133 詰み回避
ふと、寒気とラガルがギャン泣きしている声で目を覚ます。
最初は「うるさいなぁ」なんて呑気に思っていたが、その瞬間、自分が意識を失っていたことに気が付いて慌てて飛び起きた。私がいきなり飛び起きた事にラガルは驚いて、情けない悲鳴を上げてひっくり返った。気絶する前には無かったはずの海浜植物の花畑にふさりと倒れたラガルを見て、何この状況、と数秒程ぽかんと呆けてしまった。
飛び起きた際にちくりと左肩に痛みが走った事が気になって、まさか治っていないのかと思って確認してみたが、傷跡は残ってしまったもののしっかりと傷は塞がっていた。寒いと感じたのは、血でぐっしょりと濡れた服が海風で冷えてしまったからだろう。
左手をグーパーする。動く。ぐるりと肩を回してみる。ちくちくと謎の痛みが走るものの、問題無く動く。
何とか窮地を脱したと理解した私は、大きく息を吸い、数秒止めてから、安堵と反省から長く長くため息をついた。
「やっちまった……」
大丈夫か、というラガルの声に軽く手を振って返したが、どうにも自分のやらかしに気を取られてしまう。冷静になったからこそ、あの時ああしておけば良かった、あそこでこうすればもっと上手くやれてたのに、と自分の見通しと計画の甘さと失敗した時の対処がロクに出来なかった後悔に襲われたのだ。
「馬鹿。この馬鹿。もっとやりようあったじゃんクソが〜……人生初の大怪我で混乱していたとはいえあの数だったら普通に束縛の刻印つけりゃ良かったじゃん私のアホ……刻印コピベなら動けなくてもやれたじゃん何であの時思いつかなかったんだ普通思いつくじゃんボケナス……」
「な、なぁ……本当に大丈夫か……?」
「メンタル的にクッソ落ち込んでるけど体はそれなりに平気。なんか若干まだ痛い気がするけど……」
「そんなぁ!?」
ようやく泣き止んだと思っていたのに再びギャン泣きを再開しそうなラガルを宥める為に「いや気にするほどじゃないから」とフォローを入れて背中をさすってやる。
そうやって背中をさすってやっている間も何となくちくちくとした痛みが走る。顔を歪めたり、呻いたりする程という訳ではないが、動く度に痛みが走るのはどうにも気になってしょうがなかった。
「いやマジでなんで痛いんだ? 体の中に小さいトゲが刺さってるみたいな感じで、なーんか微妙に痛いんだよなぁ」
「砕けた骨の欠片が体内に入ったままなんじゃないかい?」
「あーなる。……って」
私の疑問に答えが返ってきて一瞬納得しかける。
が、その聞き覚えのある胡散臭く憎たらしい低い声に、私の思考は数秒感停止した。
勢い良く声のした方向に振り返ると、そこには見慣れたミルクティー色のふわふわ小動物が、ラガルの頭の上にちょこんと行儀良さげに座っている。
そう、ヘーゼルである。起きているラガルの目の前で、人語を喋りやがったのだ。
「お前お前お前お前ーッ!? ラガルの前!! 人語!!」
「僕が彼を導かなければ、君は助からなかっただろうね」
「エッ!? ゼリオン剤飲んだから助かったんじゃないの!?」
ヘーゼルが堂々と人前で人語を喋っている事実にテンパってわたわたと両手を右往左往させて悲鳴を上げていたのだが、次いでとんでもない事実を突きつけられて更に混乱する。
そして、彼の証言を肯定するように、ラガルがおずおずと口を開いた。
「あんたが気を失ったから起こそうとしたんだけど、その、多分その薬が入ってたっぽい瓶が割れてて……」
「学生時代の握力23kgの平均ちょい下へなちょこアラサーがガラス瓶を握り潰せるわけなくない!?」
「火事場の馬鹿力じゃないかな。剛力の刻印も肉体に刻んでいる状況だったし、それも影響してそうだね」
「なるほどね!? 窮地を脱するための力を窮地に飛び入るために使うんじゃない!! やったの私だけど!! てかどうやって傷治したんだよ!」
「えっと……ルイが怪しい男からもらってたアーティファクトで……」
「そういえばそんなモンあったね!?」
ラガルが言う通り、ルイちゃんからそんな話は聞いていた。しかし治癒系のスペルが使えるようになるアーティファクトを入手したからといって、ラガルにアーティファクトの使い方が分かるのかと言われたらNOだ。私だってよく分からない。
アーティファクト自体は前作で装備品として存在していたり、ARK TALEの作中でそういうものが存在するということだけは知っていたが、詳しい使い方なんて一切明記されていなかったのだ。
確かにゼリオン剤を飲んだ記憶は無いが、それは意識が朦朧としていたから覚えていないだけだと思っていた。しかし、肩の痛みといい、そういえばと気付いた治っていない右足の火傷といい、確かにゼリオン剤を服用していたらあるはずのない怪我や痛みが残っているし、何より、気を失う前には無かったはずの海浜植物の花畑。スペル発動の際に余剰魔力があると属性毎にこういった環境変化が起こるという設定は作中でもあったし、ヘーゼルの言っている事は事実なのだろう。
