128 正々堂々なんてクソ食らえ
作戦概要を伝え、私達はそれぞれの役割のために動き出す。
モズは服従の刻印の影響が出ない程度に離れ、ルイちゃんは飛んで行って、あっという間にその姿を消す。
私はというと、肩にヘーゼルを乗せたヘレンと手を繋ぎ、共に崖の上からセレナとディープワンが戦っている浜辺を見下ろしている。恐怖か緊張か、その両方か、繋いだ手は真冬だというのにじっとりと冷や汗で湿り、わずかに震えている。冷や汗は私のせいかもしれない。
「そいじゃ作戦通りに」
ヘレンはワンテンポ遅れてこくりと頷く。覚悟が決まったのだろう。
すぅっと大きく息を吸い、私は腹から声を出す。
「復唱!」
「は、はいっ!」
緊張からか、ヘレンの声が裏返る。繋いだ手も、返事をする際に力が入った。
「エスト!」
「est!」
ヘレンが詠唱の始めの言葉を口にした瞬間、ぶわっと体中の汗腺が開いたような、血管に流れる血液の循環を急に知覚したような、そんな感覚を感じながらも続ける。
「イグニス!」
「ignis!」
体の熱のような何かが、繋いだ手からヘレンに向かって移動する。この時ようやく、この熱のような何かが火属性の魔力なのだと明確に理解した。
「サギッタ・アク・プルヴィア!」
「sagitta ac pluvia!」
詠唱を終えた瞬間、空が赤く輝く。
夕日ではない。煌々と赤く燃えさかる、火矢の雨から発せられる光だった。矢というより槍のような形状の炎の塊は空の一部を埋め、その輝きは争っていたセレナとディープワンの注意を引く。
そして、火の雨が降り注ぐ。
炎は固体ではないために貫くほどの威力は無いものの、燃焼物も無いのに着弾した所から燃え広がり、火に弱いディープワン達に混乱と阿鼻叫喚をもたらすには充分だった。
「本当に出来た……!」
「第一段階成功!」
今の火属性スペルは私が発動した訳ではない。ヘレンが私の魔力を使い、発動したのだ。
原理としては簡単で、スペル補助具である杖なんかと同じだ。魔石の代わりに、私の魔力を使いスペルを発動しただけだ。
とはいえ、これは本来非常に危険な方法らしく、ルイちゃんとヘレンに滅茶苦茶反対された。
簡単に言えば輸血と同じで、血液と違い少量ならば問題無いが、スペルを発動するレベルの量を譲渡する場合、相性の合う人の魔力でないと拒絶反応が起きてしまうからだ。だからといって相性の判別方法も不明であるため、余程の事態でもない限りは使われない手段だ。
また、もし魔力の相性が良かったとしても魔力量には個人差があるため、術者が譲渡者の魔力を使いすぎた結果、命の危険に晒す事もある。その逆も然りで、術者の許容範囲以上の魔力を渡しすぎて命の危機を引き起こす場合もある。それに術のイメージが合致していないと、そもそもスペルが不発する可能性も存在する。
前者と後者、どちらにしても最後の手段なのだ。
しかし、私にはチートと言える魔力スペックがある。各属性同士で対消滅を起こしているため自分でスペルを使うのは難しいが、逆に言えばどんな属性の、どんな特性の魔力をも有している。理論上で言えば、どんな人にも受け渡せる魔力を有しているのだ。
更にヘレンは根っからの術者タイプ。元々魔力量が非常に多いので、魔力量だけは無駄に多い私が魔力を譲渡しても、大抵は許容範囲内に収まる。
念のためにモズの鑑定眼で見てもらい、問題無いと判断したため、この方法をとることにした。
名付けて、私は推しのATM戦法!
