115 解釈が広がると幸せも広がる
ヘレンが何とかセレナを宥めここで待っているよう説得している最中、私はこっそりとモズに周囲の状況を確認してもらう。ディープワンが集まっているのは港の方だと聞いたが、もしかしたら他の所にも居るかもしれないからだ。
モズはかなりセレナを気にしているようだったが、私の言う通りぐるりと周囲を見渡し――とある一点を見て、少しだけ動きが止まった。
「居る?」
「うんにゃ……」
珍しく口ごもるモズ。それは何かを隠そうとかそういうものではなくて、どう表現するか迷っているような、そんな印象を受けた。
「何か変だなって思った事があったら教えて」
「……なんか、変なのおる」
「変なの?」
「そいつと似ったの」
そう言って、モズは私の襟ぐりから顔を出していたヘーゼルを指差す。ヘーゼルはまさか自分に話を振られるとは思っていなかったようで、数秒目をぱちくりとさせてきょとんとしてから、こてんと首を傾げた。
一応、近くにヘレンが居るから彼に人語で会話してもらうのはNGだ。詳しいことを聞きたい所だが、この場では無理だろう。
私はモズが見ていた方向をもう一度見る。私達から見て、教会とは反対方向にある崖だ。誰かが立てるような足場があるようには見えないし、ヤギか鳥でもなければ下の岩場にも降りられない程に切り立っている。
「……こっち見てる?」
「うんにゃ。見とらん」
もしかしたら監視か何かかとも思ったが、こちらに注意を払っていないということは、関係無い通りすがりの何かという可能性がある。
ヘーゼルに似た存在というのは気になるが、とりあえず後回しでいいと判断することにした。
「んじゃ現状放置でいいや。他には?」
「普通の生き物だけじゃ」
「オッケーありがと」
周囲の確認が終わった所でヘレンの説得も終わったらしく、いつの間にか私の隣から彼女の隣に移動していたユリストさんに手を引かれて私達の元へとやってきた。ユリストさんのホックホクな笑顔が眩しい。推しカプの原液キメてハッピーハッピーハッピーになっているんだろう。
ヘレンは空いている方の手でユリストさんから借りたのだろうか、おおよそ一般的なシスターが持っていそうにないきめ細やかな美しい刺繍の入ったハンカチを持っていて、顔や体についた粘液を拭っていた。
いや、その……大変申し訳ないんですけども……エッッッッッロ……。
年の割にやや大人びたあらあら系お姉さんの顔立ちにプラスして、シスター服で隠しきれない発育が良すぎる違法熟女ボディ、そしてそれを汚す粘度の高い粘液。
これ見る人が見ればドスケベな薄い本のやつじゃないですか!! スッケベ!!
いや全身粘液でベッチョベチョという訳じゃなくて、ハンカチ一枚で拭い取れる程度にしか粘液も付いていないけど、だとしてもこう……スケベを摂取し続けたオタクは条件反射的にそっちの方に思考が行ってしまうもので。
そもそもセレナの触手に触れられた結果粘液が付いたってのが大変エッチなわけで。
かの鉄棒ぬらぬらこと葛飾北斎だってタコと女性の春画を描いているんやぞ! そういう方向に思考が向いたって仕方ないやないかい!
