120 悩みは尽きぬ
さて、諸々やらなければいけない事を終えた訳だが――その後にやることが無いのである。
やることが無いとは言ったものの、何もしていない訳ではない。使ったフラスコやらビーカーやらメスシリンダーやらを洗ったり、出来上がった物の瓶詰めをしたり、そういった細々とした作業は手伝っている。
手伝ってはいるのだが、作業量が少なすぎて「自分ってこの場では役立たずなのでは?」と不安になってしまうのだ。新卒時代を思い出す……。
とはいえ仕方のない事であるのも確かだ。
私は薬師の資格なんて持ってないし、そんな私が見よう見まねでポーションなんて作ったら違法でしょっ引かれてしまう。それにポーション作りは成分を抽出したり蒸留したりとそれなりに時間を食うし、その際に魔力も使うものなので一気に大量生産というのが難しい。一般人でも出来る仕事が少ない上に仕事が舞い込むスパンが長いのである。
だからといって他の人がめまぐるしく忙しそうに作業している脇で暇を持て余しているのは、正直言って非常に居づらくてかなりのストレスになるんだよなぁ……。現代社会で社畜根性を叩き込まれたせいかもしれない。
しかし私はまだ良い。それなりに器用だという自負があるから、少ないながらも手伝いを出来ている。
ラガルを見てみろよ。洗い物をすれば落として割るし、瓶詰め作業ではポーションを入れすぎて瓶から溢れてだばぁしてしまうし、挙げ句の果てには出来た物の運搬ですらすっ転んでパァにしかけたせいで、物静かながらも口を開けば大変厳しいご年配のシスターさんから戦力外通告を受けて、めしょりながら隅っこで小さくなってるんだぞ。たまたま近くに私が居たから、完成ポーション第一弾の入った木箱を何とかキャッチして無駄にせずに済んで良かったけども。
私やラガルの他にも薬師資格を持っていないシスターさんも居るし、ベアード神父もそのうちの一人だ。
でも彼等はポーション制作時に使う魔力を代わりに負担するという仕事があるので……モズもそっちの方を手伝ってるし……。
スペルのスの字すら触れてこなかった我々には魔力を注ぐなんて芸当は出来ないので、無力感に苛まれながら暇を持て余すしかないのである。
魔力なんてファンタジー作品にしか存在していない世界から来た身としては、薬に魔力を注入した所で何がどうなるんだという疑問はあるが、以前ルイちゃんからざっくりした説明を聞いた限りでは、性質を変化させたり付与したり効果を増幅させたりと、まあ何かファンタジー的な理論がちゃんとあるらしい。
ラガルの隣で小さくなりながら「素直にスペルに関するチートをもらっておけばここで大活躍出来てたんだろうなぁ」なんて現実逃避をしていると、シスターさんと交代して休憩に入ったベアード神父が私達に近づいて来た。
魔力を消耗したからか、少し疲れたような顔をしている。ベアード神父は通常だと土属性、水着だと光属性で、今回はマナポーションで使う光属性の魔力の供給役となっていたはずだ。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます。ですが、これくらい大したことありませんよ」
「すみませんね、私達も手伝えたら負担を減らせるんですけども……」
「そんなに気にしなくても良いのですよ。人一倍魔力量が多いシスター・ヘレンが手伝って下さっていますし、それに彼女が魔石を持っていたましたから、むしろ我々の負担は少ないくらいですよ」
ベアード神父が言っているのは、ルイちゃんが持っている花属性の魔石の事だろう。私は魔石については詳しくないのでよく分からないが、長年調剤で使ってるのに魔力が尽きないのだと以前聞いたことがある。
確かにその魔石一つでメインで生産している治癒ポーション全てをまかなっているんだから、彼の言う通りシスターさん達の負担はかなり軽減されているだろう。代わりに教会レシピの治癒ポーションではなくルイちゃんレシピの治癒ポーションしか作れないが、まあその程度であれば許容範囲ではなかろうか。
「ラガルも手伝えたら良かったんですけどねぇ、私と同じで今までスペルと無縁でしたし、もしスペルが使えたとしても土属性ですから」
「そうなのですか? 呪文とは無縁な暮らしというのも驚きですが、竜人族の方は火と闇の魔力を有しているものだと思っていましたから、てっきり彼もそうなのだとばかり」
「この国じゃあ竜人族と言ったらドラッヘン公爵家が真っ先に思い浮かびますからね、意外だーって思いますよね。でも飛花で有名な竜人族は水属性を得意としていますし、土属性が得意な竜人族が居たっておかしかないですよ。なっラガル!」
「うぇっ!?」
「それに土属性が使えるのはルイちゃんとお揃いだしな!」
「お、お揃い……!」
