114 咲かせてください百合の花
教会近くで馬車から降ろしてもらった私達は、早速先日ヘレンとセレナを見かけた浜辺の岩場へと向かう。
とはいえ、一応確認するだけなので、ルイちゃんとラガルには待っててもらうことにした。
ラガルが行きたがらなかったというのもあるが、万が一セレナが居たら、ルイちゃんとラガルにSANチェック入っちゃうからね……。念には念を入れて、だ。
私が異世界人故に宙族アレルギーの感覚が分からない以上、下手に私の行動に付き合わせたら、うっかりメンタルをおろし金ですりおろしてしまいかねない。
数日前にも来た岩場に到着したが、波の音と海風の音しか聞こえない。誰かが居ても分からない状態だった。
前の時は、今目の前に見える大きな岩の向こう側にヘレンとセレナが居たはずだ。向こう側を確認する前に、一応モズに確認をとる。
「モズ、セレナいる?」
「おる」
「ッシャ!」
モズの言葉に、ユリストさんが淑女らしかぬガッツポーズを取る。前世出てますよ。
「他に誰かいる?」
「この前の女がおる」
「ッシャア!!」
「女て、身も蓋も無い……。というかユリストさん。前世、前世前面に出過ぎですよ」
「あらやだ。僕は今可愛い女の子、小型犬系令嬢。よし、スイッチ切り替わりましたよぅ!」
「小型犬じゃなくてシベハスのそれなんだよなぁ」
「せめてポンスキーって言って下さい!」
どっからどう考えてもきゅるきゅる可愛いポンスキーじゃなくて、アホの子感のあるシベリアンハスキーにしか思えないが、とりあえずお口をチャックして余計な事は言わないでおいた。
濡れている上に足場の悪く、うっかりしていたら間違いなく転ぶだろう岩場を慎重に進み、ようやく二人の姿を目にする。
何を話しているのかは聞き取れないが、ヘレンは先日の落ち込んだ様子からはうって変わって機嫌が良さそうで、何やら嬉しそうにセレナに話していて、その内容を分かっているのかいないのか、セレナは静かに耳を傾けている。ヘレンが立ち直ってくれているようで何よりである。
私達の存在に気付いたセレナが、その巨体をかがめて触手の髪をヘレンの周りに垂らし、いくつかは威嚇するように持ち上げる。ヘレンには心を許したものの、流石に初対面の私達には警戒しているのだろう。
私はセレナを刺激しないように、最低限ヘレンに聞こえる程度の声量で声をかけた。
「アルバーテル教会のシスター・ヘレンですね?」
セレナは相変わらず警戒するように、本来群青色の部分の色をやや紫っぽく変色させて、更に触手を広げヘレンを守るように両腕で壁を作ったが、ヘレン本人はきょとんとした様子で私達の事を一切警戒していない様子だった。
「ええ、そうですが……ああ、この間の」
「はい! ネッカーマ伯爵の娘、ユリスト・ネッカーマと申します!」
ユリストさんが嬉しそうに元気よく返事を返す。そりゃそうだ、推しと話してるんだもんな。私は流石に慣れちゃったから今でこそ普通に推しであるルイちゃんと会話出来るけど、多分ウォルターに出会ったら大興奮待ったなしでユリストさんみたいな状態になる地震があるぞ。
私も「ローズブレイド家の使いとして来ました」と言おうとしたのだが、ユリストさんの声に驚いたのか、それとも別の理由があるのかは分からないが、急にセレナの体表が鮮やかな赤紫色に染まった。
波打つように濃淡が変化し、白い反転がポツポツと浮かび上がっている。
これは、アレだ。ゲーム内で見た事がある。
完全に興奮状態にあるやつだ。今回に関しては、明らかに敵対心を抱いているという悪い意味で。
「おぅあ!? おおお、落ち着いて、落ち着いて……敵意は無いから、な……!」
「ごごごごめんなさぁい! 驚かすつもりは無かったんですよぅ!」
明らかな敵意に、私達は全員動揺する。私は敵意を見せてきたことに純粋にビビり、ユリストさんは推しを怒らせてしまったという事実に耳を伏せ即座に謝罪し、モズはセレナから目を離さず戦闘態勢を取っているものの怯えた表情で……えっモズが怖がってる!? あのオールウェイズ無表情のモズが!? 腰に差した刀に手付けて鯉口まで切ってるけど、その手がガッタガタ震えてるだと!?
