107 烈火の薔薇
ルイ達はレイシーのゴーレムでジュリアが移動していないことを確認した後、口数少なく、足早に待ち合わせの広場へと向かった。
ジュリアが待ち合わせ場所に来てから色々とあったせいで少し時間が経ってしまっていたが、彼女は寒さをものともせずその場に立っていた。ルイ達が到着した時には、流石に自分を待つために近くのカフェにでも入ってしまったかと気にしていたようで、時折懐中時計を取り出して時間を確認したり、近くの店を外から様子を伺ったりしていた。
「ジュリアちゃん!」
彼女の姿を見つけたルイが呼びかける。その声を聞いた瞬間、ジュリアはぱぁっと表情が明るくなり、振り返り軽く手を振って返事をした。
ルイは安心感からかつい駆け足になり、手を繋いでいたラガルがそれに引きずられて数歩よろめいたが、すぐに歩幅を合わせて大股で、且つ早足で歩く。身長差から来る足の長さの差が出ていた。
「ルイ、ラガル! すまない、少々予定外の事が起きて遅れ……って、どうしたんだ、ラガルは」
「ええと……さっき私がはぐれちゃって、それで不安になっちゃったみたいで」
「……ラガル、君は少しルイから自立するべきじゃないか?」
未だにスンスンと鼻を鳴らして若干泣き止めていないラガルに、ジュリアは呆れきった視線を向ける。来る前に顔を拭いて、鼻をかんでもらって、まだ見られる顔にはなっていたが、完全に表情が分離不安を発症しているグレートピレニーズのそれだった。
見るからに情けない顔でルイにべったりとくっついているラガルにもう一言二言程お小言を言うつもりだったジュリアだったが、ワンテンポ遅れて自分達に近づく人物、レイシーに気付いて止める。
ただの他人だったら「何か用か」と聞いただけだっただろう。しかし仮にも貴族、それも貴族のトップたる公爵家の者である彼女は時折公務で王都にも顔を出すため、今や有名人となっていたその顔を知っていた。
たった一秒でレイシーの顔を思い出し、目の前の人物がその人だと気付いたジュリアは、あからさまに警戒心と敵意をむき出しにして、ルイとラガルにこれ以上近づけまいと間に立った。
「自律人形技師のレイシーだな」
「えっ? う、うん、そうだけど……」
威圧するべくワントーン低い声で問いかけられて、レイシーはキョドりながら答える。謂れの無い敵意を真っ向から向けられたら誰だってそうなるが、方や騎士団長の一人、方や人よりビビリな一般人。ラガルとよく似た、しかし彼に比べると小動物っぽい情けない顔でルイに視線を向け、言葉にはしないが助けてくれと訴えた。
「何故このバラットに?」
「え、ええと、新作ゴーレムの試験運用と、ユイカ……聖女様の付き添いだよ。今は自由時間だけど……」
「そうか。ルイ達と行動を共にしていた理由は?」
「ちょっと……その、色々あって、ルイに助けてもらったんだよ。ルイがお礼として暇つぶしに付き合ってって言ったから、一緒にあちこち見て回って……」
ルイは最初、ジュリアが騎士だから、見知らぬ人物であったレイシーに威圧的な態度で詰問しているのだと思っていた。
しかしその声色が、普段の仕事時のそれとは違うと気づき、すぐにルイは大袈裟に声を上げた。
「もう、ジュリアちゃん! そんなに凄むから、レイシーちゃん怖がってるよ!」
「しかしだな」
「それにレイシーちゃんは、今日会ったばかりだけど、私のお友達になってくれたの。ジュリアちゃんが人見知りを我慢しているのはわかっているけど、私のお友達にそんな威圧的な態度をとらないでほしいな」
「ひ、人見知りは小さい頃の話だ! 今のはそういうのじゃない!」
彼女としては、克服こそしたものの幼い頃の恥ずべき点だと思っている事を人前で言われてしまい、ジュリアは思わず動揺して大きな声で反論する。ラガルは自分から見て完璧超人であるジュリアが、昔は人見知りをするような性格だったと知って「こいつが……人見知り……?」と背中に宇宙を背負った。
本当は、ルイもわかっているのだ。人見知りからこんな態度をしていたわけではない事を。彼女が自身の両親とルイの父親を殺したゴーレムを、そしてゴーレムを作る技師を全て、憎んでいることも。だから、自律人形技師のレイシーに敵意を向けていることも。