ついでに作戦を伝えている途中で聞き出したのだが、ヘレンは光属性以外にも火属性に適正があると言っていた。とはいえ、補助系のスペルしか使えないため、滅多に使う機会は無いのだとか。
だから当初の計画から変更し、火属性の攻撃系スペルで奇襲をしかけた。
火属性のスペルは周囲への引火等の危険があるため、使い所が難しい。しかしここは燃えるものが殆ど無い浜辺だ。思う存分使う事が出来る。
そしてディープワンに火属性スペルは効果抜群、予想通りかそれ以上の混乱を引き起こす事に成功した。
「下行くよ、ちょいと失礼!」
「きゃっ」
作戦を次の段階に移すため、ヘレンを抱き上げて崖から飛び降りる。
剛力の刻印で筋力にバフをかけていて尚ズッシリと感じる巨乳とデカケツむっちり太股という恵体の重量に、持ち上げた瞬間、思っていたより重くてちょっぴりふらついたのは内緒である。
これで腹引っ込んでて顔や腕に無駄な肉が付いていなくてデブに見えないんだから、二次元人種ってすげえよ。現実との格差を感じる。いや今はこの世界が現実なんだけど。
「ヘーゼル、着地!」
着地は完全にヘーゼル任せだ。そうでなきゃ普通に即死レベルの高さから飛び降りたりしない。
ヘーゼルの風属性スペルで落下スピードを緩め、無事に着地する。いや、ちょっと着地時に若干バランスを崩してふらついたけれど、すぐに持ち直せる程度だったのでセーフとする。
着地後にヘレンを下ろした後、すぐに彼女の前に立ち、銃を天高く掲げる。
そして、波風の音に負けないよう、応援団ばりの声量で声を張り上げた。
「やあやあ、音にこそ聞け目にも見よ! 我こそはローズブレイド公が特使、名をトワと申す! 義によってシスター・ヘレンの友、人魚セレナの助太刀に参った!」
セレナとディープワンの視線が一気に集まる。ディープワンからの殺意のこもった視線に一瞬怯みそうになったが、負けじと蛮勇を奮い立たせて銃を構える。
「いざ尋常に、勝負!」
そう言い終わると同時に、空に向かって一発撃つ。
ただの開戦の合図じゃない。火の雨、そして私の名乗りでこちらに注意を引いている間に、奴等の背後を取ったモズへの合図だ。
遠くでディープワンの一部がどよめいているのが見えた。姿は確認出来ないが、モズの奇襲が成功したのだろう。
構えていた銃を下ろし、再びヘレンと手を繋ぐ。
「ただしこちらは卑怯な手をガンガン使わせてもらうがなぁ! ヘレン、復唱!」
「はい!」
「エスト・イグニス・シレークス!」
「est ignis silex!」
詠唱が終わると同時に、地面にいくつもの赤い光が現れる。直径30cm程のそれは淡い光をゆっくりと明滅させている。
これは簡単に言えば、地雷を設置するスペルだ。忌避感を感じる要素やカップリングの意味では無く、爆発物の方の地雷だ。
「続けて復唱! エスト・イグニス・インフラマラエ・アク・マグヌス!」
「est ignis inflamarae ac magnus!」
次いで発動したのは、地を這う炎を出現させるスペルだ。そこにプラスで「大きな」を意味する単語を付け、その範囲を増大させ、辺り一帯を火の海へと変えた。
ディープワンに継続ダメージを与えつつかく乱させ、ついでに炎で地雷の場所を隠す。えげつない戦法だが、こうでもしなければ勝ち目が無いのだから仕方が無い。
モズも巻き込んでしまうが、彼は鑑定眼で地雷の場所を特定が可能な上、空中歩行が出来るので離脱が容易だ。
ボォンッ、と地雷が弾ける。二、三匹を巻き込んで砂煙を上げ吹き飛ばし、ついでに近くに発生していた地雷が誘爆して更なる人数に爆発のダメージを与えた。
最初こそ阿鼻叫喚の様相だったが、海水を操る術を使える個体が居たのか、思っていたより早く炎を消化されてしまう。セレナが使っていた程の規模ではないため巻き込まれる事は無かったが、それでも魔術ではなく水属性のスペルだったためか、地面の炎上と地雷は打ち消されてしまった。予想以上に早く対応されてしまったのは痛手である。
「そりゃあ簡単に焼き魚になっちゃくれんよなぁ!」
「ほ、本当に大丈夫でしょうか?」
「大丈夫にするんだよ! セレナこっち来てるから行って安心させてやって、後はこっちで何とかする!」
「お願いします……!」
しかし、私達の乱入という混乱に乗じて、ディープワンに囲まれていたセレナは包囲網から逃げ出す事に成功していた。いつの間にか私達……というかヘレンと合流しようと、こちらに向かってきていた。
ヘーゼルを連れてヘレンが離れる。
ここから先は、スペルによる強引な突破は出来ない。ヘーゼルの防壁も無い。
ぐっと奥歯を噛みしめ、息を吸う。弱音や恐怖を飲み込んで、虚勢で飾り付けた挑発の言葉を口にした。
「やってやろうじゃねえか! かかってきやがれ魚面ァ!」
ご清覧いただきありがとうございました!
執筆途中で寝落ちてしまい若干遅刻しました!! 許して……許して……。
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