112 役割分担
ジュリア達の話し合いは案外早く終わったようで、私達の会話が一段落したところで、馬車からジュリアが下車してきた。何があったのかは分からないが、酷く疲れている様子だった。
てっきり流れ的に、ジュリアに続いて重要参考人とダニエル女公爵も続いて降りてくるものだとばかり思っていたのだが、そんなことは無かった。ジュリアは自分が降りるとそのままドアを閉め、深いため息をついてから私達に向き直った。
ルイちゃんは彼女の精神的に疲弊した様子が気になったのか、すぐに駆け寄って声をかける。若干ばつが悪そうな表情をしているのは、自分も心労をかけた要員の一つだと自覚しているからだろう。
「ジュリアちゃん、お疲れ様」
「ああ……トワ、それにユリスト嬢。恐らく叔母上からある程度の話を聞いているとは思うが……」
「あっもしかして予想的中的なそういうアレです?」
「そういうアレだ」
私のざっくばらんとした問いかけに、そのまんま言葉を引用して返すジュリア。本当、相当疲れているらしい。
普段だったらちゃんと説明とかしてくれるのに……お疲れ様やで……。
「それで、君達……いや、トワというより少年に、ユリスト嬢というよりネッカーマ伯の私兵騎士団に協力して欲しいのだが……」
「ヒョエッ」
「お任せ下さい! ジュリア様の頼みとあらば、例え火の中水の中!」
ジュリアに頼られたからか、ふんすふんすと鼻息荒く返答するユリストさんとは裏腹に、深淵の匂いしかしない案件に無意識に奇声を漏らしてしまう。
やだよ関わりたくないよ! クトゥルフ神話っていうのは小説とかTRPGみたいな空想上の物語として触れるからこそ面白いのであって、実際に経験したくないよ! 基本的に肉体言語じゃまず敵わない相手が殆どな上に、軒並み遭遇するだけで直接メンタルにダイレクトアタックしてくる相手なんてしたくないよ私は! 完全に同一存在というわけじゃないから多少融通が利く所もあるだろうけど、今までのゲーム内描写的に大分寄せてるから結局アウトオブアウト案件です!
クトゥルフ神話知識をそれなりに持っているからこそ声を大にして言うぞ!
関わる! べきでは! 無い!
しかし、そんな私の心の声を何となく察したのか、ジュリアは真剣な顔で私を見据えて言う。
「少しでも戦力が欲しいんだ。頼む」
分かるよ!? すっごい分かる! わかるよー! バラットの危機だもんね! 同じ立場だったら私だってそう言うさ!
でも頼まれる側としてはめっちゃ拒否りたい!!
公爵家直々の要請だとか、都市一つが壊滅的な被害を受けかねない危機だとか、友人の地元だとか、そういう断れない理由は沢山あるけどさぁ!
恐らく端から見たら明らかに挙動不審になっていただろう私の肩を、ユリストさんが掴む。
何故か有無を言わさない圧のようなものを感じ、恐る恐る振り返ってみると、ユリストさんは今まで見たことも無いような清々しいほどの作り笑顔を見せていた。
「トワさんも協力しますよね?」
「えっ」
「公爵令嬢且つ第三騎士団の騎士団長たるジュリア様が頭を下げて言っているんですよ?」
「確かにそうですけども」
「しかも友人である私の家が統治している、このバラットの危機です」
「そっちを後に言うんですね」
「協力、しますよね?」
「いやあのその」
「し ま す よ ね ?」
「アッハイ」
私は案外、押しに弱い。
こんな風に圧をかけられてしまっては断れるものも断れないし、そもそも断りづらい内容なだけに、イエスと答えざるを得なかった。
ま、まあ戦力として求められているのは私じゃなくてモズだから……刻印の影響であんまり私の傍から離れられないから、仕方なく私も現場に行かなきゃいけないだけで……。
当の本人であるモズは、話の内容を理解しているのかいないのか、ルイちゃんにべったりなラガルの真似をして私にひっついているだけで、うんともすんとも言わなかった。
「助かるよ、トワ、ユリスト嬢。……私達は冒険者ギルド、及び近隣の国営騎士団へ協力の要請に向かう。ユリスト嬢はネッカーマ伯へ報告し、住民の避難誘導、及び港へ私兵騎士団を向かわせ警戒態勢を取るよう説得を頼む」
「かしこまりました!」
「トワ、君は岬のアルバーテル教会へ向かい、ネッカーマ伯の私兵騎士団への治癒師派遣と、避難誘導の協力を要請してくれ」
「分かりました……」
流石は現役騎士団長。テキパキと簡潔で分かりやすい指示を出すし、役割分担が出来ている。
「ジュリアちゃん、私達にも出来ることはない?」
「いや、流石に一般市民を巻き込むわけには……」
ルイちゃんには協力してくれなんて言っていなかったから、私もてっきり、ルイちゃんとラガルは避難させるものだと思っていたし、ジュリアはそうするつもりだったらしい。
しかし、ルイちゃんは自ら首を突っ込んできた。
いや、ルイちゃんの性格ならば、何か自分に出来ることがあるならば手助けしたい、と思うのは当然だ。ゲーム本編でもそうだったし、初対面の人を助けたりするわけだし。
「戦闘に関しては確かに足を引っ張っちゃうだろうけど、怪我人の応急手当とか、そういう後方支援は出来るよ」
「しかし……」
ルイちゃん本人が言う通り、治癒ポーションでの応急手当等の衛生兵的立ち回りは戦闘面において重要となる。
しかし衛生兵という立場は、戦闘の渦中にあっても最低限自分の身を守れる程度の能力が無ければならない。戦闘面に関してはゲーム性能的にも正直心許ないルイちゃんにやらせるのは、正直言って最後の手段にしたい。
