113 水着イベントの季節じゃない
「私達も行きましょう! アルバーテル教会は通り道ですし、領主の娘である私が着いて行った方が話が早いですから、そこまでは一緒に行きますよぅ! ヘイタクシー!」
そう言ったおれはやるぜ状態のユリストさん主導でタクシー、もとい辻馬車を広い、私達はアルバーテル教会へと向かった。
ダニエル女公爵から預かった指輪は無くすのが怖すぎたので、辻馬車が出発した時点でモズに渡し、アイテムボックスに入れて保存してもらうことにした。これでモズが死ぬような事態が起きたりしない限り、絶対に無くならない。
私の【記憶】領域に収納しても良かったのだが、私は一応、ルイちゃん達の前でもアイテムボックスに類似する権能の使い方はしないように、するとしてもバレないようにやっているので今回はやめておいた。
ルイちゃんは宙族案件だからか落ち着きが無くソワソワしているし、私は突如発生したアルバーテル教会への交渉という特大イベントに緊張しまくって戦々恐々としてしまっているし、ラガルは疲れたようにあらぬ方向を見ているし、ユリストさんはファンタジー作品らしい特大戦闘イベントに興奮しているのかおれはやるぜなテンションになっている。
ユリストさん以外が沈んだ雰囲気の中、平常運転なのはモズとヘーゼルのみなのだが、残念ながらモズはそもそもあまり喋らないし、訳知りのユリストさん以外にもルイちゃんとラガルが居るのでヘーゼルもそのよく回る口を披露することが出来ない。
馬車が走る音以外何も聞こえない中、海が近づいてきた時に、ラガルがぽつりと独りごちる。
「……ん? 海に何か――」
そんなぼやきが聞こえて、全員が注意がそちらに向いた瞬間。
「――ああぁッ!!」
「うわビックリした! 何いきなり叫んで」
窓から外の景色を見ていたらしいラガルだったが、急に叫び声を上げて勢い良く上半身を反らして窓から顔を離したかと思ったら、そのままの勢いで隣に座っていたルイちゃんに抱きついた。
まるで恐ろしいものでも見た幼い子供のようにガッシリとルイちゃんにしがみつき、顔を彼女のうなじ辺りに埋めている。ルイちゃんはラガルの悲鳴の大きさに驚いて数秒固まっていたけれど、すぐにラガルの背中に手を回し落ち着かせるために優しく擦った。
ラガルイありがとうございます!
右隣に座っていたユリストさんが「一瞬体が大きいだけのショタに見えた……」と小さく呟いたのが聞こえ、左隣のモズが真似するように私に抱きついてきた。
……最近モズが私に抱きついてくることが多くなったように思うんだけど、もしかしなくてもラガルの影響受けてない?
「あ、アレ! あのでっかいやつが居た!」
「いや語彙が少なすぎて分からんて。海に何かいんの? クジラか何か?」
「違う!! この前アンタ達と見たやつだ!」
「あー、セレナのことか」
少ない語彙ながらも、ラガルと一緒に見たもの、そして海というキーワードは、その正体を特定させるには充分だった。
私とユリストさんが海が見える側の窓を同時に覗き込み、遅れてモズもそうする。
私とユリストさんには冬特有の暗い色をした、結構波が立っている荒れた海にしか見えなかったが、鑑定眼持ちのモズには見えたのか「おる」とだけ呟いた。
「セレナって? 誰か知り合いの人が居たの?」
「ああいや、人じゃなくて……あー、でっかい魔物みたいなもんだよ。それの名前」
ルイちゃんはセレンの事を知らない。当然の質問をしてきたので、彼女が人魚であることを伏せて伝える。
ただのデカいイカ人魚のセレナくらいでビビるなんて、と一瞬思ったが、そりゃあ何気なく海を見ていたら偶然冒涜的な何かを見てしまったら、そりゃ悲鳴も上げるだろうとすぐに思い直す。
私だってもし海を見ている最中にUMAのヒトガタ(またはニンゲン)を目撃したら、ビビリはしないながらも驚いて声を上げると思うし。
「またヘレンに会いに来たんじゃね? なら平気だって。あの時だって割と友好的だった――」
そこまで言いかけて、ふと、セレナについて重要な事を思い出した。
セレナが初登場したのは、夏のイベントでのことだった。
そう、夏である。冬じゃない。
ついでに言えば、夏イベの時点でもヘレンと既知の関係というわけでは無かった。
だとしたら――どうしてセレナは、ここに居るんだ?