というかユリストさんそういうエッチなセレヘレの絵とか描かないんですか。いやユリストさんはスケベというより百合カプがイチャついている所の方が好きだから描かないんだけども、もしかしたら表に出していないだけであるかもしれないじゃないですか。あるなら見せて。無いなら描いて。
私が推しカプのスケベに貪欲すぎる自覚はある。
「お待たせして申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ友人との快談を邪魔してしまって申し訳ありませんでした」
粘液を拭き取り終えたのを見計らって、ユリストさんが「失礼しますね!」と手をかざし、小さくスペルの詠唱を唱える。風属性のスペルだろうか、ぶわっとヘレンの服が膨らんだかと思ったら、粘液や海水が染みて湿っていた部分が乾燥していた。若干白っぽくなってしまっている所があるが、これは洗濯すれば落ちるだろう。……多分。
「汚れは目立ってしまいますけど、濡れたままだと風邪を引いちゃいますからね!」
「まあ、ありがとうございます」
「ではこちらへどうぞ、足下にご注意を」
「ヘレン様! 私がエスコートいたしますよぅ!」
ヘレンはハンカチをユリストさんに返し、再び手を取ろうとして――一度、セレナの方を見る。
セレナはどこか名残惜しそうにヘレンを見つめている。その姿はヘレンには見えないのだが、視線を感じたのだろうか。
ヘレンは手を動かし、手話で彼女にだけ何かを伝える。何となく、セレナの体色がちょっぴり鮮やかな青色になった気がした。
そしてヘレンはユリストさんの手を取り、私達と共にルイちゃん達が待っている浜辺へと向かった。
帰り道は特に何事も無く、無事私達はルイちゃん達と合流したのだが……ぎ、ギクシャクしてるぅ~~~~~!!
ラガルはヘレンの姿を確認した瞬間からばつが悪そうに俯いてしまったし、ヘレンは最初気が付かなかったようだが、私が二人に声をかけたときにうっかりラガルの名前を口に出してしまったので気付いてしまい、表情に陰りを見せる。そしてこの何とも言えない大変気まずい雰囲気に、ルイちゃんはおろおろと狼狽えつつもひとまず先日の事を謝罪し始めた。
そりゃ真正面から「アンタ嫌い!」って言った側と言われた側が顔合わせりゃそりゃそうなるわ!
言うて状況が状況だから我慢してもらうしかない。万が一に備えて、ヘレンを保護せにゃならんのだ。
ラガルが助けを求めるかのようにルイちゃんを見て、しかしそのルイちゃんが何やらヘレンと話しているので邪魔することも出来ず、私に視線を向けてくる。
ルイちゃんの次くらいには頼られてるんだという事実に若干嬉しさがこみ上げてきたが、残念ながら私はルイちゃんみたいに優しくはない。口パクで「我慢しろ」と言ってやると、絶望したように元々白い顔が更に白くなった。
幸いにも、教会へ向かっている間にルイちゃんがヘレンに色々と話しかけてくれていたおかげか、この二人の雰囲気はそこまで悪くないようだった。
重苦しい雰囲気を何とかしようとルイちゃんがヘレンに話しかけていたのが気になったので、それとなく二人の会話に耳を傾けていたのだが、最初に「魔物のお友達がいるって聞きましたけど、どんな子なんですか?」とルイちゃんの方から話しかけ、ヘレンがセレナの事を話し始めたのでルイちゃんが聞き役になり、時折具体的な相槌を打ったり話題を広げるような質問をする等して、そうして話している内にヘレンが打ち解けていったという感じだった。
いやコミュ力。流石はラガルに懐かれるルイちゃんだぜ……!
好きなものや人の事を話していると自然と幸せな気分になるし、それに引きずられて沈んだ気持ちも明るくなっていくものだ。それにルイちゃんが相槌や質問をする時に私やユリストさんの名前こそ出しても、ハッキリ言って不仲と言えるだろうラガルの名前を出さなかったのも大きい。
あと、年の近い同性同士、話しやすいということもあったのだろう。シスター的な振る舞いや外見からかなり大人びた印象のあるヘレンだが、その実精神面は年相応の女の子だ。明らかに社会人の振るまいをする私や、貴族という違いすぎる立場のユリストさんより、一般人という身近で取っつきやすいルイちゃんに心を開くのは当然だろう。教会に着く頃には、ルイちゃんと話す時だと、口調もシスターやっている時よりちょっと砕けたものになっていた。
時折ユリストさんも二人の会話に混ざっていたが、時折顎を揉みながら「なるほどね?」みたいな顔をしていて、途中から完全にルイちゃんとヘレンが仲良く会話している様子をブッダのようなアルカイックスマイルで見守る体勢に入っていた。
いやあんた相手固定派じゃないんかい。いや、相手固定「気味」って程度で相手完全固定じゃないからいいのか? それとも二人の会話を聞いて新たな解釈を開拓して許容できるようになったのか?
どちらにせよ、幸せそうだから良いか。
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