一応麻痺ポーション等の状態異常を巻いたり、攻撃用の属性ポーション等の攻撃手段なんかもあるものの、所詮一般人に毛が生えた程度。
治癒術が使えるようになるアーティファクトも手に入れたようだが、実際使っていないからどのくらいの効果があるのかも分からない。
私からも「避難した方が良い」と言いくるめようとしたが、馬車の窓が開き、髪色を青から薄青に戻したダニエル女公爵が顔を覗かせた。どうやら、馬車の中から話を聞いていたようだ。
「ルージュ、使えるものなら悪魔でも使えといつも言っているだろう。戦闘となればポーションは必要になる、襲撃が始まるまでに作らせろ」
ジュリアは何か反論しようとしたのか口を開いたものの、すぐに苦々しげに口を閉ざす。多分、意見しても無駄だと悟ったのだろう。
てか悪魔でも使えって。許容範囲が広すぎやしません? だから平民出身のルイちゃんの父親をお抱え薬師に雇ったりしてきたんだろうけども。
世界観的に現代とは違って、基本的には願いに見合う対価を渡せば望みを叶えてくれるだけの存在だけどさぁ……。一口に悪魔と言っても、「基本的に」対等な取引をするだからね。普通に人を意図的に堕落させるような奴もいるんやで……。
ダニエル女公爵はそのまま視線をユリストさんに向けると、質問を投げかける。
「ネッカーマ嬢、バラットで一番調剤施設が整っている場所はどこだ」
「この都市で流通しているポーションは、基本的にアルバーテル教会で作られています。本部からの支援もありますし、恐らくアルバーテル教会が一番設備が充実していると思います」
「丁度良いではないか。飛花人、ついでに調剤施設をルイに使わせるよう命じておけ。必要な物が無ければ揃えさせろ」
そう言って、ダニエル女公爵は一度顔を引っ込めたかと思うと、すぐにまた顔を出し、こちらに向かって何かを投げた。
慌ててそれをキャッチする。掌の中に収まったものを見て、ようやく投げ渡されたそれが、ローズブレイド家の家紋の入った古めかしい指輪だということに気が付いた。
「私の指輪を預けておく。これを見せれば、余程の阿呆でなければ理解するはずだ」
「あ、あの、コレかなり年代物のように見えるんですけど……」
「代々ローズブレイド家当主が受け継ぐ、由緒正しき証だ。無くすなよ」
「こんな価値が付けられないレベルのヤベー代物をポンと一般市民に貸し出ししないでいただけます!?」
「貴様は若い頃のセビィと同じ事を言うのだな。つくづくつまらん奴だ」
「普通誰でも同じ事言うと思いますけど!?」
つい素でツッコミを入れてしまったが、私の言ったことは間違っていないと断言出来る。
ローズブレイド家が関わっている証明として見せる品だとしても、もうちょっと、なんかこう……あるだろ!
ジュリアの顔を見て見ろよ! あっ……指輪を認識した時は顔面蒼白になってたけど、今はなんかもう、虚無ってますね……。
というか若い頃の執事さんと同じ事って、もしかして過去にも同じようなことしたんですかこの人? いや、その……は、破天荒な方ですね……?
付き合いが深まる程にゲーム本編では出てこなかったような一面がボロボロ出てくるよこの人。オタクとしては嬉しいけど、実際付き合いのある取引先って立場だと心臓と胃がキリキリするよこの人。
ジュリアがダニエル女公爵にあんまり食ってかからない理由が分かった気がする。
最後に、ダニエル女公爵はルイちゃんに忠告をした。
「ルイ。治癒でも属性でも、役立つならどんなポーションを作っても良いが、ゼリオン剤だけは作るな。他のレシピならいくら流出しても構わんが、アレだけは誰にも知られてはならん。いいな?」
「……! はい!」
一瞬、悪魔でも使えって言っているんだからゼリオン剤も作らせるべきでは? と思ったが、確かにあまり乱用すると不味いだろうと思い直す。
だって聖女陣営がモロに関わっている案件だ。色々怪しい聖女達に知られたら、間違いなく厄介なことになるに違いない。
ダニエル女公爵もそう思っていたからゼリオン剤を作らないように命じたのだろうし、そうでなくても他人に知られたら大変だ。恐らく、作るなと言われた時点でルイちゃんもそれに気付いたのだろう。
「話は以上だ。各位、任務に取りかかれ。追加の指示は追って出す。……ルージュ、いつまでそこに突っ立っているつもりだ。さっさと乗れ、馬車を出すぞ」
虚無っていたジュリアはダニエル女公爵に急かされて、どこか諦観した様子で「かしこまりました、叔母上」と返事をする。
ジュリアが私達に「頼んだぞ」と一言残して馬車に乗車すると、ローズブレイド家の馬車はすぐに出立してしまった。
……結局重要参考人さんとはお目見え出来なかったなぁ。一応ルイちゃんが世話になってたわけだし、挨拶くらいしておきたかったんだけど。
ルイちゃんとラガルも気にしているのか、「あいつ、あのまま連れていかれたけど大丈夫なのか……?」「た、多分……」と呟いている。
今は緊急事態だししょうがない。諸々終わって落ち着いたら、また顔を合わせる機会もあるだろう。その時に改めてルイちゃん達から話を聞くことにしよう。
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※2024/11/09 追記
全然執筆が進んでおりませんので、更新は明日となります。
誠に申し訳ございません!