134 海賊? いいえ、騎士団です!
何とかモズの首絞めだいしゅきホールドを胴体締め上げコアラスタイルへとスライドさせて一息つき、ちらりと港の方を見やる。当然音はここまで届かないし、遠目故に何か異変があってもよく分からない。ただ、あり得ないと分かっていても、ヘレンとセレナの姿を確認出来ないかと思って見てしまっただけだ。
力の加減を一切しないモズから腹を締め上げられて大変苦しい。剛力の刻印も付けっぱなしなこともあり、普段より二割増しくらいで力が強い。
くっつき虫になるのはいいけど加減をしてくれ……! 首よりはマシだけど!
ルイちゃんは私やラガルの怪我の痕跡と大量のディープワンの死体に、直近の記憶が混乱しているせいか目を白黒させている。ラガルは無事に目を覚ましたルイちゃんを抱きしめて肩を震わせており、またベッショベショに泣いているだろうことが窺えた。
大丈夫かラガル、お前明日顔パンパンに浮腫まないかそれ。まあ、今更かもしれないが。
右手で頭を、左手で背中を撫で繰り回してモズを落ち着かせながら、ルイちゃんに声をかけた。
「軽いけどそれなりの範囲の火傷って下級治癒ポーションだけで治る?」
「治る、けど……ええと、色々聞きたいけど、後にした方が良いよね……?」
「そうだね時間が惜しいし」
確認を取ってからポーチに入れていたポーションを取り出し、一気に飲み干す。普段ルイちゃんが売っている治癒ポーションは飲みやすいように甘みや酸味をつけているが、今回は普段のレシピとは違う材料で作っているのと甘味料等が無かったせいか、若干エグみのある喉に残るような薬の苦みを感じた。
ジンジンと痛みと熱を持っていた右足の火傷がゆっくりと、しかし自然回復ではあり得ない速度で治っていく。ただ、左肩のトゲが埋まっているような痛みはそのままだ。
これに関しては……ルイちゃんに言った通り、今は時間が惜しい。痛みも酷い訳じゃないし、後回しだ。後で記憶だけ【記録】領域にバックアップを残して、健康体の【記録】を引っ張ってきて体だけすげ替えるとかすればいい。
……いや、自分への戒めとラガルの頑張りの記録として傷跡を残しておきたい気持ちもある。
後で落ち着いたらなんかこう、上手く体内に入ったままの異物だけ【分離】とか使って、良い感じに何とかすればいいか。
ポーションの副作用で若干の倦怠感を感じつつも、無事に火傷が治ったことを確認して立ち上が……ろうとして、子泣き爺化したモズが邪魔で動けなかったので、先程頭を撫で繰り回したせいでぐっちゃぐちゃになってしまった髪から紙紐を解いて手櫛で整え、髪を結い直してやった。髪を整えてやると、普段のモズなら一発でご機嫌になるのだ。
しかし、私が大怪我をしてしまったせいか、今回ばかりは効果てきめんとはいかなかった。私から離れようとはせず、私のコートを引きちぎらんばかりの力で掴んで離さない。
「ほれモズ、離れてくれないと立てな……ん?」
どうにかなだめすかそうとした私だったが、波風の音とは違う音が耳に届き、顔を上げる。ルイちゃんも聞こえたらしく、私と同じ方向を見ていた。
崖上の道に、十数人単位の騎兵らしき人々が移動しているのが見える。先頭の人が掲げている旗には、どこかで見た事のあるような家紋が印されていた。
「あれって……見て、あの旗! ネッカーマ家の家紋が入っているよ!」
ルイちゃんの言葉に、あっと小さく声を漏らす。
そうだ。どこかで見た事があると思ったけれど、あれはネッカーマ伯爵家の家紋だ。
――と、いうことは。
中団を走っていた馬が浜辺へと繋がる階段前で止まり、馬から下りた人がこちらに向かって走ってくる。
見覚えのあるブルーグレーの髪に、最後に見た時とは違う、比較的動きやすそうな海松色のドレスを着た彼女は、短い間で見慣れてしまったドヤ顔で声を張り上げた。
「トワさん、お待たせしました! ネッカーマ家の救援部隊が到着しましたよぅ!」
