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132 みんなと一緒に

今回は三人称視点です。

 耳を劈く悲鳴がラガルティハの鼓膜を震わせる。


 痛い。やめて。ごめんなさい。許して。痛い。痛い。痛い痛い痛い。


 謝罪と痛みを訴える声にギュッと強く目を瞑り、そう絶叫している彼女本人から言われた「泣き叫んでも止めるな」という指示を守り、震える手でトワの肩に刺さった銛を引き抜こうと何度もそれを引っ張る。片足で彼女の背中を踏みつけ、力任せに。しかし銛の刃には凶悪な返しがいくつも付いており、中々抜けない。体内で骨に引っかかっているのか、銛の柄を掴んでいるラガルティハの手には、銛を通して硬い感触が伝わっている。

 無意識に「頑張れ」と「ごめん」を交互に何度も口にしながら銛を引き抜こうと躍起になっている彼は、いつの間にか、彼女の悲鳴が途絶えている事には気が付かなかった。


 銛はトワの肩の骨を砕き割り、肉を裂き、やっとのことでズルリと抜けた。その拍子にラガルティハは背中から転び頭を打った拍子に舌を噛んだが、地面が柔らかい砂と砂利だったおかげでそれ以外の怪我は無かった。

 引き抜かれた銛の切っ先は汚れていない部分なんて殆ど無いくらい血に染まり、いくつかの細かい肉片と、血で真っ赤に彩られた骨の欠片が付着してていた。


「抜けた……! やった! トワ、抜けたぞ!」


 しばらく舌を噛んだ痛みにもんどりうっていたラガルティハだったが、はっとしてがばりと飛び起き、手にしていた銛を確認してその凄惨さに一瞬顔を歪めるも、トワの体から抜けたという事実にぱぁっと顔を明るくして報告する。

 しかし、その笑顔はすぐに固まってしまう。視界に入った蹲るトワが、ピクリとも動かなかったからだ。


「……トワ?」


 恐る恐る、声をかける。返事は無い。

 固まること数秒。不健康そうな生白い肌をさぁっと青くして銛を放り投げ、ラガルティハは彼女に駆け寄って体を揺さぶって大声で声をかけ始めた。


「お、おい、起きろよ! 怪我治すんじゃなかったのか!? なあ、起きてくれってトワ、起きろってば!」


 トワの体は力無く揺さぶられ、バランスを崩してそのまま倒れる。

 傷口からは先程とは比にならない程とめどなく血が流れ、じっとりと砂浜に赤黒い砂泥を広げていく。手には彼女が握っていたポーション瓶が砕けており、中の薬液が手と砂浜を濡らしていた。


「おっ、起きなきゃ、死んじゃっ、死んじゃうぞ! 血が……血がいっぱい出て……起きろってば、なぁ!」


 ずびっと鼻を啜り、涙で視界を滲ませながらトワの体を揺さぶり続ける。しかし彼女は一向に目を覚ます気配が無い。更にラガルティハの目には、どんどん顔色が悪くなっているように見えて余計に焦燥感を煽った。それは彼の気のせいではなく、事実出血量が多く、このままでは確実に出血死してしまうだろう。


 目を覚ます気配が無いとようやく理解したラガルティハは、すぐ近くに気絶して倒れているルイに駆け寄り、トワにしたのと同じように起こそうと試みた。


 彼女なら。自分の命を助けてくれたルイならば、きっと何とかしてくれる。そう信じて。


「ルイ!! 起きてくれ、トワがっ、トワが死んじゃう! 血がいっぱい出ててっ、早く、早く治してやらないと、死んじゃうよぉっ!!」


 ついに涙腺が決壊し、止まらない涙を溢れさせながらルイにすがりつく。

 しかし、彼女は返事を返さない。ぐったりと地面に身体を投げ出したまま、まるで魂が剥がれかかっていて起きたくても目を覚ませないかのように脱力し、沈黙していた。


「起きて、くれよ……なんで……! なぁモズ! あんたはみんなの中で一番トワのこと好きだろ!? トワが死にかけてるのにっ、なんで、なんでこんな時に限って寝てるんだよぉ!」


