127 自分達に出来る事
セレナの居る浜辺近くに到着すると、ひっきりなしにセレナの操る波が崖を打ち鳴らし、教会で感じた時より強い地面の揺れを感じた。このまま崖崩れでも起きたら、場所的に一緒に巻き込まれてしまいそうだ。
崖下の浜辺で戦っているセレナに目を向ける。体に槍で貫かれた痕や、現在進行形で何本か槍や銛が突き刺さったままで、傷口から青い血を流しているにも関わらず、怪我を一切感じさせない鬼気迫る様子で暴れ回っている。細い触手に至っては数本もぎ取られていて痛々しい姿をしていた。
しかしセレナにとっては大した怪我ではないのか、手負いの獣状態だからあれだけ暴れられているのか、あるいはその両方かは不明だが、暴れ回る体力があるという事はまだ余裕があるのだろう。
触手で襲いかかってくるディープワンを薙ぎ払い、叩き潰し、捕らえて鯖折りを食らわせる。時々水属性のスペルか、それとも魔術かは分からないが、海水を操り大波を起こし、複数のディープワンをまとめて崖に叩き付けたりもしているおかげか、現場に血痕やディープワンの死体はあまり無かった。
様子を見ている間にも、セレナに三叉槍を突き立てたディープワンを触手で絡め取り、そのまま憎しみを込めた表情で、躊躇の欠片も無く鯖折りにした挙げ句に更に丸めて、まるでつみれのようにしてしまった。
距離の離れたこちらにまでその音が聞こえてきそうでつい顔をしかめる。いやエグいて……しばらくつみれ汁となめろう食えなくなるわ……。遠目に見てるからまだマシだけど、間近で見てたらトラウマになるわあんなん。
モズは好き好んで生首を早贄にするような嗜好持ちだし、ヘレンはそもそも見えないから大丈夫だが、こんな光景、ルイちゃんにとってはしばらくお魚が食べられないくらいのトラウマになってもおかしくはないだろう。
そう思ったのだが、そもそもセレナを見てSANチェック入るじゃん、と思い出した私は、慌ててルイちゃんに注意を向けた。
「ルイちゃん大丈夫?」
反射的にそう声に出すが、どこからどう見ても大丈夫じゃなかった。顔面蒼白で、その場に釘付けにされたようになってしまっている。
しかし私は正直、ちょっとだけホッとした。この程度で済んで良かった、と。
叫びだしたり暴れられたり、パニックを起こして逃げ出したりしないだけマシだ。まだ対処のしようがある。
気付け薬なんかがあれば良かったのだが、残念ながら手元に無い。ポーションの類いはルイちゃんがそのまま持ってきていた火炎ポーションが三つと、出てくる前に拝借した治癒のポーションがいくつかと、私が権能で【記憶】領域にデータを保存してあるゼリオン剤のみ。そのゼリオン剤は商品化計画があるため、情報漏洩的な問題から極力使用を控えておきたい。
と、いうわけなので。ルイちゃんに呼びかけながら高速でもちもちほっぺをペチペチと叩きまくることで、宇宙の彼方に飛んで行ってしまったルイちゃんの意識を取り戻そうと試みることにした。
精神分析(物理)というやつである。
手っ取り早く意識を逸らす為には刺激が必要だから仕方ないね。とはいえ、可愛い最推しに全力ビンタなんて出来るはずもないので、正直痛くないだろう程度の力加減だが。むしろ高速ほっぺもちもちと言って良い。
最初はされるがままだったルイちゃんだったが、十秒経つか経たないかくらいでようやく反応を示し始める。一度反応したら後は早いもので、すぐに開いていた瞳孔が戻り、目に光が宿った。
「あう、んうぅ」
「お、戻って来た」
「な、なんでほっぺぺちぺちしてたの……?」
「意識が宇宙旅行に行ってたみたいだったから。大丈夫? パラディーソ王国の主要都市全部言える?」
「ごめんなさい、見た瞬間頭が真っ白になっちゃって……全部は分からないかなぁ……」
