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136 深きものの行進

 ――どうしてこうなった。

 馬車の中で頭を抱えて震えているレイシーは、外から聞こえる化け物共の叫び声と恐ろしい気配に怯えながら、本日何度目かの言葉を心の中で呟いた。


 事の発端は、あのやたらと自分を睨みつけてくる恐ろしい女騎士が別行動を取るために別れた、その数分後の事だった。

 地響きの後、港の方面から爆発音のような音が聞こえたのだ。


 ユイカの従者が言っていた時間よりかなり早いはずなのに、もう宙族の襲撃が始まってしまったのだろうか。内心そう思って挙動不審になったレイシーをよそに、自分と共に馬車に乗っているやたらと態度のでかい男装の子供――あの女騎士は「叔母上」と呼んでいたけれど、どこからどう見ても十代前半の子供にしか見えない――は、御者台の窓を叩き、まるでちょっと用事を思い出したかのようにさらりと言ってのけた。


「予定変更だ。港に向かえ」


 ――嘘でしょ!?

 実際に声には出さなかったものの、レイシーは心の中で叫ぶ。

 港の方角から騒ぎが聞こえたということは、その元凶は港に居るということで。

 つまるところこの子供は、自ら渦中に首を突っ込もうとしているのだ。


 彼女が聞いた限りでは、聖女ユイカが宙族の出現を秘密にしていた事が色々と問題らしく、レイシーは商人としてこのままこのバラットを治めている領主のところまで連行され、そこで事が収まるまで拘束されるはずだった。

 レイシーは恩人であるユイカに迷惑をかけてしまう事に関しては罪悪感があったし、せっかくの新型ゴーレムの性能テストを実行出来ないのも残念に思っていた。しかし、それでも分かりきっている戦場に参加せずに済むという事実に、安心感を感じていたのも確かだ。彼女は自ら危険な目に合いたくないという気持ちが人一倍強いのだ。


 気落ちしつつもそんな安心感に胸をなで下ろした直後に、この唐突な子供の発言である。

 自分の興味のあること以外の知識に乏しいレイシーであっても名前だけは知っているくらい高名な貴族とはいえ、これには文句の一つや二つ、三つや四つくらい言えたら言っていただろう。彼女にそんな目上の人物に噛みつく度胸は無いので、実際には心の中で悲鳴を上げるしかないのだが。


 明らかに顔を青ざめさせたレイシーをちらりと見やった子供、もとい貴族のトップである四大公爵家の一つであるローズブレイド家の現当主は、つまらないものを見たという感情を隠しもせずにすぐに視線を外し、レイシーから見ればの話だが、呑気に窓の外の景色を眺め始めた。


「案ずるな。貴様は敵派閥だが、この国の民であることには変わり無い。ローズブレイド家として、命の保証だけはしてやる」


 ――あたしは行きたくないんだけど!?

 とは言えず、レイシーは下唇を噛みしめて俯くしかなかった。


 そもそも、だ。お偉いさんなのに護衛の一人すら付けず、思いつきのように現場に向かおうとするなんてどうかしている! レイシーはそう頭の中でまくし立てる。

 聖女のように言わずと知れた戦闘力の持ち主であれば問題無いだろうが、普通の貴族は戦わない。騎士や術師にでもならない限り、基本的に安全な場所でふんぞり返っているだけだ。


 野次馬にでもなりにいくつもりなのだろうか、なんて考えていたレイシーだったが、港に近づくにつれ、街中がやけに騒がしい事にようやく気が付いた。

 恐る恐る窓の外を覗き込むと、恐慌状態に陥った町民が逃げ惑ったり、その混乱の最中でも果敢に何かと戦っている冒険者や漁師らしき人々の姿が見えた。その誰もが皆ずぶ濡れで、よく見ると、地面は雪が無い代わりに辺り一面濡れていた。

 中には倒れたまま動かない人がいて、津波で押し流されたように倒壊し寄せられた屋台だったものや商品だった海産物に巻き込まれていた。見えないが恐らく、廃材と化してしまった瓦礫の下にも、誰かが居るのだろう。


 彼等が戦っている何か(・・)。その正体は分かりきっているのだが、ふと湧き上がってきた好奇心からその姿を見ようとして――。


「わああああっ!?」


 その瞬間、それ(・・)が投げた三叉槍が馬車に当たった。ガィンッ、と弾かれた音がしたが、それでも攻撃された事に一気に恐怖心でいっぱいになったレイシーは窓から距離を取るように飛び退いた。