「ユリストさん! 助かりま……す……」
まるで遅れてきたヒーローのような希望の光に声が上ずったのも束の間、彼女を追いかけて私達の元に駆け寄って来た男性陣の姿を見て、失礼だとは思ったがどうしても引きつる口元を矯正することは出来なかった。それはルイちゃんやラガルも同じだった。
と、いうのも。
「……騎士、団?」
「そうです! うちの自慢の騎士達です!」
そうドヤ顔でたわわを揺らし、武装した男性陣を紹介するユリストさんだったが、私にはどうにも彼等が騎士には思えなかった。
だって、見るからに海の荒くれ者って感じの見た目なんですもの。
カリビアンなパイレーツの映画に出てくる海賊と海軍の折衷案みたいな服装しているんですもの。
上品な海賊、あるいは海軍崩れの海賊と言った方が正しいかもしれない。
持っている武器も、カトラスやサーベル、槍ならまだギリギリ騎士と言えるかもしれないけど、斧はダメだよ。完全に海賊だよ。盾もジュリアが率いる騎士団の人達が使っていたような大盾じゃなくてバックラーみたいな丸くて小型のやつだし、どこからどう見ても海賊だよこれ。これでクイーン・アン・ピストルでも持ってたら言い訳のしようが無いくらい海賊だよ。百人に聞いたら百人が海賊って答えるよ。
「失礼ですが彼等のご職業は海賊か何かで?」
「正真正銘うちの私兵ですよぅ!! というかどうしたんですかこの状況!」
「いやまあ、色々ありまして……」
「それにその足! トワさんも女性なんですから、生足を曝け出しちゃダメですよぅ!」
「しゃーないですやん、燃えたんですから」
ユリストさんは海賊……もとい私兵騎士団の方々から私を隠そうと外套のマントを被せてくる。モズがマントで完全に隠れてしまったが、本人は気にしていないようだった。
焼け落ちたズボンはどうしようもないじゃんか。というか性的な視線を受けるか否かより、純粋に寒さがキツい。世の中の女子中高生は真冬に生足出してたりするから若さってすげえよな……。
「お嬢! まだ息のある魚人がおりやす! あんまし近づかん方が良いですぜ!」
「俺達が後始末しときやすぜ!」
「はい、お願いします!」
「いやお嬢とか言っちゃってるじゃん、完全に口調が海賊じゃん」
「そ、そうだね、ちょっと……雰囲気が冒険者さんと似ているかな……」
「私兵ですけど騎士ですよぅ!!」
完全に海の荒くれ者といった気迫と口調に、流石のルイちゃんもこれには苦笑いだ。多分、私兵とはいえ「騎士団」と名の付く部隊なので、ジュリア率いる第三騎士団の皆様方のような、礼節と優雅さを持った武人をイメージしていたのだろう。私もそこまでではないが、自警団みたいなものだと思っていた。
が、蓋を開けてみればこの海賊っぷりである。
ディープワンを見ても怯まないのは大変頼りになるけれど、言動が海賊のそれでちょっと怖いんだよな……ネッカーマ伯爵が雇ってる人達だから、荒っぽいだけで良い人達なんだろうけど……。
ともあれ、これで教会の方は大丈夫だろう。もしディープワンがまた襲ってきたとしても、彼等なら返り討ちにしてくれること間違い無しだ。海賊だし。
ならば、私はセレナを追うべきだろう。ダニエル女公爵からの指示を待っている場合じゃない。プレイアブルキャラの命の危機が迫っているんだ。
「ユリストさん、馬貸してもらえます?」
「もちろん! ……って、もしかしてダニエル女公爵から指示が?」
「いや、ヘレンがね、ちょっとね、セレナに拉致られてね」
「どういう状況!?」
「こっちが聞きたい!」
ご清覧いただきありがとうございました!
ちょっと筆が進まず、昨日は更新出来ませんでした。申し訳ございません。
最近は筆が乗りづらい日が続いているのですが、頭が冬眠モードにでも入っているのかもしれません。
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