丁度良いタイミングだったので、いい加減ラガルを泣き止ませるためにもそんな言葉をかけて会話に混ぜる。いきなり話を振られて驚いていたラガルだったが、ルイちゃんとお揃いというのが嬉しかったのか、耳まで真っ赤になりつつも満更でもない表情をしていた。
いやチョロすぎかよ。お前のそういう所大好きだよ。
「ラガルさんはルイさんの事がお好きなのですね」
「なっ!?」
「いや何『何でバレた』みたいな顔してんの。全部顔と行動に出てるから、他人が見りゃ一目で分かるからな」
「なっ……! っ……!?」
「安心せい、ルイちゃんにだけはバレてないから」
「もし知られてしまったとしても、彼女ならあなたを受け入れると思いますよ。後は自身と勇気を持つだけです。頑張って下さいね」
「あう……あう……!」
わかりやすすぎるラガルのチョロ男っぷりに、ベアード神父もほっこりしている。
小学生の恋愛事情を見ているような感覚になるもんな、わかるよ。
言うて私の下心と邪心に満ちたカプ推しオタクの視線とは違う全くの別物で、ベアード神父が向ける視線は子供を見守る優しいお父さんのような父性に満ちたものであるが。
ラガルの機嫌も直った……というか別の意味で沈黙してしまった所で、ふと、ある事が気になったので聞いてみることにした。
「神父様。そういえばシスター・ヘレンにお話があったとおっしゃってましたが、差し支えなければどのような内容だったのかお聞きしても?」
「ええ、構いませんよ。とは言っても、聖女殿から彼女とも話をしたと聞きましたので、その事について質問をしただけなのですがね」
「ああ、シスター・ヘレン本人からも聞きましたね、それ。何を話したかまでは聞く暇無かったんで、内容までは分かりませんけども」
「そうでしたか。簡単に言えば、聖女殿の元で働かないかと誘いを受けたのだそうです。彼女の努力と献身が実を結んだ結果です、喜ばしいことですよ」
「ア!? あー……そうなんすねぇ……」
やはりと言うべきか、聖女はヘレンを勧誘していたらしい。若干予想はしていたとはいえ、驚いてつい大きな声を出してしまったが、有名な聖女様から直々にスカウトを受けたという話を聞いて驚かない方が珍しいので、特に怪しまれることは無かった。
ベアード神父は続けて、意外な事を口にする。
「ですが、彼女はその返答を保留にしました」
「へ? そうなんですか?」
「聖女殿はその理由を知りたがっていましたね。視察の際に彼女と面談を行った事を話題の種に出したら、何か思い当たることはないのか質問をされまして。私自身気になったものですから、バラットを出る前に彼女の話を聞いてみようと思ったのです」
「聞き出せましたか?」
「どうやら最近友人が出来たらしく、彼女と離れたくないのだとか。先日の件で落ち込んでいる時に慰めてくれたのがきっかけで仲良くなった、と嬉しそうに語っていました」
「あぁー……」
十中八九、その「友人」とやらはセレナのことだろう。
うん、まあ友人ではあると思うよ。セレナもヘレンにめっちゃ懐いているようだったし。
でも「友人」の人は「人外」の人なんだよなぁ……。
セレヘレが好きなカプ推しオタクとしては「グヘヘ最高じゃねえか!」という気持ちだが、この世界の人々にとってセレナは、本能的に嫌悪する宙族だ。狂信者認定されてもおかしくない。
しかもヘレン本人がセレナをただの魔物だと勘違いしているのが厄介だ。
「些か私情が入りすぎていますが、年頃の少女らしい悩みで安心しましたよ。彼女は頑張りすぎる性格な上に、無理に大人びた振る舞いをしようとするきらいがありましたから」
「そ、そっすね……。まあ、こういった問題は本人がちゃんと答えを出さないといけない問題ですから、深掘りするのはこう、ちょっとね?」
「私も同意見です。ですから、聖女殿には私から時間を与えて下さるよう頼んでおくから、ゆっくり考えて、後悔の無い選択をするようにとだけ伝えました」
私は単純にセレナの存在が明るみに出ないように深く追求しないでほしいという意図で発言したのだが、ベアード神父はそうは捉えず、年上の意見として受け止めたようだ。
しっかし勘違いとはいえ、私の発言に対する返答が包容力と父性に溢れてるんよ。お父さんじゃん。ゲーム内でもやってたムーヴだよこれ。私の父親もこういう人だったら良かったのになぁ……。
ご清覧いただきありがとうございました!
また……寝落ちしました……!
言い訳させて下さい。私気圧病持ちなんです。最近は気圧のせいもありますが、そこに季節的なものも相まって日がな一日眠気に襲われている状態なんです。24時間眠れます状態なんです。
申し訳ありませんでした……。
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