126 一人の力では限界がある
完全に出遅れたのと元々そんなに足が速くないこともあり、思いの外俊足だったヘレンには中々追いつけない。
あのでっかいたわわをぶら下げた乙女走りでなんでそんなに足早いんだよ! これだからファンタジー人種は! ナチュラルに身体強化でも使ってんのか!?
「ヘレンさん待って! 少し落ち着いて……!」
「離してください! あの子が、セレナが危ないというのに、落ち着いていられません!」
一足先にヘレンに追いついたルイちゃんはヘレンの腕を掴んで彼女を引き留めるものの、彼女はルイちゃんの宥める声も聞かずに振り払おうとする。
遅れてようやく追いついた私は、そんなルイちゃんの手を振り払って再び駆け出そうとするヘレンの肩をガシッと掴み、全力疾走したせいで乱れた呼吸に腹の底から出した声量の声を乗せる。
「一人で!! 突っ込むんじゃ!! ない!!」
「ですが、あそこにはセレナが……私の友達が居るんです!」
「じゃあ、一人で敵を蹴散らして、セレナを助けられるくらいの力は、あるんか!?」
「それは……っ!」
ヘレンはゲーム内でも、そして現実でも回復スペルのエキスパートである。それは疑い能の無い事実だ。
しかし一方で、攻撃性能はルイちゃんに並ぶ程低い。ゲーム内のキャラエピソードでも、支援系はまだしも攻撃系のスペルの才能は無いと彼女自身が語っている。
そんな彼女がディープワンの群れに飛び込んだらどうなるか、想像に難くない。良くて即し、悪くて拉致られて一生苗床生活だ。
やけに高い波が崖にぶつかり、地面を揺らすのが遠目に見える。少しだけ呼吸を整えてから、私は続けた。
「一人で突貫するんだったら、そこで『出来る』と即答出来るくらいの力を習得してからにしなさい。出来もしないのに感情だけで突っ込むのは馬鹿のすることだよ」
私の言葉に言い返せなかったヘレンは、それでも何か言いたげに口を開こうとしたものの、言葉が出せずにぐっと唇を噛みしめる。100%正論だとは自分でも思っていないけれど、少なくとも図星を突かれて口を閉ざす結果になったのなら良い。感情の勢いが多少なり落ちるのだから。
「冷静になりなさい。セレナはそうそうやられるような種族じゃない。彼女がどういう種族で、どういう力があるのかを私は知っているし、だからこそ断言出来る。気が逸る気持ちは凄くよく分かるけど、堪えなさい。いいね?」
「トワさんは魔物にも詳しいの。そのトワさんがこう言っているから、きっと大丈夫だよ」
「あ、あなた達にセレナの何が分かるというのですか!」
落ち着かせるために続けてそう伝えるものの、まさかと言うべきか、ヘレンは食ってかかってきた。おそらく、目が見えていたのならキッと睨み付けてきたことだろう。
駄目だこの子。全然冷静になってないよ。
事実は違えど、私が今日セレナを知ったばかりで、魔物としての知識がある程度で個体としての性格や特徴は知らないと思っているのだと感じる。ルイちゃんに至っては会ったことすらない。
出会った当初にセレナが怪我をしていた事、そしてそんな彼女を自分が助けた経験が、セレナという存在を庇護するべき対象だと認識させてしまっているのだろう。
だからきっと、私の言葉は気休めだと思われてしまっている。
ならば、現実を突きつけてやるしかない。ドォンッ、と爆発音のような波の音が響いた。
「君が言っている友達ってのはね、本当は魔物じゃないんだよ」
「えっ……?」
「宙族の、人魚だ」
「っ!? そ、んな……!」
アルバーテル教会の教義が骨の髄まで染みこんでいる敬虔なシスターであるヘレンにとって、初めて出来た友達が宙族だったという事実はかなりのショックだったらしい。
それもそのはずだ。アルバーテル教会において宙族は、キリスト教における悪魔のようなもの。相容れない存在とされている。
そんな存在と仲良くするなんて、それこそ友達になるなんて、禁忌そのものだ。
宙族唯一のプレイアブルキャラであるギィが主人公の仲間として上手く……いや、敬遠されているものの仲間の一員として認められているのは、アルバーテル教会の聖書に書かれている「この世は平等では無い。だが互いに手を取り、助け合うことは出来る」という一節を引き合いに出して、友好的に接しているからセーフと言いくるめているからである。混血とはいえ、宙族の血が非常に薄いということも要員の一つだろう。