 そんなレイシーの視界の端で子供がため息を一つついて、つい、と人差し指を化け物に向けて――気が付くと、化け物が薄青の氷塊に閉じ込められていた。

 一瞬の出来事に呆気にとられたレイシーは、何が起こったのか処理出来ず、ぽかんと口を開けたまま、瞬間冷凍されてしまったディープワンを見つめている事しか出来なかった。ダニエルから漏れた氷属性の魔力が冬の空気より冷たい極寒の冷気となり、そろりとレイシーの頬を撫でた。


「フン、魚如きが無謀にも陸の上で戦おうとするからだ。知能は人と変わらんと聞いた事があるが、この様子だと、間違い無く頭の出来では劣っているな」


 流れるような罵倒の言葉がレイシーの耳を素通りしていく。ワンテンポ遅れて、レイシーはとある事に気が付いた。

 ――あれ? この子供、詠唱してなくない?


 スペル発動の際に詠唱破棄が出来る術師は少ない。身体強化のような基本中の基本とも言えるスペルなら詠唱破棄で使える人も珍しくないが、一瞬で宙族を氷漬けにするような強力なスペルを詠唱破棄で使える人はそうそう居ない。

 それこそ、レイシーの知っている中では、聖女ユイカしか居ない。 


 ――もしかしてこの子供、めちゃくちゃ強いんじゃない?

 不安しか無かった心に、一筋の光が差し込んだような錯覚をレイシーは感じた。態度も言葉も冷たいが、ダニエルが自分を優しく守ってくれるのだと思ったのだ。

 しかし。


「この程度で怯えるな、腰抜けめ」

「腰抜けでいいもん!」


 それは勝手な期待と幻想であったと、ダニエルの冷たい言葉によって即座に分からされてしまった。

 勝手に期待したのはレイシーの方ではあったが、裏切られたような錯覚に陥り、つい反射的に反論する程だった。ダニエルは舌打ちを一つして、心底呆れたように「臆病者が」と悪態をついた。


「公爵様! これ以上は人が多くて進めそうにありません!」

「構わん。貴様らはここで待っていろ。エディ、馬車と馬は放棄して構わん、何があってもこの女だけは逃がすな」


 御者の声にそう返事を返したダニエルは、悠々とした動作で、一切の躊躇も無く馬車のドアを開けた。街中より潮風の匂いが強く、ダニエルの魔力よりは凍えないが、それでも身を刺すような冬の空気がレイシーの体を通り過ぎた。


 小さい体躯のどこからそんなに通る声が出るのだろうか。ダニエルはディープワンと戦っている冒険者や漁師に檄を飛ばし、飛んで来る三叉槍や銛を氷で出来た茨の矢で打ち落とし、時にはそれらを投げてきた個体を貫き、あるいは先程のように氷漬けにする。まるで楽団の指揮者のような動作で数々の高度且つ強力なスペルを発動する光景は、海水に浸された地面も相まって、冬の泉に舞い降りた氷の精霊のようであった。

 ダニエルの圧倒的な殲滅力に最初こそ呆気にとられていた冒険者や漁師達だったが、すぐに負けじと気概を示し、戦意を強める。混乱に満ちていた戦場がダニエルという英雄の登場により瞬く間に優勢に変わり、その場に居た人々に希望を与えたのだ。


 そんな光景を見て、素直に凄いとレイシーは思ったのだが、すぐに別の思考が浮かんでくる。

 ――これ、ユイカが居なくても平気じゃない?


 本来ならディープワンは聖女ユイカが退治するはずだったが、この様子だと、彼女の予定こそ狂いはすれど、彼女の登場を待たずとも解決しそうだ。

 恩人である聖女ユイカには悪いとは思いつつ、レイシーは安堵のため息をつき、ダニエルが開けっぱなしにしていた馬車のドアをそっと閉め、外から聞こえる物音にビビりつつも、心の何処かで余裕が出来て高みの見物気分になっていた。


 そう。途中までは、順調だった。

 あの声無き咆哮が聞こえるまでは。

ご清覧いただきありがとうございました!

前回は急にお休みにしてしまい申し訳ございませんでした。

メンタルがメショメショになってしまいましてね……そういう日もあるよね……。お許しを……。


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