私のせいでゼリオン剤を使えない状況になってしまった故に、ヘーゼルが唯一自由に動けるラガルにアーティファクトの使い方を教え、私の怪我を治すよう仕向けなければならなかった、と考えるのが妥当なのかもしれない。
細かいことは置いておくとして、とりあえず。
「ラガルが居なかったら詰んでたわ。助かった、ありがとうな」
「べ、別に……」
感謝の言葉をラガルに伝えるが、ラガルは顔を朱に染めてもじもじとしながら、照れているのか素っ気なく言う。
そんな彼の反応に「可愛い奴め」と内心ニヤついていたのだが、予想外にもその後に言葉が続き、私は目を丸くした。
「友達なんだから、助けるのは当然だろ……」
「………………今の聞いた!? ラガルが! あのルイちゃんにしか心を開かなかったラガルが! 私のこと友達って言った!!」
「言ったね」
「推しだからこそ深めた解釈的に絶対同居人止まりだろうなって思ってたのに!! そのラガルが! 私を! 友達って!!」
「う、ううう、うるさい!! それよりルイ達を起こさなくて良いのかよ!」
まさかラガルから友達だと言われるとは思ってもいなくて、今の状況や諸々の事情を隠す事すら忘れてはしゃいでしまう。ヘーゼルの相槌は淡々としたものだったが、私の幻聴や空耳ではない事実であると肯定する言葉に、年甲斐も無くぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びそうになった。
しかし、照れが限界に達したラガルの愛撫誘発性攻撃行動じみた逆ギレを伴った発言に、少しだけ冷静さを取り戻す。ラガルに言われて周囲を見渡すと、気絶したままのルイちゃんとモズは、未だに目を覚ましておらず横たわっているのが見えた。
「ルイちゃーん、起きろ起きろー。あーさーでーすーよー」
「さ、さっきも起こそうとしたけど、起きなかったんだ……」
「そうなん? じゃあ気付け薬でも嗅がせるか」
ぺちぺちとルイちゃんの頬を軽く叩き声がけしてみるも、反応は無い。ラガルも起こそうと試みたらしいが、それでも起きなかったということは、ただの気絶ではないのかもしれない。
そこまで考えて、そりゃそうか、と一人納得する。だって宙族の本気の……何だろうアレ。声は出ていなかったけど咆哮で良いのだろうか? それとも威嚇? ともかく、アレをマトモに食らったのだから、宙族アレルギーのあるこの世界の人族には大変有害であること間違い無しだ。
【記録】領域から気付け薬を取り出し、瓶の蓋を開けて鼻の近くに寄せて嗅がせる。揮発性の高いそれは気体となって体内に取り込まれ浸透するタイプの薬で、液体と違って効き目が出るのは遅いものの、体への負担を軽く済ませるものだ。ゲーム内で言う所の、戦闘不能を回復させる復活薬の類だ。
ちなみにめっちゃ強いユーカリみたいな匂いがする。漂ってくる匂いをモロに嗅いでしまうと、ちょっと頭が痛くなってくる程だ。
気付け薬を嗅がせ続けてしばらくすると、ピクリとも反応しなかったルイちゃんの瞼が震え、気付け薬の匂いを嫌がるように身動ぎをし始めた。
「うぅ……」
「おっ。ルイちゃん起きた?」
「ん……あれ……トワさん……? というか、何でこんな所に……? 私達、教会に向かってたはずじゃ……」
「ウーン、これは一時的狂気健忘症の気配」
「って、トワさんどうしたのその姿!? 怪我したの!?」
「おおう。どうどう、怪我はしたけどもう治ってるから、とりあえず落ち着きなさい」
怪我をしていた左肩付近の血みどろ具合、そして何気に燃えた跡のある右足を見てルイちゃんが慌てて飛び起きたが、気付け薬を使ったばかりなのであまり動かしたくないし何とか宥める。
説明は後回しにして、ルイちゃんはラガルに任せ、私はルイちゃんにしたようにモズを起こしにかかった。
「ほーれモズも起きろー」
モズにも気付け薬を嗅がせる。最初は無反応だったが、おおよそ三十秒を超えた辺りで徐々に顔をしかめ始め、ゆっくりと目を開き――。
「――え?」
どこまでも澄み渡る夏の空のような紺碧の瞳が、私を映した。
どうして、と脳内で考えていた事がそのまま口から滑り落ちそうになった瞬間。
「ぐっへ!?」
一年ぶりに飼い主に出会ったゴールデンレトリバーの如き勢いで飛び起きたモズに抱きつかれ、思考は強制終了させられた。
「わ、分かった、分かったから……首締まってる……!」
子泣き爺だいしゅきホールドバージョンの如き締め上げに背中を叩いてギブアップを宣言するも、離してくれる様子は一切無い。
それでも何とかホールドついでに首を絞める腕を引っ剥がし、改めてモズの瞳を見る。先程紺碧に見えた瞳は、いつもの薄く輝いているような深紅だった。
……見間違い、だったのだろうか。
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