 焦燥感が振り切ってしまったのか、ルイと同じく気絶したまま目を覚まさないモズに八つ当たりする。


 自分より明らかに年下で子供で、なのに自分より何をやらせても大抵上手くやってしまうし、自分のことを白トカゲと呼び邪魔者のように扱ってくるモズ。ラガルティハにとってはかなりの苦手意識があったし、お世辞にも好きだとは言えない人物だ。

 しかし自分より優秀な奴であるという認識を持っていたからこそ、目を覚ましていれば、彼が慕うトワの為に何か思いついてくれるだろうという確信がラガルティハにはあった。


 確かに、彼に意識があればそうなっていただろう。だが現実にはそうはなっていない。彼もまたルイと同じく、無慈悲にも懇々と眠り続けていた。


 教会まで走って戻って助けを求めに行った方がいいんじゃないか? と、そんな考えがラガルティハの脳裏に過る。しかし出血の止まらないトワの容態はこの短時間で明らかに悪くなっており、もし戻って来た時に手遅れだったらと考えると動けなかった。


「誰か……誰か助けてくれよっ! 僕の友達が死にかけているんだ! 僕の血が薬になるんだろ!? 僕の血ならいくらでも使って良いから……! 何だってするから……だからっ……」


 声を張り上げ、近くに居るかもしれない誰かに向かって呼びかけるが、すぐにその声は弱々しいものになってしまう。


 街外れの岬にある教会には声が届かないし、街外れということは、人が少ないということ。そのくらいは、ラガルティハにも理解している。

 じわじわと心を蝕んでくる絶望の二文字に、ラガルティハはたまらなくなってルイの胸に顔を埋めた。


 ルイが目を覚ましてさえくれれば助かる。けれど、目を覚まさなかったら――誰も、自分達を助けてくれない。奇跡でも起きない限りは。

 そんな奇跡は、ルイから命を救ってもらった時と、トワが行き倒れた自分を見つけてくれた時に一生分を使い切ってしまっていると、ラガルティハは思っている。


「助けて……っ!!」


 だとしても、声を上げずにはいられなかった。


 ――その時だった。


「彼女を助けたいかい?」


 知らない男の声が、聞こえた。


 驚いたラガルティハが勢い良く顔を上げるも、そこに男は立っていない。この場で意識があるのはラガルティハ以外だと、トワのペットだと認識している、茶色のふわふわな小動物だけだ。

 いつの間にかルイの腹に乗っていたヘーゼルは、その金色の瞳でじっとラガルティハを見つめて、もう一度言う。


「トワを、助けたいかい?」


 小動物らしいいつもの鳴き声では無い。成人男性の低い声で、ヘーゼルはそう問いかけた。


 どうして喋れるんだ、という疑問は浮かんだが、そんなものは今の彼にとっては些事である。

 鼻を啜り、即答する。


「助けたい……っ!」


 その言葉に満足したように鼻を鳴らしたヘーゼルは、軽やかな足取りで地面に降りると、ルイの上着についているポケットをその小さい手でつついて示す。


「このポケットを探ってごらん」


 ラガルティハはヘーゼルに言われるがまま、ルイの上着のポケットに手を入れる。何か固いものが指先に触れ、それを取り出してみると、見覚えのあるものが姿を現した。


「これ……あの時、怪しい奴が渡してきた……!」


 クリスマスローズを模したブローチ。それはやけに友好的だった宙族のギィという男曰く、人の怪我を治す術が使えるようになるアーティファクトであるはずだと、ラガルティハは記憶している。


 芋づる式に、このアーティファクトのブローチを使うには花属性の魔石が必要であるということを思い出したラガルティハは、更にルイのポケットを探る。すると、一度慌ただしく教会に戻って来た際に中級火炎ポーションと共に持って行ったシルワコルの魔石が、むき出しのまま入っているのを見つけた。


