優しい甘みが噛めば噛むほど出てきて、口に残った味噌の風味と貝の旨味を引き立てる。お焦げから香る穀物独特の香ばしさもたまらない。若干固い気もしたが、完全な白米ではないのでこんなものだろう。
次いで魚の塩焼き。シンプルに塩を振ってじっくり焼いただけだが、だからこそ余計な脂が臭みと共に落ち、魚本来の美味しさを味わえる。冬だからか、結構脂が落ちたにも関わらずジューシーで、米が進む。
魚、米、味噌汁。完璧な布陣である。
「おいひぃ……! 高野豆腐、だっけ? 噛むとお出汁の旨味が詰まったお汁がじゅわぁって出てくる!」
「せやろ? あー、味噌の味がするぅ……久し振りの味噌の味だぁ……!」
「このお味噌汁っていうのも、お味噌ってちょっと独特の風味がするけど、それが貝の磯臭さを消して旨味を引き出してるよ!」
「発酵食品だからねぇ。食べ慣れない人は苦手に感じる人も居るって聞くよ。まあ日本人にとっちゃ魂の味みたいなもんだけど」
「料理の工程も見てたから分かるけど、シンプルで素材の味を引き立ててる料理が多いよね。確かにこういう料理はこっちだと少ないし、これはトワさんが事ある毎に食べたくなるって言う理由が分かるなぁ……」
「もっと手間暇かかる料理もそりゃあるけど、まあ私が作るモンだと手抜きが多いからね」
「全然手抜きじゃないよ! 手順が少ないのと手抜きは別物だよ」
「そうだそうだー! そもそも料理が出来るってだけですごい! こんな美味しい和食……久々に食べた……おいしいよぉ……!」
「うわっユリストさん泣いてる!?」
「何十年ぶりの味だぁ……トワさんありがとう……!」
「あはは、何十年って大袈裟だよ」
ルイちゃんは比喩表現だと思って笑っているが、多分、というか絶対、前世から何十年ぶりという意味だろう。
自炊が出来ないユリストさんは、親元を離れて一人暮らしをしていたのなら、食事に関しては惣菜やコンビニ弁当、金銭的に余裕があるなら外食に頼っていただろう事は推測できる。
温かい食事、という点なら別に珍しくはない。だが、外食では味わえない「家庭の味」となると話は別だ。
料理人でもない一般人が作った、普通の味の家庭料理。それは、貴族の令嬢として転生した今では、余程のことがなければ食べられないものだ。
久々の和食に加えて、そういった一般人時代の郷愁も相まって、泣くほど感動しているのだろう。
そんな光景を微笑ましく眺めていたのだが、ふと視界の端で、赤いものを口に運ぼうとしているラガルが見えて、瞬間的に私の注意はそちらに向いた。
「あっラガル待――」
「――ッ!? ウエッ、げほっえほっ! すっぱぁ!」
「遅かったかぁ……」
一口で大振りな梅干しをパクリと食べてしまったラガルは、次の瞬間、目を丸くしてそれを吐き出してしまった。
ルイちゃんがラガルの声にビックリして数秒固まったものの、すぐに駆け寄って水を飲ませてあげる。
保母さんじゃん。ナチュラルラガルイセンキュー……!
