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135 語彙力と説得力は別物

 ユリストさんが推しカプ(セレヘレ)の波動を察知したのか、尻尾が千切れんばかりにブンブン振りながらキラキラした目で見つめて来るがスルーし、彼女がかけてくれた外套のマント越しにモズの背中を撫でてご機嫌を取る。

 教会やルイちゃん達を安心して任せられる状態になったから、私は私で行動に移りたいのだが、モズがこうして子泣き爺と化していると身動きが取れないのだ。


「モズ、モズ君や。そろそろ離れて欲しいんだけど」

「や」


 説得を試みるも、モズは状況や私の都合を一切考えずに即答する。返事を返してくれるようになっただけマシであるが、これはかなりヘソを曲げてしまっているように感じる。

 ゆっさゆっさと大きく体を揺すってやりながら、もう少し交渉してみる。


「お仕事の時間だから」

「や」

「今度はピッタリくっついてていいから。あんな目に合うのはもうこりごりだからね」

「や」

「これもダメぇ? えーとそうだな……」

「……ねえちゃんは」


 珍しくモズが何かを主張しようとしているので、慌てて続けそうになった言葉を飲み込む。

 やや長い沈黙の後、モズはいつぞやの蓑虫と化していたラガルのように、ぼそりと小さな声で呟いた。


「ねえちゃんは、おいが殺すんに……」

「ウーンそういった物騒な発想は止めようか!」

「えぇ……この子そういうタイプの子だったんですか……? ちょっとヤンデレ適正あるなぁとは思ってましたけどぉ……」


 モズのか細い声がユリストさんにも聞こえたのか、顔をしかめてドン引きした様子で一歩後ずさる。普段はピンと立っている犬耳もぺたんと後ろに倒している。


 代わりにルイちゃんが私の元に来てかがまり、モズに優しく声をかけた。


「モズくん、トワさんが大怪我しちゃって怖かったよね。自分の見ていないところで居なくなって欲しくないから、離れたくないんだよね」

「……」

「でもね、トワさんは今から、モズくんと同じで、大切な人を失うかもしれない人達を助けに行こうとしているんだよ」

「他の奴なんてどうでもえい」

「うん。だけどトワさんは、どうでも良くないんだって。トワさんは優しい人だから、そういう人達も助けようとするの」

「いや別にそういうんもごっ」

「良いシーンだからちょっとお口チャックしてましょうか」


 そういうのじゃないし優しくもないんだけど、と訂正しようとしたが、ユリストさんから口を塞がれてしまった。


 確かに条件反射で事実に訂正しようとしたが、耳当たりの良い優しい言葉の方が説得には良いだろうと思い直し、大人しく言われた通りにお口のチャックを閉めた。

 私が善人みたいに言われて大変心がむず痒いが我慢だ。


「モズくんも、トワさんがそういう人だって知っているよね」

「………………おん」

「だけどね、私もラガルさんも、本当は行ってほしくないの。だってトワさんが危ない目に合うし、何より、トワさんって自分一人で何でも解決しようとして無理しちゃうんだもん」

「……?」


 ピクリ、とモズが少しだけ顔を上げるのを感じた。

 モズには見えないが、私の目には、ルイちゃんの言葉に同意するようにラガルがブンブンと首を縦に振っているのが見えた。


 いや私そんな無理とかしてな……いやしてるけど……だってやれる能力があるのに無視して状況を悪化させるよりはマシだし……それに諸々の事情(原作の情報)を把握してたり抱えてたりしてるから動かざるを得ないし……でもやれる範囲でしかやってないんだけどなぁ……。


「私とラガルさんは戦うのが苦手だから力になれないけれど、モズくんなら、トワさんが無茶しようとするのを止められると思うの。私達の代わりに、トワさんが無茶しないように見張っててくれる?」


 ルイちゃんの話を聞いていたユリストさんに「トワさんって、家庭と仕事なら絶対仕事優先するタイプでしょ」と言われてしまった。ジト目で。


 そんなの家庭を持ったこと無いどころか交際経験新古車の私に分かる訳がなかろう。生まれてこの方、恋人もセフレも居たことないし、ママ活やワンナイト経験も無い。

 高校までは勉強と創作活動、大学以降は仕事と勉強とオタ活しかしてねえわ。

 ……我ながらオタ活が無ければ侘しい人生だったとは思う。


 ルイちゃんの説得に何かが納得いったのか、モズは緩慢な動きで私の腹をホールドしていた腕を解き、ゆっくりと立ち上がる。自身を覆っていたユリストさんのマントはばさりと地面に落ちた。

 珍しく感情を表に出してぶすくれているモズを見て、ルイちゃんは苦笑しつつマントを拾い砂を払い、次いでモズの体に付いた砂をはたき落としながら優しく言葉をかける。


「頼りないお姉ちゃんでごめんね」

「ほんとにの」

「トワさんのこと、お願いね」


 最後の言葉には返事を返さなかったモズだったが、代わりに小さく頷くのが見えた。


 ワンテンポ遅れて私も立ち上がり、体中に付いた砂を払う。

 ルイちゃんが目を覚ましてから可愛らしい小動物のフリに徹していたヘーゼルが右肩に飛び乗ってくる。一応、怪我をしていた左肩には乗らないよう、いっちょ前に気を遣っているようだった。


