124 武を以て立ち向かうべし
【記録】領域から【複製】の力で束縛の刻印を呼び出して【固定】の力で貼り付ける。宙族に対しどの程度刻印の力が発揮されるのかは不明だが、とりあえずは。
「一体撃破!」
ちらりと後ろの教会を見ると、急いで持ってきたのだろう、数本の火炎ポーション瓶を抱えたルイちゃんが居た。その隣には不安そうにしているヘレンも居る。私達が怪我をしてもすぐに回復スペルを使えるよう待機してくれているのだろう。
ルイちゃんにサムズアップをしてもう一度「ナイスアシスト!」と言うと、サムズアップを返してきた。は? カワヨ。
しかしルイちゃんの可愛さに目を眩ませている暇は無い。すぐにモズに視線を向け、自分でも状況を把握しつつも声をかける。
「モズ、状況は!?」
「生きちょる」
「簡潔なのは良いけど主語と述語ワンセットにして!」
一体は足、というよりつま先を切り落とされて負傷して機動力が落ちており、その個体が攻撃出来ない程度に距離を取りつつもう一体とやり合っている。
人体はつま先でバランスを取っているため、つま先を失うと途端に歩行が困難になる。と、医療ネタのある異世界転移系の小説で読んだ事がある。
真偽はともかく、少なくとも前傾姿勢気味なディープワン相手だと、機動力を奪うのに有効な手段だったらしい。いやバランス云々以前に足の先切り落とされたら激痛で歩けないだろうし、動きが鈍いのはそのせいもあるだろう。
「オラー! 寄ってたかって複数人で子供一人を虐めんな!」
モズに加勢するべく銃を構える。
足を負傷している方は後回しだ。モズも二対一にならないよう、足を負傷した個体から距離を取りつつもう一体を攻撃というやり方が慣れないのか、相手をしている方に致命傷を与えられていない。いくら戦闘能力が高いモズとはいえ、今までのやり方は一対一か闇討ちが基本だったし、慣れない戦い方でサクッと仕留められるとは思っていなかったので当然だろう。
敵に不利を、自軍には有利を。それが戦いの基本だ。
まずは確実に各個撃破をするために、足を負傷している方のディープワンに鈍足の刻印を貼り付ける。急に動かなくなった足にバランスを崩したそいつは、ガクンと地に膝を付けた。
どうやら刻印は通常通り効くらしい。ならば先に倒した個体に施した束縛の刻印も問題無く発動しているはずだから、後ろのことは気にしなくても大丈夫だろう。
これで数の有利に持ち込める、と思ったのだが。
突如として体をもの凄い力で締め付けられる感覚が走り、ミシリと骨が軋む。かふっ、と肺の中の空気が押し出され、押し潰さんとばかりにかかる圧力に鈍痛が走った。
まるで、巨大な触手に締め付けられているような――。
そんな風に思った瞬間、はたとある魔術を思い出した。
「こ、れ……ッ、まさか、クトゥルフのわしづかみ……!」
ディープワンの中でも上位種と言える存在。偉大なるディープワン。それが使える魔術の一つに、クトゥルフのわしづかみが存在する。
マジックポイント、この世界で言うならコギトと引き換えに対象を拘束し、拘束している間は対象の力を奪い取ってしまうという魔術だ。そして力を奪われ尽くされてしまうと、その時点で気絶してしまう。
動きを止めた方のディープワンを見る。こちらに手を向けて凝視し、口元はモゴモゴと動かしており、明らかに何かしらの魔術を発動していると分かった。
マジかよ、と心の中で悪態をつく。上位種がこんな少数の中に居るなんて思わないだろ、普通。
後ろの方で「どうしたの、トワさん!?」と焦った様子のルイちゃんの声が聞こえた。
引きこもっていたヘーゼルがぴょこりと顔を出す。どうやら対象は私一人らしく、ヘーゼルは何ともないようだ。
「君の推測通り、これはクトゥルフのわしづかみだろうね」
「おまっ、動けんなら、助け……!」
「モルド体由来の力ならまだしも、魔術は未だに不明な点が多くて対抗策が無いんだよ。同じ魔術なら対抗策もあるとは思うけれどね」
「やりよう、ある、でしょ……! 術者を、攻撃とかっ!」
「この個体は君のサポートをする為に調整しているから、防御や補助のスペルに特化した分、攻撃系のスペルは非力になっているんだ。前に言わなかったかな?」
「聞っ、いて、ないっ……!」
魔術は万能ではない。必ずデメリットが存在する。
