117 「違和感」と書いて「かいしゃくちがい」と読む
手伝えることが無くて隅っこで小さくなっていたラガルには、とりあえずルイちゃん達が纏めてくれた必要な物リストをユリストさんに届けてもらうというお使い任務を任せることにして、終わり次第私の所に戻ってくるように伝えた。
いやほら……何もしないのに作業場に居座られても、作業者としては困るしね……。
私は後々この場を離れないといけないので、お腹の具合が悪そうな所申し訳無いが、私が居なくなった後のためにおじいちゃん神父様に現状と基本的な行動方針を共有しておくことにした。
ルイちゃんにちょっとだけ席を外すと伝えて、調剤室から出ておじいちゃん神父様を探す。誰かしら居るだろうと思って礼拝堂を覗いてみると、シスターさんではなく、不安げな様子を隠そうともせずおろおろとうろついているおじいちゃん神父様が居た。「おお、主よ……」と小さく呟いているのが何とも敬虔な信者らしい。
そんな彼を捕まえて、「後々私はローズブレイド家と合流する手はずなので」と口にした瞬間のおじいちゃん神父様の顔といったら。
この教会大丈夫か……? 私居なくなった後にリーダーシップ取ってくれる人いるのか……?
若干不安に思いつつも用件を伝えていると、礼拝堂に誰かが入って来た音がした。
一般人が出入りする大扉が開いたので、もしかしたら一般の方かと思った私は、ついそちらの方に視線を向けた。それはおじいちゃん神父様も同じだったらしく、ほぼ私と同じタイミングで大扉に視線を向けた。
「お、おお! ベアード神父殿! すでに王都へ戻られたのかと……!」
「やあ、ムトン神父。シスター・ヘレンに用事が――ああ、こちらの方とお話中でしたか?」
熊おじだーーーーーッ!!
予想だにしていなかった人物の登場に、私は内心黄色い声を上げた。
プレイアブルキャラ且つ人を導く事に長け、慣れている。どんな時でも落ち着いている冷静さもある。ついでに戦闘能力もある。
それにヘレンみたいな余程の事が無きゃ、プレイアブルキャラだし死なんやろ! 協力してもらえるなら安心してこの場を任せられるぞ!
そんな下心マシマシな私の内心を知らないベアード神父は、私の顔を見てすぐに思い出してくれたらしく、羽織っていたコートを脱ぎ畳みながら声をかけてくれた。
「貴女は確か、この間の方々ですね。本日はどのような用件で?」
「個人的にお話したいことは山ほどあるのですが、大変残念ながら、今はローズブレイド家の使いとして来ております」
「おや、そうでしたか。引き留めてしまって申し訳無い、どうぞ話の続きを――」
「いえ、此度はベアード神父様にもご協力願いたい案件でして」
仕事中モードに切り替わっているせいで若干堅苦しい口調になってしまっているのだが、そのおかげですぐに異変に気付いてくれたらしい。ニコニコと穏やかな微笑を浮かべていたベアード神父だったが、ふと神妙な顔つきになった。
おじいちゃん神父様ことムトンさんは、ベアード神父が力になってくれるのだと信じ切っている様子で、期待に満ちた眼差しでベアード神父を見つめている。
うん、わかるよ、頼もしいもんね。私も正直すっごい期待しているよ。
「何やら慌ただしい様子だとは思いましたが、何があったのですか?」
「宙族の侵攻が目の前に迫っています」
単刀直入に、完結にそう伝えると、当然ベアード神父はわずかに驚いた様子を見せる。しかし、彼はすぐにいつもの穏やかな微笑みを浮かべると、普段通りの声色で問いかけてきた。
「午前中に聖女殿とお会いしておりましたが、彼女は何も言っていませんでしたよ。これまで宙族の出現を幾度も預言されていた聖女殿が何も言わなかったということは、宙族の出現というのは何かの間違いなのではないでしょうか?」
「彼女は既に宙族の出現を予見していますよ。我々がその情報を入手したのは、聖女に非常に近しい関係者からです」
そう答えた私の言葉に、ベアード神父は今度こそ確かな動揺を見せた。
というかベアード神父も聖女に会ってたの? 単に教会関係者だからか、それとも何か考えがあるのか……いや聖女が何考えているのか全然分からんし予想も出来ない。
「宙族ではなく、魔物という可能性は?」
「ありません」
個人的にはそうあってほしいし、この目で確認していないので確定情報という訳ではないが、説得力を持たせるために即答する。
そして、ちょっと意地悪というか、性格の悪い誘導を仕掛けてみる。
「情報源が預言だとしましょう。ならば、どうして聖女は現時点で情報を共有しない? ネッカーマ伯爵の私兵騎士団や近隣都市の騎士団と協力すれば、もっと確実に被害を抑えられると普通なら思うじゃないですか。何なら、彼女と会っていたベアード神父様やシスター・ヘレンにだって伝える事も出来ました。そうしないということは、余程の実力者だから余裕ぶっているからか、あるいは……人に言えない理由があるか、だと思いませんか?」
