125 くっ、殺せ!
モズの持ってきた生首を直視してしまったせいでバックンバックンと早鐘を打つ心臓を落ち着かせてから、ベアード神父がワンパンしたディープワンの生死を確認しに行く。
ベアード神父から「女性にはきつい光景になりますからよした方が……」と言われたが、もし気絶していただけだとしたら危ないと思い、制止を聞かずに確認して――滅茶苦茶後悔した。
うん。死んでるよアレ。頭ぐっちゃーなってたよアレ。アレで生きてる方がおかしいよ。ヒョエ……。
余程酷い顔色をしていたのか、ベアード神父が背中をさすってくれた。少し遅れて、モズが真似をして同じように背中をさすってくれたが、先程まで取れたて新鮮なディープワンの生首を持っていたということは、手に血と粘液がべったり付着している状態なので……コートの背中側は悲惨な事になっている事だろう。ま、まあ善意からの行動だし……。
心に傷は負ったものの、幸いにも吐き気はないので、これ以上メンタルおろし金される前にやることをやってしまいたいので、生かしておいたディープワンの元まで戻る。
戻る際に視界に入ったルイちゃんと目が合い、怪我は無いかと問われたので無傷であることをアピールしておく。しかしやはり顔色は悪かったのか、心配そうにこちらを見つめていた。
普段のルイちゃんならこちらに駆け寄って来ると思ったが、今回は隣にヘレンが居るからか、そうする事は無かった。もしくは、ベアード神父が助太刀に入ってくる前に、教会裏口の内側に居るように指示したのか。そう考えたところでベアード神父が「もう大丈夫ですよ」と言っていたので、後者だろう。
気絶しているディープワンには束縛の刻印を付与しているので、目が覚めたとしてもいきなり襲われるということは無いはずだ。が、危険なことには変わりないので、ルイちゃんとヘレンには少し下がっているように言って、私はディープワンの傍に立った。
「さーて、こいつにゃ色々と情報を吐いて貰わなきゃな。ほれ、起きろ深海民」
未だ気絶中のディープワンを銃剣の先で数回つつくも、目を覚ます気配は無い。まさか殺してしまったのか、と内心焦りまくったし恐怖を覚えたが、ベアード神父が体を揺らすとようやく目が覚めたらしく、うなり声にも似た呻き声を上げて首をもたげた。
束縛の刻印の影響で体を動かせない事に気付いたらしく、数秒程芋虫のように体を捩るが、すぐに諦めたように抵抗をやめた。強引にやれば体を動かせる程度であるはずだが、そこまでの体力は残っていないのだろう。
「我々の質問に答えてもらおうか。簡潔に言うぞ。何が目的で、どの程度の規模で侵攻してきた」
「素直ニ答エルト思ッテイルノカ?」
「答えない場合にはまあ、それなりの対応をさせてもらうとだけ言っておこうか」
「辱メヲ受ケルクライナラ……クッ、殺セ!」
「世界一ここちんに響かねえくっころだなおい」
まさか生でガチの「くっ、殺せ!」を聞くことになるとは思わなかったし、それを発言した相手が控えめに言っても外見クリーチャーなディープワンだとは予想だにしなかった。
びっくりするほど心の○ん○んが反応しなかったわ。多分くっころ自体嫌いじゃないけど好んでいる訳でもないからというのもあるだろう。コメディとしては大好きだよ。
「ねえちゃん、こいつの言ってっこと分かるん?」
「ん? ああうん、まあね」
「宙族の言葉を、ですか?」
ベアード神父が神妙な顔つきで聞いてきた所で、ハッと気が付く。
そうだった。私はこいつらの喋っている意味を言語翻訳チートのおかげで理解出来るけど、実際発音されている言語自体は聞いたことも無い言葉なんだった。
ただ知らない言語というだけなら「勉強してたんで~」と言い訳出来るが、その相手が宙族となると話が違ってくる。なんせ人族の敵だ。それも本能的に嫌悪するタイプの。
そんな相手の言葉をどうして知っているんだ、となってしまってもおかしくない。下手すりゃ宙族の狂信者判定を受けてしまうだろう。
「一部地域の訛りにもの凄く似てるんで何となく言ってる事分かるんですよー印須鱒って地域でよく聞く訛りだったんでねーアッハッハッハッハ」
「そうなのですか?」
「多分他の宙族の言葉聞いても分かんないですよたまたま今回知ってる方言だったから良かったですよーうちの知り合いは皆その地域の人達を深海民って呼んでるんですよねーハッハッハッハッハ」
動揺しまくってしまったせいでかなり誤魔化している感が強く出てしまったが、大丈夫だろうか。怖くてベアード神父の顔が見られない。
しゃーないやん! 言語翻訳チートのせいでどうあがいても理解出来ちゃうんだもん! それにこいつら私達の言葉分かっている様子だし、普通に会話が出来ちゃうから失念しちゃうんだよ!