クトゥルフのわしづかみは強力な反面、発動に失敗する可能性があり、更に発動中は呪文のみに集中していなければならない。それに、一定範囲内の対象にしかこの魔術は使えないし、発動中はコギトを消費し続けなければならないため、コギトが尽きればこの魔術も消える。
死なないだけマシではあるが、コギトが尽きるのを待つのは現実的じゃない。クトゥルフ神話TRPG的に言うならば、呪文の抵抗に失敗した時点でほぼ詰みだ。
そうなるとこの魔術を解除するには、術者の呪文を中断させる他無い。
こういう時にスペルが使えれば自分で攻撃も出来るが、如何せん私はスペルが使えない。ルイちゃんに術者を攻撃してもらうとしても、このままぐしゃりと潰れてしまいかねない程に圧力をかけられていて呼吸すらままならない状態では声を張り上げられないし、モズはもう一体と交戦中。そしてこのふわふわの毛玉はただのかさばるカイロと成り果てている。
マジで詰んだかも――と思ったが、不意に私の横を誰かが走り抜ける。ルイちゃんかと思って慌てたが、明らかに違う大柄な体躯に「あ、これ勝ったわ」と即座に考えを改めた。
その大柄な人物は巨躯に見合わぬ速さで術者のディープワンと距離を詰めると、ディープワンが魔術を中断し防御しようとするよりも早く、渾身の一撃を拳に乗せてアッパーカットをクリーンヒットさせた。その膂力たるや、彼より大柄で二メートルはあるディープワンの体が浮き上がらせて吹き飛ばす程であった。
どしゃり、と宙に舞ったディープワンの体が地面に叩き付けられる。ピクリとも動かず、傍目から見ても完全に戦闘不能状態だという事は明らかだった。
あっという間の息を飲むような光景に、いつの間にか魔術から解放されている事にも気が付かなかった。
「この世は不平等である。だが互いに手を取り、助け合うことは出来る」
海風と、海風に煽られてはためくストラの音にも遮られぬ、朗々と響く低い声。
その声はアルバーテル教会の聖書に書かれた一節を、ゲーム内で聞いた事のある台詞を語った。
「主は申された。しかしその手すらはね除け、弱き者、愛する者、そして己に害を成そうとする者が居るならば――武を以て立ち向かうべし、と」
そして振り返り、頼もしくも優しい微笑みを浮かべたベアード神父は、私を見据えて声をかけた。
「ご無事ですか?」
「やだ、熊おじがかっこよくてメスになりゅう……!」
「えっ……!?」
「アッ今のは気にしないで下さい心の声が漏れただけです!!」
つい心がメスになってしまい心の声をモロ出ししてしまった。は、恥ずかしい……!
だってしゃーないやん! ピンチの時に颯爽と現れて助けてくれる筋骨隆々な年上の大人な男性しかも父性マシマシとか好きになるしかないやん! 私はロマンスグレーが似合う大人の年上男性が異性愛対象だけど熊おじくらいなら守備範囲内なんだよ!!
受け認定する男と異性愛対象の条件が紙一重なのは仕方がないじゃん! 性癖だもの!!
ベアード神父のかっこよさにメスになりかけていると、不意に後ろからルイちゃんの悲鳴が聞こえてきた。はっとして振り返るも、特にそちらに何かあったわけではなく、ただ顔を青ざめさせてヘレンにしがみついているだけだ。
もしかして増援でも来たのかと慌てたのだが、くいくいとコートの袖を引っ張られてそちらに意識が向き、反射的に振り返って。
「ギャーッ!!」
ルイちゃんが叫んだ理由を理解した。
顔こそ無表情ながらも目に期待を込めた視線を向けてくるモズが、仕留めたらしいディープワンの頭部を抱えていたのだ。
そう、ディープワンの頭部を。生首である。
視界の端には、頭部とオサラバした胴体がどくどくと血だまりを広げていた。恐らくルイちゃんは、首ちょんぱされる瞬間を目撃してしまったのだろう。
トラウマになっててもおかしかないぞ!?
モズはその生首をずいと私に差し出し、目に見えないはずの尻尾を振り、心なしか上ずった声で話しかけてくる。
「殺ってきた。ねえちゃん、ほめて」
「一人で倒せたのは偉いね!? でも今後は首持ってこなくて良いからね心臓に悪いから!!」
まるで狩ってきたネズミを飼い主に見せに来た猫である。怖いよ!
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※2025/01/01 追記
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