「いや真面目に答えなくても大丈夫だよ。予告してたおかげで視覚的なショックは思ったより軽かったみたいだし、幼児退行とか暴れたりしなかっただけ偉い!」
パラディーソ王国の主要都市なんて私も分からんよ。だって作品内に全部は出てなかったし。
まだ目を白黒させているので完全に意識が覚醒した訳では無さそうだが、テンパってる程度になったのならば精神分析(物理)としては上出来だろう。
「てか待って? 余裕で二桁超えてね? 三十くらいディープワンおらん?」
「三十四」
「マ? 死じゃん」
「そんな! 早く助けに……!」
「落ち着きなって。私達が無策で行っても無駄死にするってだけだ。セレナも多少怪我はしてるけど軽傷程度、ピンピンしてる」
モズが答えてくれた数の差にうっかり本音を呟いてしまった所、ヘレンが慌てて走り出しそうになったので肩を掴んで引き留める。さっき一人で突っ走るなと言われたばかりである事を思い出したのか、ぐ、っと唇を噛んで止まってくれた。
歯噛みする思いであることは大変理解出来るのだが、今言ったように、このまま何も考えずに突っ込んだら蹂躙されて終了だ。ミイラ取りがミイラになる訳にはいかない。
耳を澄ますと、波と風の音に混じって、ディープワンの怒号が聞こえてくる。
生かして連れ帰れ。不良品のくせに。役目を捨てて逃げた背教者。胎さえ無事ならそれで良い。歌えもしない人魚が逆らうな。
ゲーム内では断片的にしか知り得なかった発言の数々。文章では暗号で構成され簡単な単語としてしか表記されていなかったそれらは、言語チートによって真の意味を私の耳に伝えていた。
「なーるほど。何となく分かってきたぞ、今回のスタンピードの原因が」
要するに、セレナはディープワン達から逃げてきたのだ。
彼女にどういったきっかけがあって逃げ出したのかは分からない。だが少なくとも、本来ディープワンより上位存在と言える人魚であるセレナが、声を出せないという理由から迫害されていたことは発言から容易に想像出来るし、彼女が逃げ出したのもそこが起因しているのだろうと予想がつく。
だからセレナは、本来仲間であるディープワンと敵対しているし、ディープワン達はセレナを連れ戻そうとしているがその手法が乱暴なのだろう。
原因が何であろうが私達のやることは変わらない。しかしながら、現状私達のやれることは少ない。
こちらの戦力は、複数の属性が使えて魔力が豊富でもロクにスペルを使えないノーコン狙撃手私、強いとはいえほぼ近接しか出来ない子供のモズ、武器を持ってないからそこまで強くないスペルと火炎ポーションしか攻撃手段が無いルイちゃん、回復のエキスパートだけど戦闘未経験者ヘレン、オマケで防御極振りのふわふわな毛玉一匹。
この人数と戦力で助太刀に入ろうというのは、少々無理があると言わざるを得ない。
「さて……数の差は八倍ちょい。挙げ句、セレナは波を操って攻撃する事もあるから、浜に降りたら逆に巻き込まれて土左衛門が五つ完成する羽目になる。ここで指をくわえて大人しく行く末を見守っていた方がマシまである状況だ」
「そんな……!」
「ただし」
絶望したように悲鳴に近い声を上げるヘレンだが、彼女の声を遮って私は続ける。
「それは何も考えずに突っ込んだ場合の話だ」
銃のリボルバーに装填している魔石を確認し、残りの魔力をざっくり確認する。ついでに、念のために装填している実弾の方も確認して、一発限りではあるが、切り替えれば即座に魔力弾より火力の高い実弾射撃が出来るようにしておく。
腰のマチェット、そしてモズの刀に頑強の刻印を忘れずに付与して、準備は完了だ。
「人類の底力、見せてやろうじゃないか」
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