ただ予想外だったのは、彼女がそれを表に出したということだ。ジュリアももう大人で、厳格な騎士としての振るまいも身についている人物で、そして彼女の口から腹芸をするのが仕事とまで聞いた貴族だからこそ、例えレイシーが自律人形技師だと気付いたとしてもその場では我慢してくれると思っていたのだ。
ルイは、ジュリアが私情を隠す事を忘れる程、あるいは抑えきれない程、ゴーレムと技師を憎んでいるとは知らなかったのである。
ジュリアが動揺している間に、心の中でおちょくるような発言をしたことを謝罪しつつ横をすり抜け、レイシーの元に向かう。そしてジュリアに聞こえないように小さな声で、レイシーにジュリアの態度を謝罪した。
「ごめんね、ジュリアちゃんはあまりゴーレムとか好きじゃなくて……先入観でちょっと警戒しちゃってるみたいなの。少し話せば、レイシーちゃんが良い人だって分かってくれるはずだから」
「あー……いるよね、最近技術に自分の知識が追いつけないからって、古いやり方に拘って認めようとせずにバッシングしてくる奴」
「そういう事じゃないんだけどね……!」
レイシーは納得した様子だったが、少々ズレた認識をしてしまった。ルイは訂正したい気持ちでいっぱいだったが、流石に彼女がゴーレム関連の事を憎むに至ったバックボーンを説明することも出来ず歯噛みする。
一方で、自身の耳には届かないが、ルイの事だから自分のフォローでもしているのだろうと察したジュリアは、珍しく不機嫌さを隠そうともせず腕組みする。その顔つきは、叔母のダニエルとどことなく似ていた。猫だったら間違い無くイカ耳になっているだろう。
もしトワがこの場に居たのならば「嫉妬か? 嫉妬なのか?」とカップリングオタクの魂が疼いていたことだろうが、今回ばかりは彼女の解釈は外れていたことだろう。何せ今の彼女の不機嫌さは、自分が憎む、そしてルイだって憎んでいてもおかしくない自律人形技師を庇っているように見えたのが原因だからだ。ある種の裏切りを感じていたのである。
彼女は案外激情家だ。本当ならば、今すぐにでも「何故その自律人形技師に心を許しているんだ」と怒鳴り散らし、レイシーの傍から引き離したいとジュリアは思っている。それを実行せずに居られるのは、彼女の精神力があってこそだ。
端から見れば明らかに感情を表に出しているが、これでも最大限に感情を抑えているのだ。
「な、なあ……なんか、すごく怖い顔してないか……? 何をそんなに怒ってるんだよ……」
そんなジュリアを気遣ってか、おずおずとラガルが話しかける。
もしこの場に居たのがゲーム内のラガルティハか、ルイ達と出会った当初の彼だったら、間違い無くこんな行動は取らなかっただろう。いつの間にか他人に気を遣おうとする程に精神的成長を遂げていた事は褒められるべきだ。
とはいえ、今のジュリアにはそれに気づける余裕は無い。自分の感情を抑えることでいっぱいいっぱいなのだ。
「気のせいだ」
「やっぱり怒っているじゃないか……!」
「気のせいだと言っている」
普段はそうでもないのだが、苛ついている彼女の口調も、どことなくダニエルに似通った雰囲気があり、ラガルは一歩ジュリアから距離を取る。
わずかな期間にも関わらず、ルイの優しいコミュニケーションのおかげでささくれだっていた性格が落ち着き、彼女の影響を受けて穏やかな性格になりつつあるラガルだったが、残念ながら一朝一夕でルイのような言動は出来るはずが無かった。
ご清覧いただきありがとうございました!
昨日は更新出来ず申し訳ありませんでした。
妖精種は一番得意とする属性が髪色に現れるという設定なのですが、ジュリアは緋色等と描写しているので火属性が一番得意ということになりますね。94話(火の意志)で火属性が得意な人は激情家がテンプレ、とダニエルに発言させていましたが、それこそトワと似通ったタイプです。
ですが95話で記載している通り、火属性は使い所が難しいのであまり使う機会が無く、普段は使い勝手の良い土属性と鉄属性をメインに使っています。ゲーム内だと土属性と鉄属性で実装されている設定なのはこのためという。
火ジュリアが実装される時は闇堕ちバージョンで実装されるはずです。ニコッ。
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※追記 2024/10/19
執筆作業中に寝落ちてしまい、20:16現在、今さっき起きたという状況です。
というわけで更新明日になります! 申し訳ございません!!