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129 琥珀の業火

 とにかく徹底的に相手の間合いに入らないこと。それが、この場で私が生き残る確率が一番高い方法だ。

 ただし、それを徹底するのはまず不可能だ。魔力弾だと火力が足りないし、何より数の差がある。気付かないうちに死角に回り込まれるのがオチだ。第一、その方法をとるならば、浜辺に降りずに崖上で狙撃するべきである。


 ならば、次点の手段をとるしかない。


 とりあえず見える範囲のディープワンに束縛の刻印を貼り付ける。その場に釘付けにされたように動けなくなる者、後ろからぶつかられてつんのめって顔面からすっ転ぶ者、逆にバランスを崩して受け身も取れず背中から倒れる者、反応は様々ではあるが、私から見て最前線のディープワン達の動きは刻印の効果によって封じた。


「言ったろ、卑怯な手をガンガン使わせてもらうってなぁ!」


 迎撃や攻撃は後回し、とにかく動ける個体を減らすこと。


 幸いにもその手段を実行できる能力が、私にはある。

 自称神から貸し与えられた、権能(チート)という能力が。


 本来なら強力な反面、即時に着脱することが出来ない刻印という力を、私は権能の【記録】領域に相当数保存している。それを【固定】や【複製】の力で即時に使用出来るのだ。

 四肢の動きを阻害する束縛の刻印の刻印をばら撒きまくって、奴等を行動不能にしてやるという寸法だ。


 動けなくなった仲間を踏み越えて、数匹のディープワンが襲いかかってくる。そのうちの約半分には束縛の刻印を付与出来たが、距離を詰められてしまったので無理に狙わず迎撃態勢に入った。

 大振りな三叉槍の横薙ぎをバックステップで避け、その際に火炎ポーションを投げつける。ノーコン故に直接体には当たらなかったものの、丁度私とディープワンの中間地点に落ちたそれを銃で撃つと、砂浜に紅蓮の炎が燃え広がり再接近を防いだ。

 その隙に後ろに下がりながら銃を連射する。威力の低い魔力弾だとしても威嚇射撃にはなるし、当たったら当たったで火属性の魔力弾なので、火属性を苦手とするディープワンにはそれなりのダメージにはなるはずだ。


 一体が痺れを切らしたように特攻をしかけてくる。一対一なら、いくらでもやりようがある。

 距離がある内に実弾の方で処理しようかとも思ったが、まだ温存しておきたいのですぐに別の手段を取る方針に切り替えた。


 今度こそ、と火炎ポーションを投擲する。今度は上手いことディープワンの顔面に直撃し、上半身を炎で包み込んだ。ディープワンは甲高い絶叫を上げてよろめき倒れ、炎を消そうとしているのかゴロゴロとその場をのたうち回った。そんなディープワンにトドメの束縛の刻印を貼り付けて、消えかけた炎の壁の向こうから再び攻めて来ようとしているディープワンの群れを見据えた。


 我ながらエグい事をしている自覚はあるが、そんな罪悪感を一々抱えていてはファンタジー世界では生き残れない。私はこいつらの命を踏み台にしてでもまだ生きていたいのだ。


 先の戦闘で体験したからこそ分かるのだが、術者が一番のネックだ。だからこそ、鑑定眼が使えて戦闘力の高いモズには奇襲と、その奇襲及びその後の遊撃で魔術やスペルを使える個体の処理を任せていた。

 しかしながら、流石に一人で、且つこの短時間で全ての術者個体を処理しきることは不可能だったらしい。


 波の音がやけに大きいと気付いた時には、既に自然現象ではあり得ない、局所的な高波が眼前に迫っていた。乱戦状態な上に距離を取ろうとしていたから詠唱に気付けなかった!

