137 私が来た
馬を走らせながら、併走するユリストさんに状況を問う。
「街の状況とか情報入ってます?」
「詳細は不明ですけど、多少現場は混乱しているとはいえ、港からの出現でしたからまだマシみたいです! 海沿いに住む民で魚人を見たこと無い人なんて居ませんから!」
「エッ仮にも宙族相手だけどそういう認識? 割と普通に見かけるのか……」
「見かけた程度じゃ一々国に報告なんてしませんからね! それに、一体程度ならタイマンで倒せちゃうのが海の男ってものです!」
「マジかー……」
「ディープワンなんてありふれた宙族だよ。それに強さも魔物程度だ、この時代の宙族脅威レベルとしては最低レベルと言っていいよ」
「自称神が言うと説得力があるぅ……!」
馬を走らせながらだと舌を噛みそうだ。乗馬を始めて二ヶ月ちょいの初心者、且つモズと二人乗りでそこまでスピードを出せていないからまだマシだが、これ以上の速度で走らせていたら、間違いなく何処かのタイミングで舌に不名誉な傷が増えていた事だろう。この状態でよく口の回るユリストさんは乗馬に慣れているのだろうか?
ようやく街に近づくにつれて人の数は多くなり、まだ街中に入る前だというのに人でごった返すようになる。皆不安そうだったり、疲れ切っているような顔つきだ。
流石にこの中を馬で爆走する訳にもいかず、声を張り上げて人々に道を空けてもらいながら少しずつ進んでいると、冒険者らしき数人が私達の前に立ちはだかった。
「待った待った! そこのお嬢さん方、ここから先は通行止めだ!」
「港に用があるんですよぅ!」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえ! 宙族のスタンピードが起きてんだぞ!? そっちの姉ちゃんなんて大怪我してるじゃねえか!」
「これ治した後なんで大丈夫です! というか宙族案件だから動いてるんですよこっちは!」
「なら折角拾った命だ、無駄に捨てるこたぁねえ! 港はスタンピードの中心地だ、騎士かゴールド以上の冒険者でなけりゃ行かせらんねえっての! それに子供も居るじゃねえか、尚更行かせられるか!」
「邪魔じゃ。斬っか?」
「お願いモズちょっとお口チャックしててくれる!?」
古傷だらけの肌と実用性しかない筋肉のついた体つきに、いくつも傷や汚れがついていながらもよく手入れされた革鎧。見るからに歴戦の冒険者が私達を進ませまいと声を張り上げるが、私も負けじと反論する。
こんな所で時間をくっている訳にはいかないのに、と歯噛みする。ダニエル女公爵は大丈夫だとしても、ヘレンとセレナが心配だ。下手したら、ダニエル女公爵がセレナを殺してしまいかねない。
いや実際の夏イベでもセレナは主人公達に討伐されてるけども! 死んでるけども! 季節も好感度フラグも色々滅茶苦茶になっているんだったら、いっそ夏イベとは別物と考えて、セレナ生存ルートを目指したい。
原作改変? 知るか! こちとら正史崩壊にならない程度なら改変しても良いって、自称とはいえ神に了承得て行動してるんだよ! ストップがかからないならセーフだ!
焦燥感に苛まれながら冒険者達を説得しようとしている最中に、ふと、ダニエル女公爵から預かっていたあるものを思い出す。急いでそれをしまったはずのポーチ内を探り、記憶通りの場所に入っていたそれを取り出した。
そしてそれを冒険者さんに見せつけるように突き出し、声を張り上げる。
「我々は四大公爵家の一つであるローズブレイド家、その特使である! 我が主人の命により、バラットを守護するため馳せ参じた! 疾く道を空けよ!」
そう。ダニエル女公爵から預けられていた、ローズブレイド家当主の証である指輪だ。
ある程度の学がある人ならば、大抵はローズブレイド家、あるいは四大公爵家がどれほどの地位に居る貴族なのか知っている。
その特使、しかも証明として家紋の入った指輪を持っているのならば、信じない人はあまり居ない。はずだ。
特使だなんてそんな大層なものではないが、嘘も方便。スムーズに事を運ぶには仕方の無い事である。
「なっ……ローズブレイド家だと!?」
「……そ、そうです! そうですよぅ! 領主たるネッカーマ伯爵家も共同した作戦の遂行中なのです!」
私の急な必殺仕事人風モードに固まっていたユリストさんだったが、すぐに意図を察してくれたのか、援護口撃をしてくれた。
結構な声量で叫んだことで会話の内容が耳に届いた人が多かったらしく、騒然としていた周囲の視線が一斉に私達に向き、数秒の沈黙の後にざわりとどよめく。視線が痛いが気にしている場合じゃない。緊張のせいか無意識に、手綱を握る手に力が入った。
冒険者達は集まって何か言葉を交わすと、半数ほどは納得がいっていない様子ではあったが、リーダーらしき人物が代表して「分かった、通れ」と言ってくれて、その他の冒険者達は道を空けるよう声がけを初めてくれた。
一言礼を言って、先に進む。
しかし、街中に入って少しした所で、私達は足を止めることになった。
氷だ。最初こそ気にならなかったが、奥に進むにつれて薄青の氷が周囲を凍てつかせているかのように増え、途中から完全に街全体が氷のオブフェへと化していたのだ。氷で足下が滑るため、これ以上の馬での進行は不可能と判断し、下馬して自身の足で港へと向かう事にするしかなかった。