これ以上言及されないためにも、ディープワンの方に声をかけて尋問の続きをする。
「で? どうなん? 答えるのか、答えないのか」
「答エル訳無イダロウ!」
「コレ見ても同じ事言える?」
そう言ってディープワンの真横に、モズが持ってきたお仲間の首を置く。どちゃり、と粘液と血で粘着質な音がした。
一般人であれば、これだけでもかなりのショックを受けるはずである。流石に同じようにはしないつもり、というか私にはそういうのは無理なので、精神的揺さぶりで口を滑らせて欲しいと祈るばかりである。
しかし、お仲間の生首と目を合わせたというのに、ディープワンは小さくハッと鼻でせせら笑う。その程度か、と態度が言っていた。
「うーん、宙族にこういう手は通じないか。もっとSAN値減るような奴が身近に居るからか? 別系統の恐怖だと思ったから効くと思ったんだけどな……」
「死デ我々ヲ弄ベルト思ウナ」
「じゃあ、こうしよう」
ディープワンが刻印で動けないことを良い事に、銃剣の先で顎のだぶついた皮膚を持ち上げる。皮膚がめくれて、ほぼ埋もれていた真っ赤なエラが外気に晒された。
「ご開帳~」
「ナッ、何ヲ……!? ソウイウ趣味カ!?」
「ゲッヘッヘ、綺麗な赤色のエラじゃねえか……ってちゃうわアホ!」
そういう趣味って何!? ディープワンにはエラコキみたいな性癖が存在すんの!? エラめくられてそっち方面に思考が行くってことは、つまりそういう知識があるって事やぞ!?
流石にそういうのは摂取した事無いからちょっと分かんないなぁ……。
関西人でもないのにノリツッコミをさせられて緊張が緩むが、すぐに気を引き締める。
「陸である程度の活動が出来る事を考えるに肺呼吸も出来るみたいだけど、こんだけエラが発達しているってことは、エラは呼吸器としてそれなりに重要部位に進化しているって事だよね。つまり……」
「マ、マサカ……!」
「これから十秒毎に、エラの一部を切り落とす」
ディープワンを含めた、モズ以外の人がぎょっとした表情を見せる。まさか、私がそんな拷問じみたことを言い出すとは思っていなかったのだろう。
当然、そんなことするはずがない。というか出来ない。だって怖いし、人語を解する人型生物相手に暴力とか流石に良識が止めるもの。
だからこれは完全に舌先三寸の口から出任せだ。
宙族とはいえ苦しめるのは、と苦言を呈するベアード神父の言葉を無視して、私は続ける。
「肺が残っているなら全て切り落とされたとしても完全な窒息には至らないけど、少なくとも海には戻れなくなる。痛みには強いみたいだけど、窒息の苦しみは別種だぞ? さぁて、どこまで耐えられるかね」
「ソ、ソンナ脅シデ屈スルトデモ!?」
表情は魚面故に分からないが、ディープワンが声を荒げている事、そしてその声が少し震えている事を考えるに、この線の脅しは効くらしい。
私はちょいちょいとモズに手招きをして隣に立たせて、くぱぁと開いたエラを見せながら、至極いつもの調子であるように努めながら解説を始めた。
「モズ、魚の血抜きをする時はね、このエラをちょん切ると良いんだよ。血管が集中してるからね。切ったら水でジャバジャバすれば大体血は抜けるよ。魚は捕ったら必ず血抜きすること、じゃないと臭みの原因になるからね。分かった?」
「おん」
「奥の膜を切るやり方もあるけど、ぱっと見血がドバドバ出るけど体の血があんまり抜けないから注意な。やるとしたら尻尾の付け根に切れ目を入れて、口かエラに流水をぶち込む。そうすると水圧で血が全部尻尾の方から出ていくから」
「そうなん? ねえちゃんは賢かぁ」
「オイ、マサカ本当ニ……トイウカ……食ベ……!?」
「おっ、良いねぇ。魚なら醤油が合うんだよね。傷口に塩ならぬ醤油を垂らすか」