宙族という脅威が現れる事を知っているのに伝えない、という事実に不信感を抱かせるような話題をあえて出す。
人にヘイトを向けるような語り口は正直気分が良くないので好きじゃないが、宙族案件に懐疑的なベアード神父を味方にするためだ。使えるものなら何でも使うのが私のポリシーだ。
しかし私の予想に反して、ベアード神父は首を横に振った。
「確かに、その通りです。ですが私達に伝えなかった理由は、人々の混乱を招かぬよう、秘密裏に行動されていたからではないでしょうか。あるいは、他者に伝えるほどのことでもない、ということではないかと」
彼の返答を聞いて、ふと違和感を覚える。
ベアード神父がこんなこと言うのだろうか、と。解釈違いを感じたのだ。
確かに敬虔な信徒であるベアード神父なら言いそうな事ではある。
が、それ以上に、危機が迫っている状況ならば自ら立ち上がり、人々と力を合わせ立ち向かう選択をするはずなのだ。だって、ゲーム内で主人公の仲間になったきっかけが、宙族という脅威に立ち向かう主人公の力になるためだったのだから。
コートの下の抱っこ紐の中で、ヘーゼルが小さく「おや?」と呟いた。その声は寒がりな私が厚手のコートを選んでいたおかげか、幸いにもベアード神父やムトンさんには聞こえなかったようだ。
不意に、隣に居たモズが動く。
急にどうしたのかと思ったが、モズはベアード神父の前に立つと、私やムトンさんが声をかけるより早くぴょいんとジャンプして、ベアード神父の顔に向けてぱちんと猫騙しを繰り出した。
急なモズの奇行に、ベアード神父とムトンさんはきょとんとした表情のまま固まった。
私はと言うと、当然謎の奇行に混乱したのだが、条件反射的にモズをベアード神父から引き剥がし、モズへの叱責とベアード神父への謝罪を口にしていた。
「ちょっと何やってんのモズ!? すみません普段こんなことするような子じゃないんですけども!」
「い、いえ、少々驚いただけですから」
ベアード神父は目をぱちくりさせていたが、突然の失礼なモズの行動を本当に気にしていないらしく、むしろ優しく微笑むとモズと目線を合わせるためにしゃがみ、穏やかな口調で声をかけた。
「急にどうしたんだい? 何か聞いて欲しい事があったのかい?」
「別に」
「おン前はまずは謝りなさい!」
「おいは悪くないけん。おんちゃんが妙ちきりんになっちょったから、話進まんし、起こしただけじゃ」
「まあまあ、子供のすることですからの」
頭を下げさせようとしたものの、珍しく反抗的なモズは「自分は悪くない」と主張する。ムトンさんが困ったように私を諫めるものだから、とりあえずこの場ではあまり強くは言わないでおくが、後できっちり説教をせねばならないだろう。
しかし、ベアード神父が「妙ちきりんになってた」とは一体どういう意味だろうか。
「言われてみれば、何となく頭がスッキリしたような……暖かい室内に入ったから、少し眠気が来てしまっていたのかもしれませんね。いやはやお恥ずかしい。ええと、何の話をしていたんでしたっけ」
「おんちゃんもねえちゃんを手伝え」
「言葉遣い!」
「ああ、そうでしたね」
ベアード神父はぼんやりしていた自覚があるのか、少し気恥ずかしそうにしつつも言葉を続ける。
「私で良ければ力になりましょう。宙族の侵攻が迫っている今、皆の力を合わせ危機を乗り越えねばなりませんからね」
「へっ?」
「ローズブレイド家からの指示はありますか?」
「あっいやその現状現場任せなんで今すぐ何しろっていうのは無いんですけどもえっとその」
突然の意見の掌返しに、先程のモズの奇行の動揺と合わさって思いっきり素が出てしまう。
いやさっきまであなた保守的な意見言ってませんでした!? どうしたいきなり!? ほら隣のムトンさんも見てみろよ、指示と責任を丸投げできる人が出来た喜び半分意見の180度回転への困惑半分って顔してるぞ!?
モズが何かしたのは間違いないだろうけど、ぶっちゃけスペルを使った様子なんて一切無かったし、協力してくれるのは正直こちらにとって都合が良い。
だとしても一体何したのモズは! こんなに綺麗な掌ドリル久々に見たしそうそう見られるモンじゃねえぞ!?
「支配……魅惑……? いや、ちょっと違うなぁ……」
ヘーゼルが何やらブツブツ呟いていた気がするが、この時の私はそれをしっかり聞いていなかったのだった。
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