ルイちゃんがラガルに気を取られている内に、こっそりとユリストさんに耳打ちする。耳の位置がよくある犬系獣人のそれと同じでこめかみより上なので、ちょっと背伸びする必要があった。
「……そういやセレナって、人魚ですよね」
「何今更当然のこと言っているんですかトワさん」
「セレナが登場したイベントってさ、確かディープワンが群れを成してバラットに侵攻してきた、要するにスタンピードが起こったっていう話だった記憶があるんですが」
「言うて夏イベの話ですよ、それ」
「夏イベの話だからこそ冬の今、それに本編が始まる前であるはずの今、セレナがバラットに現れるのっておかしくないです?」
「……確かに!」
ユリストさんの納得した時の声が大きかったせいで、ルイちゃんに気付かれてしまう。
セレナが懐いているのは浜辺に以前会ったシスターさんであり、彼女が移動を開始しているのは、浜辺に彼女がいるのかもしれないという話をしていたとごまかして、私は続ける。
「すっかりジュリアに聞くの忘れてたけど……ねえルイちゃん、宙族が現れるって聞いたけど、何の種類かって聞いてる?」
「ディープワンだって聞いたけど……」
私とユリストさんが、ほぼ同時に天を仰ぐ。恐らくユリストさんも、今現在何が起こっているのか察したのだろう。
別件だったら……良かったのになぁ……!
恐らく今回の宙族案件は、本編の夏イベで起きるはずの、セレナがバラットに来た事によって起きるディープワンのスタンピードだろう。
セレナとスタンピードの因果関係はイベント本編でも明かされていない。ただ、本来共存しているはずの人魚のセレナと暴れたディープワンが敵対していた様子から、ディープワンにも派閥や群れがあって、別派閥であるセレナが縄張りに近づいてきたから警戒心が強まり動きが活性化していたとか、はたまた人魚として声を出せないセレナを迫害していた延長でたまたま主人公一行やバラットの人々が巻き込まれたとか、考察界隈でも様々な意見が飛び交っている。
どれも空想妄想の類いや根拠の無い予想なので、詳しいことは分かって居ない。
夏イベのセレナには仲良くなった描写のあるモブ汎人少女が居るのだが、中にはそんな風に人族と友好的に接したのがいけなかったのかも、なんて解釈をする人も居る。だってその子、ディープワンの混血という事実がイベント後半で明かされたけど、その上でセレナの目の前でディープワンからいたぶり殺されるという展開があったからね……。
というかそうか……あのモブ少女になるはずだった人物の枠が、聖女や私の登場という異常事態のしわ寄せか何かで、ヘレンに置き換わってしまったってことのかぁ……。
元が外伝っちゃあ外伝のイベントだけどさぁ……原作改変……ッ!
尚、ラガルが今現在この場に居る時点で原作改変が起こっている事実からは目を逸らす。
だってしゃーないやん! 推しが目の前で死にかけてるのに見捨てられるやつ居る!? 居ねえよなぁ!?
責任は取るさ。
「すみませーん、教会手前で浜辺に降りられそうな所あったらそこで下ろしてもらえます? そっちの方が都合が良いので……」
私は御者台の小窓を開け、そう御者さんに伝える。ルイちゃんとモズは頭上に疑問符を浮かべていたが、私と同じでARK TALE本編を知っているユリストさんは、私の独断の意図を察した上で共感してくれたようで、すんなり受け入れた。というより、ヘレンに会うのだと察して、不謹慎だとは思いつつも喜んでしまっているようだ。
アルバーテル教会に行く前に、私達はヘレンに会わなければならない。もし教会の方に帰ってきているのだとしたら、浜辺に立ち寄っている可能性だってある。一応確認はしておきたい。
モブ少女の枠がヘレンに置き換わったのだとしたら、彼女はモブ少女のように、ディープワンに殺されてもおかしくないのだから。
ご清覧いただきありがとうございました!
昨日更新出来ずに申し訳ありませんでした。
なんか筆が進まないなー頭ぼんやりするなーと思ってたら、いつの間にか熱が出ておりました……風邪引いてました。
皆さんは……季節の変わり目は風邪に気をつけて下さいね……!
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※追記 2024/11/13
申し訳ありませんが本日の更新はお休みします。
誠に申し訳ありません。
次回更新は11/16です。