醤油が勿体ないから絶対にしないけど。
流石に比較的人間に似ている二足歩行の生物、しかもクトゥルフ神話系列の存在を食べるのはいくら日本人でもちょっとキツい。それにもしかしたら、元々混血で人族の血混ざっているかもしれないし……そしたら半分カニバリズムみたいなもんになっちゃうし……。
拷問だけではなく、捕食対象として見られている事に更なる恐怖を感じたのか、心なしか瞳孔が開いたような気がする。
もう一押しか? と判断し、更に続ける。
「ちなみに締める、まあ簡単に言うと殺すやり方にも何種類かやり方があってね、簡単なのは細長くて先が尖っているもので脳天とかこめかみをぐりぐりーっとやる方法なんだけど、こいつみたいに頭蓋骨が硬い奴も居るわけだ。そういう時はこのエラから差し込んで、内側から目と目の間のちょっと上くらいを狙うと良いよ。基本的に内側は柔らかいからね」
「おん」
「締まったら瞳孔がカッと開いて口を開けるから、ぱっと見で分かるんじゃないかな。多分死んだか否かは私よりモズの方が分かると思うけど」
「今やる?」
「まだやらんよ。今はね。本当はこうやってうだうだしてると身に血が回って美味しくなくなるから、本来なら捕った後は迅速に締めて血抜きするべきってことは覚えておこうね」
「おん」
「今回は拷問だ。拷問ってのは簡単には殺さず、死ぬ程辛い目に合わせるものだからね。殺しちゃ駄目だよ」
「おん」
ベアード神父は何か言いかけていたが、ルイちゃんとヘレンが拷問シーンに立ち会わないようにする事を優先したのか、教会に戻るように促す。
ふと、ルイちゃんと目が合う。ふるふると首を横に振り、言葉にはしないが、拷問は止めてと伝えてくる。
ちらりとディープワンの位置を見て、口元を見られないことを確認してから「しないよ、怖いもん」と口パクで伝える。私にそこまでの胆力は無いよ。
ちゃんと伝わったようで、ついでにベアード神父も察したらしく、二人でほっとした表情を見せた、その瞬間だった。
爆発音にも似た音とほぼ同時に、地面が揺れる。少し前に聞こえたような、遠く離れた港からの音ではない。
すぐ近くの浜辺――セレナが居るはずの浜辺から、それは聞こえた。
「――見ツケタカ」
ぽつりとディープワンがそう呟く。
何が、と聞き返そうとしたが、それよりも早くある可能性に思考が行き着いた。
「見つけたって……まさか!」
私がディープワンに問い詰めるより早く、ヘレンが駆け出す。目が見えないものの、音の反響で周囲の様子が手に取るように分かる彼女は、普通の人とほぼ変わらぬ速度で走れるのだ。
音のした方向と距離から、セレナが居る場所から聞こえたと察し、彼女に危険が及んでいると思っていてもたってもいられなかったのだろう。
が、ここで単独行動をされるのは非常にまずい。そもそも戦地に一人で行くな!!
「ヘレンさん!? ま、待って! 一人じゃ危ないよ!」
突然のことで驚いてワンテンポ遅れたが、ルイちゃんが慌ててヘレンを追いかける。
それを引き留めようとしたベアード神父だったが、それよりも早く私の口が回った。
「まーずいまずいまずい! ベアード神父ここお願いします! 行くよモズ!」
「おん」
返事を聞くよりも早く、私は二人を追いかけるべく駆け出した。
ご清覧いただきありがとうございました!
ディープワンのくっころ、地味に書きたいと思っていたシーンだったのでぶち込めて満足です。
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※お知らせ 2025/01/08
片頭痛が酷すぎてちょっと執筆出来ない状態なので更新明日になります。
申し訳ございません……。