まさかのモズが恐怖を感じているらしい状態に私は内心パニクったが、隣で慌てて謝罪するユリストさんの態度が完全に平常運転だったおかげで、何とか冷静さを取り戻し、とりあえずモズを抱き寄せて全力で頭と背中を撫で回しポンポンしまくって落ち着かせることが出来た。
……多分この人、転生前から推しに狂っているという、実質内容フェティッシュの長期の一時的狂気状態だから、今更追加SANチェック受けたところで発狂中故に別の狂気が発症する訳でもないし、何ならセレナ相手ならSANチェックが入らないまであるぞ。
「まあ、ごめんなさい。セレナは体が大きいですから、いきなり動いて驚いたでしょう? ですが人の言葉を理解する賢い子ですから、安心して下さい」
ヘレンは何が起こっているのか分からない様子だったが、私達がビビり散らかした原因がセレナが動いたからだと解釈したらしい。
彼女を落ち着かせるためか、近くの触手を撫でる。ぬちょぉっと粘液が糸を引いたが気にしている様子はない。そんな光景を隣のユリストさんがガン見している。口には出していないが、脳内で何を考えているのかは容易に想像が付く。顔に全部出てるもの。
ユリストさん、完全に今カプ推しオタクの顔になってますよ。スイッチ切り替えたんじゃないんですか。セレナが若干引いてる顔してるような気がするんですけども。
セレナはいくつかの触手でヘレンの手を握ると、手話だろうか、彼女の指や手を動かし始める。ヘレンもそれをすぐに察したようで、「少しお待ちください、何か伝えたいことがあるみたいです」と彼女の言葉に耳を傾けた。
待って待って待ってそれ昔私が書いたセレヘレでやったネタなんですけど!? シチュエーションも話している内容も全然違うけどそれ私の解釈だと「この二人ならやってもおかしくない、というか絶対やるな」って思っていたからこそ主軸に置いて書いてた行動なんですぅ~~~~~~公式で触手話会話するセレヘレありがとうございます!! ありがとうございます!! SAN値が6D10回復しました!!
ユリストさんがいきなり膝から崩れ落ちそうになったので慌てて支えたが、実に幸せそうな穏やかな気絶顔を晒していた。ついでに涎と鼻血がつつーっと垂れた。
いや気絶しないで! 起きて!
セレヘレ推しがこのセレヘレの原液を摂取しなくてどうするんだよぉーッ!!
尚、ユリストさんを支えるためにほっぽり出してしまったモズは、私達の奇行等々で緊張が嫌でも解けて平常運転に戻れたらしく、チベットスナギツネのような視線で私達を見ていた。
「あなた方が信用に足る人物か判断が付かなかったみたいです。ところで、誰かふらついたようでしたが……」
「ああいやちょっと立ちくらみが起きたみたいで。ほら起きて早く起きて」
「――ハッ。何だかとても幸せな幻覚を見ていたような……」
「公式だよ早よ起きて」
何とか腕の中のユリストさんを叩き起こして自分の足で立ってもらい、私は一瞬忘れかけていた本来の目的を果たすべく話し始めた。
「少々色々とありましたが、本題に入りますね。単刀直入に申し上げますと、現在、宙族のディープワンがこのバラット近辺に集まっていて、いつバラットに侵攻してきてもおかしくない状況です。私はローズブレイド家の使いとして、アルバーテル教会に協力を要請しに来ました」
「このバラットを治めるネッカーマ家からもお願いしたいのです! 特にヘレン様は素晴らしい治癒術師! 何卒ご助力を!」
私達の言葉に、ヘレンは酷く動揺した様子を見せた。
まあ、当然だろう。いきなり「近くに宙族が居ていつ襲ってきてもおかしくないよ」と言われたら、この世界の人なら当然の反応だ。
しかし、ヘレン曰く人の言葉を理解しているらしいセレナは、私の言っている事の意味がイマイチよく分かっていないらしい。気にはなっているようだが、それより狼狽えているヘレンが心配なのか、わたわたと触手を忙しなく右往左往させている。
「ちゅ、宙族ですって……!? どうしてそんな事が……!」
「少々特殊な事情から、聖女に近しい人物から情報を入手しました。聖女が現在バラットに滞在しているようですが、その理由は、宙族の出現を察知したからかと」
返答してから気付いたが、ヘレンは何故ディープワンが出現したのか、その原因を聞きたかったのかもしれない。