信じられないといった様子のルイちゃんに、モズが「ほんとじゃ」と短く言う。
モズは嘘をつくような子じゃない。というより、良い意味でも悪い意味でも素直なので、そもそも嘘なんかつかない。それを知っているからこそ、突拍子無く聞こえる私の言葉を、ルイちゃんは事実として受け止めた。
しかしヘレンはそうはいかない。狼狽えながらも、何とかこの事実を否定しようとする。
「嘘です、そんなの……!」
だが、この話の本質はそこじゃない。
セレナの正体がどうとか、実際の所、そんなことはどうでも良いのだ。
「しっかりしなさい! 教義がどうとか相手が宙族だとか付き合った日数が少ないとか、そんなの関係無く、君とあの子は友達でしょうが! そこだけはブレちゃいけない事実でしょ!」
「っ……!」
「人魚は強い。ディープワンなんて軽くひねれるくらいに。だから、誰かに協力を求める時間くらいはあるんだよ」
遠目に見える荒れ狂う波の中に、小さく赤紫の何かが見える。
私の視界には、波を操り暴れているセレナが見えているのだ。
あれだけの攻撃を繰り出し続けているのだ。彼女はまだ大丈夫だろう。
「私は別に『行くな』とは言ってないよ。『一人で行くな』と言ってるんだ。少しは人を頼るという事を覚えなさい」
しかし、それもいつまで続くかは分からない。
ちらりと私の見ている方向を見て珍しく嫌そうな顔をしたモズが、一瞥した後に更に眉間の皺を深くした。あのモズがこんな顔を見せるくらい、あの場にはディープワンが居るのかもしれない。
正直、そんな場所にこんな少数精鋭という名の場当たり少人数編成で行きたくないのが本音だが。
「それで、どうすんの。助けに行くの、行かないの?」
ここまで啖呵切った手前、その私が撤退なんて出来ないじゃないか。
「い……きます。行きたいです! お願いです、あの子を助ける手伝いをしてください……!」
「よしきた。任せろ」
それに、教会に戻ったところで戦力になりそうな人はベアード神父くらいしか居ないし、先程ディープワンが教会まで来た事を考えると、防衛役として彼には教会に残っていてほしい。そうなると、結局この人数で行くしかないのだ。
先程の戦闘は突然のエンカウントで半分パニクったまま戦ったのでそこまで深く考えてなかったが、事前に分かってて戦地に赴くとなると、怖くてたまらない。手と足が震える。
ふと、ルイちゃんと目が合う。内心怖がっているのに気付いているようで、心配そうに眉尻を下げて私を見つめている。
だから、無理矢理笑ってみせた。平気だって、何とかなるって。そんな気持ちを込めて。
最年長の私がしっかりしないでどうする。
「ヘーゼル、ルイちゃんとヘレンを頼むよ」
私の言葉に、ぴょこりと抱っこ紐の中から顔を出したヘーゼルが「いいのかい?」とでも言いたげな視線を向ける。
「私とモズはどうとでもなるから」
仕方ないなぁ、とでも言いたげな視線を私に向けて、ヘーゼルはぴょいんと跳ねてルイちゃんの肩に乗った。
モズは自身のスペルで空中歩行が出来るし、私は最悪、チートで生き返る事が出来る。ならば最低保証のある私に最強の盾を使うより、非戦闘員に近いルイちゃん達を守った方が効率的だ。
ヘーゼルの防壁には何度も助けられた。先程のディープワンとの戦闘でも、彼の防壁が無かったら完全に胴体を貫かれていた場面があった。
はっきり言って、私の戦い方は防御を完全にヘーゼルに任せていた所がある。
だから、ヘーゼルの防壁が無い今回は、いつも以上に慎重にいかなければならない。打たれ弱い自覚があるから、一撃でも食らったら終わりだと思った方が良いだろう。
手足の震えが一層酷くなる。震えるな、耐えろ。しっかりしろ、私。
「ルイちゃん、今から人魚を見る訳だけど、ユリストさんの描いた絵で見たような幻想的な外見じゃないから覚悟しておいて。美しいのはその通り、いや個人差はあるからそこは何とも言えないけど、ともかく気をしっかり持って。人外レベルに美しかろうが、人外レベルに醜かろうが、彼女は生粋の宙族だから」
「う、うん……」
「大丈夫大丈夫。警戒心は強いけど、案外良い子だからさ」
努めて明るくそう言ったが、歯切れの悪い返事を返したルイちゃんは、不安げな表情を崩すことは無かった。
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