偏食家のラガルがそこそこ早めに手を付けたということは、梅干しを甘いフルーツか何かだと勘違いして食べたのだろう。シワシワになってはいるけど、見た目は赤いし柔らかいし、甘い木の実に見えなくはない。
「何だよこれ!? もの凄くしょっぱくて酸っぱいし、腐ってんじゃないか!?」
「梅干しはこれがデフォだよ。薬味みたいなモンなのに、一口で食うからそんなことになるんだよ。ほれ見てみい、モズなんてちょっと囓っては米をかっこむというお手本のような食べ方を……いやさっきから梅干しと米しか食ってなくない? 他のもお食べ?」
「おいこれ好き」
「モズが食べ物の好みを自覚しただと!?」
今まで食べ物に関して「あれが好き」「これは嫌い」なんて一切言葉にしたことが無いモズが、初めて好きだと口にした。
そう、初めてだ。今まで甘いお菓子だろうが美味しい食事だろうが、何でもほぼ無表情で機械的に口に運んで咀嚼するだけだったモズが、だ。
子供らしい情緒が成長してきているのか、それともたまたまなのか。前者なら人の心が段々備わってきたということなのだろう。そうだったら良いなぁ。
「この箸っていうの、やっぱり難しいね。前に菜箸を使わせてもらったこともあったけど、なかなか……」
「無理して使わんでも大丈夫だよ。まーこういうのは慣れよ、慣れ」
「でも、ユリストさんは凄く上手に使っているよ?」
「あー……な、なんか飛花文化好きだから練習したって聞いた気がするなーうんきっとそうだよ間違い無い」
まさか「前世が日本人だったから箸なんて余裕で使えるよ」なんて言えるはずもなく、私は適当にそれっぽい事を言ってお茶を濁す。
ちなみに、モズも箸を使いこなしている。初めて会った時に和装していたのと、紅燕の鉄砲玉として使われていたらしい経歴から飛花出身だと勝手に思っていたが、あながち間違いではないのかもしれない。
そんな風に和気藹々と楽しい食事を囲んでいたのだが、不意に食堂の扉が叩かれ、ネッカーマ伯爵の「失礼するよ」という声が聞こえたとほぼ同時に扉が開いた。
「何だか美味しそうな匂いがしたんだが……」
「あっ、お父様。それにジュリア様も!」
「新しいレシピの開発かい?」
ひょこりと扉から顔を覗かせたのは、予想通りネッカーマ伯爵と、予想外にもジュリアだった。
ネッカーマ伯爵はどこからどう見ても、ご飯を準備している飼い主の足下で涎を垂らしながら待っているゴールデンレトリバーにしか見えない顔で、じっとテーブルの料理から目を離さない。
この人ただのかわイッヌじゃん。私は動物が喋ると途端に可愛くなくなると思ってしまうタイプだけど、この人は例外だわ。言葉を喋るだけのただの犬じゃん。尻尾の付け根の匂い嗅がせろ。
そんなネッカーマ伯爵を見てジュリアは苦笑していたが、彼女も見たことの無い料理が気になっているようだった。
「トワさんに飛花の料理を作ってもらっていたんです!」
「へえ、そうなのかい? ……へぇー……」
「あげませんよ?」
「まだ何も言っていないよ!?」
「そもそもお母様から食事管理されているじゃないですか。塩分も控えめにって言われてますし」
「ちょっとだけ! ちょっとだけなら大丈夫だから!」
「良いですけどお母様に言いつけますね」
「クゥーン……」
どうやら私が思っていた印象は概ね正解だったらしい。ユリストさんからぴしゃりと言われてしまい、ユリストさんそっくりの反応と表情で肩を落とす。
……ユリストさんの性格って、もしかしたらこの世界に来てからネッカーマ伯爵に影響されまくった結果ああなったのかもしれない。
ケモ顔と人間顔でかなり違うのに表情の作り方が生き写しのようだし、何ならテンションと言い仕草と言い、凄く似ているのだ。正に親子と言うべきか。
ネット上の性格と本来の性格は違うものだ。最初こそ「らむねさんそのものだ」なんて思っていたが、ここ数日交流する内に、何となく違うなぁと思うことがそれなりにあったのだ。やたらテンション高かったりとか、思っていた以上に陽キャ気味だったりとか。
ユリストさんとネッカーマ伯爵のやり取りを見て、その違和感の原因がようやく分かった気がする。胃の腑に落ちた感じがした。
ご清覧いただきありがとうございました!
何故か全然書けない状態になってしまって昨日の更新時間に間に合いませんでした。
とても落ち込んでいます。しんどい……。書きたいのに何も文章が思いつかなくて、ただただ画面を見つめたまま余裕で一時間以上過ぎるのは結構辛い。
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