しかしその真意を知る前に、新たな疑問にヘレンは更に困惑したようだった。
「聖女様が? ですが、そんなこと一言も……」
「お会いになられたんですか?」
「え、ええ。少し前まで、聖女様とお話する機会をいただいておりまして……」
なるほど。私達がティーブレイクを挟む前に一度アルバーテル教会に立ち寄っていたが、その時に不在だったのは、聖女と会っていたからだったらしい。
……何か嫌な予感しかしねえなぁ!? 仲間に引き入れようとか考えてたのかな……。
色々と気になる事はあるが、とりあえず、それは横に置いて寝かせておく。今はやるべき事がある。
「……ともかく、今は一刻の猶予もありません。我々と共にアルバーテル教会へ来ていただけませんか?」
「ええ、もちろんで――ああ、その……」
ヘレンは即答しかけたが、何か思い出したのかすぐに言い淀む。
数秒逡巡した後、ヘレンは再び口を開く。
「この子も一緒に連れてってはもらえませんか? セレナは怪我が治ったばかりでまだ体が弱っているでしょうし、何より、私の友達ですから……」
「あぇー……っと、それはー……」
いや無理でしょ。
とは言えない。だってこの様子から察するに、ヘレンはセレナが宙族だと一切気付いていないのだから。
だからといって、ゲーム内でセレナを見たキャラクター達の描写や、普段冷静沈着なモズが軽く威嚇されただけで恐慌状態に陥っていた事を考えると、セレナを連れていったらそれこそ阿鼻叫喚の地獄絵図になりかねない。ユリストさんは例外。
どう答えたらいいものか、と私が返答に困っていると、ユリストさんが代わりに答えてくれた。
「セレナ様は大きさ的に、教会内には入れないと思います……」
「そう、ですよね……」
「ですので! すぐに来られるここで待っていてもらいましょう! 他の人が見たら驚いちゃうと思うので、少しの間だけ、セレナ様には隠れていてもらいましょう? 大丈夫、何かあったら水柱を上げてもらうとか、何か合図を送ってもらえばいいんですよぅ!」
ユリストさんはそう言いつつ、私に一度ウインクをする。クッソ、中身オッサンなのにガワが美少女だから様になる……! とはいえ私より精神年齢が年上だからこそ、こうやって年の功から来る柔軟な対応をしてくれるのは素直に有り難い。
彼女の言葉にヘレンも納得したらしく、「分かりました」と頷いた。
しかし、そうはいかなかったのがセレナだった。
どうやら今度は会話の内容をしっかり理解していたようで、ヘレンと離れるのが嫌だったのか、両手でヘレンを抱き上げると、私達に連れて行かれまいとそのまま持ち上げてしまったのだ。
あぁ~!! セレヘレの体格差だからこそ出来る相手をハムスターの如く抱き上げる行為~!!
いやそうじゃなくて! 冷静になれ私。
そして先程のように触手話でヘレンに何かを伝える。
手話に関しては一切の知識が無いから何を言っているのか全っ然わからん……! ヘレンがちょっと困ったような表情をしているから、そういう表情をさせるような事を言っているのだろうという事しか分からん。
「ええと……私を騙して連れて行こうとしているかも、と思ってしまっているみたいです」
「しませんしません! そんなこと絶対にしませんよぅ! 推しの嫌がる事をするのはオタクの恥ですし、私はヘレン様とセレナ様にいつまでも二人仲良く百合の花を咲かせててほしいですから!!」
「正論だけど言葉選びな!? まあでも――」
オタクが聞けば十中八九「オタ隠ししな!?」とツッコミをいれるだろう発現だが、一般人から聞けばよく分からん単語混じりで首を傾げそうな言葉に、オタクである私は当然ツッコミを入れる。
しかし、ユリストさんの言っている事は一から十まで同意しかない。
「立場云々とか関係無しに、我々は一目見た時から、あなた方二人のファンなのですよ。好きな人に悪意を向けるなんて、普通はしませんよ」
私達の言葉に、セレナはもし喋れたら「本当かなぁ……」とでも言ってそうな表情をしていたが、ヘレンが「ほら、こう言っているでしょう?」と説得してくれたおかげで、しぶしぶといった様子ではあるがヘレンを下ろしてくれたのだった。
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