「あった、これだ! ええと、このませきってやつをここにはめて……ど、どうすれば使えるんだ……!?」


 魔石を花弁の中央にはめる所までは良いが、肝心の使い方が分からなかったラガルティハは、ヘーゼルに助けを求めるように視線を向ける。

 そんな彼の期待に応えるように、ラガルティハの肩に飛び乗ったヘーゼルが耳元で囁く。髭が耳に当たってこそばゆくなったのか、ラガルティハは軽く頭を振った。


「想像するといい。いつもの彼女の姿を。健康な肉体をしていた時の彼女を」


 ヘーゼルの語りを聞きながら、トワに駆け寄る。血の砂泥は大きさこそ左程広がっていなかったが、湿り気は段違いに増していた。


「そして、強く願うんだ。あの時のような健康な姿になってほしいと。そうすれば、彼ら(・・)は答えてくれるだろう」


 手にしたアーティファクトのブローチを固く握りしめ、膝をつく。

 そして神に祈るように手を組み、目を瞑り、額を手に当てた。


「さあ、やってごらん」


 そう促されるより早く、ラガルティハは始めていた。


「治ってくれ……頼むから……。もう好き嫌いなんてしないから……薬屋の仕事ももっとしっかり覚えるから……」


 彼の脳裏に浮かぶのは、虐げられてきた二十数年より何倍も濃密だった、たった一ヶ月半ちょっとの思い出。


 いつもヘラヘラとしていて掴み所が無いようで、その実人の色恋話に目がなくて人が変わったように目を輝かせる変わった人。他国の出身らしく、どこか秘密にまみれたミステリアスな雰囲気がある自立した大人、と見せかけて案外適当でどこか抜けてたり、ズボラな一面のある性格。他人のミスにはしっかり注意はしてくるくせに寛容ですぐに許してくれるのに、自身のミスは許せなくて自分以上に引きずって、やりたくもないような事を嫌々でも自分から引き受けたり、ズボラなくせに頼られると断れない、そんなどことなく自己矛盾しているような、ルイとはベクトルの違うお人好し。

 記憶の中のトワは表情が良く変わっているようで、その実いつも曖昧な笑みを浮かべている事が多くて、言葉遣いやその声色で表情が変わっているように見えるだけ。だけど人にバレバレなくらい強がる時に限って笑顔を見せる。そうじゃない心からの笑顔といえば、自分やルイの色恋沙汰に関する事くらいだ。

 少なくとも、ラガルティハにとってのトワとは、そういう人だった。


 だけど、そんなトワでも、ふとした拍子に穏やかに微笑む時がある。大抵一人の時や、人に見られていないと思っている時にしか見られないけれど。 


「もっとあんた達の役に立てるようになるから……! 今度は僕も一緒に頑張れるようになってみせるから! だから、だから――」


 自分がもっと頼りになる人だったら、彼女と共に肩を並べて戦えるような強い人だったら、皆の前でそんな顔をしてくれていたのかな。

 そうしてくれたら、きっとルイも喜ぶのに。


 そんな後悔と、ちょっとした夢と希望を乗せて、薬屋の四人で穏やかに、だけど心からの笑顔を浮かべて食卓を囲む姿を想像し、ラガルティハは叫ぶ。


「早く元気になって、これからもみんなと一緒に居てくれよぉーッ!!」


 組んだ手の中のブローチが光を放つ。水面の光を玉にしたような光の雫が広がり、それと同時にラガルティハを中心として草花がその根を、葉を、花を広げた。

 一面に広がるハマヒルガオの花畑。それに埋もれるように体の半身が隠れてしまったトワの体に光の雫が集うと、死人のように白くなっていた顔色に血の気が戻り、傷口は植物の根が這うように骨や肉が繋がり、埋まり、痛々しい傷跡を残して塞がった。


 下手くそだねぇ、君も。ヘーゼルはそんな風に呟いていたが、ラガルティハ本人には聞こえていなかった。


 ラガルティハが恐る恐る目を開くと、先程までは無かったはずのハマヒルガオの花畑にぎょっと目を剥いた。

 しかしすぐに気を取り直してトワの傷を確認し、塞がった傷と血の気の戻った顔を見て――子供のように、大声で泣き始めた。

ご清覧いただきありがとうございました!

花畑が出来たのは、花属性の魔石から溢れた魔力の余波で咲いたって感じのアレです。

ちなみにハマヒルガオの花言葉は「絆」だそうです。ニコッ!


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