街中の喧噪は無く、代わりに風の音と、遠くから聞こえる、雪で吸音しきれず建物でわずかに反響した戦渦の音が響いていた。だとしても港近くの市場に近い場所としては非常に静かで、建物やディープワンを内包したまま佇む氷塊や放置されたままの無くなった遺体、そして氷で出来た薔薇と茨で串刺しにされたようなディープワン死体の数々が、余計に不気味さを増幅していた。
足下は完全に凍っているか、表面に氷が張っていて踏み抜くと割れ、下から水が出てくる状態だ。足首辺りまで浸水しているだろうか。ユリストさんが小さく「海水ですね、これ。潮の匂いがします」と呟いた。
更に港の方面へと歩を進めると、氷も、人もディープワンも問わず死体も増えていく。途中、見覚えのある御者の服装をした人が銛に頭を貫かれて亡くなっていたが、今だけは気のせいだと思うことにした。
「ヒョエ……これ全部ダニエル女公爵がやったんか?」
「市場が氷漬けに……氷属性のスペルは被害を最小限に抑えつつ敵を制圧するのに向いていますけど、これほどまでの規模は規格外ですよ」
「ヒトでこの規模のスペルを使えるのは素晴らしいけれど、残留モルド体が少し多いかな? 彼女の実力ならばもっと効率よくスペルを発動出来ると思うのだけれど、手を抜いたのかもしれないね」
「本気じゃないのにこれって、流石公式チートキャラ……今更だけど私達必要あったか?」
氷の都と化した市場に目を向けながら、疑問を口にする。その問いには、ユリストさんが曖昧な笑いで答えてくれた。
今にも崩れ落ちそうな屋台、亡くなった市民や冒険者、今にも動き出しそうな躍動感のある格好のまま氷漬けになったディープワン。生きている人だけが消えて、その他を時間が止まったように凍てつかせている。
ディープワンだけでなく建物や遺体まで凍らせているのは、誰かを救助するためだったり、遺体への無礼を許さぬよう守るためなのだろうか。ダニエル女公爵の事だから単なる同情や偽善ではなく、ただ貴族としての義務や人としての秩序としてそうしているのだろう。
不意に、ユリストさんの動きが止まる。何かに聞き耳を立てているようで、耳をピクピクとひっきりなしに動かしている。
「……人の声がします!」
「どっちから?」
「あっち」
ユリストさんよりも早く、モズが指を差す。もっと前から気付いていたのなら教えてくれ、と思ったが、そういった説教は後だ。
モズの案内する方向に向かう。滑って転ばないようにしつつ走って行くと、生き残っていたらしいディープワンが四体、見覚えのある横転した馬車をこじ開けようとしていた。
「ローズブレイド家の馬車だ!」
「ディープワンに襲われてますよぅ!?」
「慌てず騒がず先制攻撃、デカいの一発お見舞いしてやって下さい!」
「わ、分かりました! est tonitrus……」
ユリストさんは詠唱破棄してスペルを使えるようになったはずだが、突然の戦闘で多少気が動転しているのか、従来通りに詠唱を始める。
それはそれでこちらも攻撃のタイミングを図りやすいので別に問題は無い。
「モズ、残党処理!」
「おん」
「――gradius ac ingels celsus!」
詠唱が終わると同時に、雷で出来た巨大な剣がディープワンの数だけ現れ、その体を貫く。弱っていたのか、それとも相当威力の高いスペルだったのか、三体はその攻撃で絶命した。
ギリギリ意識を保っている最後の一体には、モズが鋭くエラの隙間から刀を差し、手首を捻って脳をかき混ぜて始末する。どんな相手でも首を刎ねがちなモズが首を刎ねなかったのは、やりづらいからだろうか。それとも私が教えた魚の締め方を忠実に守っているだけだろうか。
モズと同時に駆け出してはいたが、やはり身体強化と刻印の二重かけが出来るモズに比べたら瞬発力が劣る。
遅れて馬車に到着した私は、すぐさま横転した馬車の上に飛び乗り、何故か窓が塞がれ中が見えない状態になっている馬車内に向かって声をかけた。
「中に誰か居ますか!? 外の宙族は倒しました、もう大丈夫ですよ!」
耳を澄ますと、少し遅れて、どこか聞き覚えがあるような女の子の声で「ほ……本当……?」と返事が返ってきた。
「鍵は開けられますか!?」
「む、むり、固めちゃった、から」
「分かりました、三、二、一でドアをこじ開けます。危ないですから、出来るだけドアから離れていてください!」
彼女の言葉や窓だった場所が壁のようになっている所から察するに、身を守るために何かのスペルで溶接したのだろう。相当パニックに陥っている様子なので、じゃあ元通りにしてくださいね、と指示を出すのは酷だ。
貴族の馬車は頑丈に出来ている。それも、公爵家の使うものなら尚のことだ。ジュリアから以前、骨組みに文字通りドラゴンの骨を使っているだの、アダマンタイトコーティングをしているだの、色々と聞いている。
通常ならばドアをこじ開ける事すら難しい。だが、私には簡単にできる。その手段がある。
脳内で馬車のドア部分を範囲選択するイメージをして、一言。
「いきますよ! 三、二、一、切り取り!」
権能の【分離】を利用すれば、どんなに固かろうが関係無い。
言葉を唱え終えた瞬間、まるで最初からそこに存在していなかったかのように、綺麗さっぱりドアが消え失せる。
すぐに馬車の中を覗き込み、中に居る女の子を安心させるために笑顔で「助けに来ましたよ」と言おうとして――。
「なんで、お前が」
表情は凍り付いたように固まり、動いた口から出た言葉は、そんな言葉。
馬車の中に居たのは、頭を抱えて顔を真っ青にした、私の地雷だった。
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