 波に飲まれる、と思った瞬間、背後から誰かに抱きつかれたと思ったら、そのまま空へと連れ去られた。足スレスレに高波が通り去るのが眼下に見えた。

 一瞬何事かと思ったが、すぐにその正体に察しが付く。


「あぁっぶね! 助かったよルイちゃん!」

「よ、良かっ……ううぅっ……」

「重くてすまん生きて帰れたらもうちょっとダイエットするね!?」


 以前ルイちゃんから聞いたのだが、鳥人種は空を飛ぶ際に身体強化と、その他に風属性のスペルで飛行の補助をしているのだそうだ。故に身体強化やスペルの補助をダイレクトに受ける翼の大きさや形状で飛行の得意不得意があるらしく、そういった意味では、翼の小さいルイちゃんは飛ぶのがあまり得意ではないと言える。

 そんなルイちゃんが中肉中背な成人女性一人を抱えて飛ぶというのは、かなりの無理をしているわけで。

 しかし、波が引くまでの間だけ、もうちょっと無理をしてもらわなければ。


 クレーンゲームのアームのように私の腹を抱えているルイちゃんの手に、ポーションの瓶が握られている。モズの次くらいに機動力のあるルイちゃんには、これを取りに行ってもらっていたのだ。

 私はそれをもらい受け、私が先程まで使っていた火炎ポーションより黄色っぽい色をしたそれを確認してから、ルイちゃんに言う。


「もう一仕事頼めるかい!?」

「う、んっ……。え、est……ventus……」


 私を抱えながらの飛行と並行してのスペル使用は相当辛いだろうに、ルイちゃんは気力を振り絞って詠唱を紡ぐ。

 波が引いていく。虎視眈々とこちらを狙っているディープワン達の姿が見える。


 その群れの中心に向かって、私は瓶を放り投げた。


「vertex……っ!」


 そしてスペルの発動と同時に、瓶を打ち抜く。


 竜巻にしては低い風の渦が巻き起こり、そこに割れた瓶から飛び散ったポーションが舞い――。

 琥珀の業火が渦を成し、数多のディープワンを飲み込んだ。


 上昇気流に乗って肌を焼くような熱波が襲い、思わずキツく目を瞑り、息を止める。うっかりこの熱風を吸い込んだら、肺が焼けてしまうんじゃないかと思った。

 熱風を顔に感じなくなって数秒程で地面に足が付いた感覚がして、そこでようやく、上空から降りて来たのだと理解した。


 だというのに、何故だか足は未だに焼かれるように熱く感じて――。


「あっちちちちち! あっつ! あっつ! ズボンに引火してるあちちちち!」

「たっ、大変!」


 否、実際に焼かれていた。右足が。めっちゃ炎上しとるがな!?


 すぐにルイちゃんの水属性のスペルで鎮火してもらったが、ズボンが焼け落ちたせいで外気に晒されている生足は、真冬だというのにジンジンと熱を持つと同時に痛みを感じて、火傷しているのだとすぐに察した。

 恐らく、火炎ポーションの飛沫が付着してしまったのだろう。ただの飛沫程度の量で一気に右足のほぼ全体を覆う程に燃え広がるとは、中級とはいえ恐ろしい……。自分で持ってきたの初級だけで良かった!!

 これ上級の火炎ポーションだったらどうなっていたんだ。全身火だるまになっていたかもしれない。怖っわ……。

 点火するのはエッチコンロだけにしたいんですけどぉ!


「そんなに酷い火傷じゃないよ、良かった……」

「動けない程じゃなくて助かっ――」


 顔を上げて、大炎上したディープワン達の姿を確認しようとした、その時。

 放物線を描いて飛んで来る一本の銛が視界に入った。

 考えるよりも早く体が動く。あの銛の到達点だろう場所に居るルイちゃんを守るべく、この身を盾にする。


 ルイちゃんの前に立った瞬間、ドッ、と体を強く押されたような、そんな衝撃を感じる。刺された瞬間って案外痛みは無いんだな、なんて、現実逃避を始めた脳内がそんな感想を出力した。

 ワンテンポ遅れて銛の金属部分の冷たさを、そしてもうワンテンポ遅れて、先程焼けた足に感じた熱を何倍にもしたような熱さに似た感覚が、銛から伝わる冷感を一瞬で塗り替える。


 左肩を貫かれた激痛に、我を忘れて絶叫した。

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