 ルイちゃんに「モズを説得してくれて助かった」と感謝を述べようとしたのだが、それより先にルイちゃんの方から話しかけられた。


「トワさん、これを持っていって。少ししか無いけど、無いよりはマシだと思うから。私にはこれくらいしか出来ないけど……」

「こっ、これも持っていけ……! 僕が使えたんだから、あんたならもっと上手く使えるだろ……!」


 そう言ってルイちゃんが差し出してきたのは、いくつかのポーション。

 ラガルが手渡してきたのは、例のアーティファクトだ。


 先の戦闘でルイちゃんと肩を並べて戦った身としては、彼女が後ろで守られている事しか出来ないヒロインではないのだと身を以て理解している。

 けれど、今は普段使っているクロスボウが手元に無いこともあって、戦力としては正直厳しい判断を下さざるを得ないし、何より今から向かう先には、先程のディープワンの群れより更に大量の、それこそ災厄と言えるスタンピード規模の数が居る。

 今のルイちゃんは直近の記憶が混乱しているので詳しいことは分からないはずだが、近くで倒れている数多のディープワンの死骸や、傷こそ治ったものの満身創痍な外見をしている私やラガルを見て、状況から察してくれたのだろう。

 だからこそルイちゃんは、自分が同行しても大した力にはなれないと悟って、こうして自分が持っていた役に立ちそうなアイテムを託すことにしたに違いない。


 けれど、ルイちゃんの言葉に一点だけ訂正を入れたい。


「ルイちゃんは記憶が混乱しててまだ思い出せてないかもだけど、『これぐらいしか』なんて口が裂けても言えないくらい活躍してくれてたからね? ポーションは有り難く受け取っておくよ。ラガルは……」


 ごめん、魔力に関しては多分ラガルより才能が無いから多分使えないわ。


 とは流石に言えなかったので、言葉を飲み下し、その後に言おうと思っていた事を伝えることにした。

 ま、まあほら、私が使えなくてもモズが使えるかもだし……ラガルにも使えたんだから役に立たないということはないだろうし……。


「もう一つ借り作るわ。ルイちゃんのこと、よろしく頼むよ」

「……! ま、任せろ……!」


 いつもは猫背な背中をピシッと伸ばし、ラガルは返事を返してくれた。


 普段頼られる事が無いから面と向かって頼られて嬉しいんだねぇ。今までろくに無かっただろう成功体験を得た後で続けて頼み事をされて誇らしいんだねぇ。ニヤケ顔が隠しきれてなくて上がる口角を無理矢理真一文字にしようと不自然に力が入っているねぇ。

 初めてのお使いを成功させて褒められた後に更におばあちゃんから追加でお願い事をされた小学一年生じゃん。これだから成人済み名誉ショタはたまんねえなぁ!


 私も人前では見せられないようなオタクスマイルを必死にかみ殺し、近くに落ちていた銃を拾い上げる。手に付いた砂をコートの裾で拭ってから、未だぶすくれたままのモズの頭をポンポンと撫でてご機嫌を取っておいた。


「とりあえず私とモズは港の方に向かいます、ユリストさんは」

「私も行きます!」

「エッ」


 ルイちゃん達と一緒に居て下さい、という言葉に被せるように、ユリストさんは同行の意を示した。

 これには海賊、もといネッカーマ私兵騎士団の方々もぎょっとしたのか目を丸くしており、同じくルイちゃんも小さく「えっ!?」と声を漏らしていた。驚いていないのは、モズとラガルくらいだった。


「ヘレン様やセレナに危険が迫っているんでしょう!? このまま放ってはおけません! それに、一緒に行けるように、スパイダーシルクの乗馬ドレスに着替えてきたんですから!」

「着替えてると思ったらそういうこと!?」

「ご安心を! 戦闘経験こそありませんが、後衛の術師としての動きは教養として習いました!」


 貴族でもそういう戦闘の教養ってあるもんなの!?

 いや、よくある悪役令嬢ものだと、謎に魔法と学園ネタを入れてたりするし、それと同じようなシステムがこの世界にもあるのかもしれない。スペルを学ぶ一環で、一通りの戦闘術は学んでいるのだろう。


 ユリストさんのスペルの腕は確かだ。それにヘーゼルのちょっとした発言から、あっという間に詠唱破棄を習得してしまった。スペルにおいては天才と言っても過言では無い。


 正直、有り難い話ではある。

 有り難い話ではあるのだが、そう申し出ている相手は、いくら中身が百合絵師オッサンのTS転生者だとしても、この世界における立場は嫁入り前のご令嬢。しかも伯爵令嬢だ。

 万が一傷物にでもなった時のことを考えると怖すぎるんだが!?


「絶対に無茶はしないと約束していただけるのなら……」

「それブーメラン発言になるって気付いてます?」

「気付いているけどスルーしているんですー! 自己責任ですからね!? 嫁入り前の体に傷を付けてネッカーマ伯爵にどやされるの勘弁ですからね!?」

「私だって立派な成人! 自己責任は重々承知ですよぅ!」


 中身はとっくに成人しているオッサン且つこの世界では成人済みの年齢だとしても、現代日本基準だと成人してな……いや、少し前に成人年齢が18歳に引き上げられたからいいのか……?

 だとしても見るからに若い女の子を戦地に連れて行くのは抵抗感があるんだよなぁ~! だってここ、二次元じゃなくて現実だもの!

ご清覧いただきありがとうございました!

ちょっと面白そうじゃん? と思った方はブックマークをよろしくお願いします!

いいねや評価、レビュー、感想等も歓迎しております!


※追記 2025/02/19

本日更新の予定でしたが、ちょっと現実であんまりにもあんまりな感じの事があって心がイヤイヤ期になってしまったのでお休みします。

次回更新は2025/02/22(土)になります。

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