104 チョロトリオ
謎の男の謎の行動に恐怖を覚えた三人を、重苦しい沈黙が包んでいた最中。
不意に、ピーッ、ピーッ、と明らかな電子音が鳴り響く。こういった音を聞き慣れていないルイを初めとした周囲の人物は聞いたことの無い音に何だ何だとざわめき、中には武器を構える冒険者らしき人物まで居た。
「オヤー?」
「なっ、何だ!?」
「何の音?」
「あ、ゴメンゴメン。あたしのやつ」
ただ一人、この音の正体を知っているレイシーだけが冷静に、鞄の底に潜り込んでしまった目的の物を探す。
そうして引っ張り出した、現代の十インチタブレットより一回り大きく分厚い金属板を指先でちょいちょいと弄り始める。金属板の裏には四角くカットされた大きな魔石がはめ込まれており、ゴーレムコアのような回路が光っている。通常の魔石式機械とは違い、レイシーが多少手を加えているのか、あるいは一から彼女が作ったものなのだろう。
レイシーが金属板を操作すると電子音は止み、電子音に驚き足を止めていた人々はそれを見て、なんだ機械の音かと安堵し各々の日常へと戻って行った。
ルイ達には聞き取れなかったが、一言二言、呪文らしき単語を呟いてから、レイシーはルイとラガルに金属板を見せてきた。そこには画質が荒いものの、ジュリアだと判断出来る人物が映っていた。
「ルイ達の友達って、この人?」
「わっ、これ凄い! ジュリアちゃんが映ってる!」
「でしょ~?」
「これって、あのゴーレムが見ている光景なの?」
「そうだよ。しかもね、よく見てみて? これ姿絵じゃなくて、リアルタイムでゴーレムに映っている光景を共有してんの。映像だよ、映像!」
「ほ、本当だ……! 動いてるぞこれ……!」
「こんなの始めて見たよ! レイシーちゃんって、本当に凄いね!」
「えっへへ、でっしょ~? 今これ、特許申請中なんだ。ユイカ……あたしのパトロンというか、友達というか、まあそんな感じの子から聞いた話からアイディアが浮かんでさ、作り始めた時は機械関係は専門外だったけど、頑張ったんだ! おかげでゴーレム開発の方にも応用できる技術も勉強出来てさ~」
そう鼻を鳴らして自慢していたレイシーだったが、ちらりと視界の端にギィを映すと、金属板を鞄にしまって、ルイとラガルの腕を掴んだ。
「そういう訳であたし達は待ち合わせがあるからもう行くね! んじゃ!」
これを口実にギィという宙族の混血の前から穏便に退散するつもりだったレイシーだったが、急な事でルイとラガルがもたついてしまったのと、歩幅の違いからすぐに追いつかれてしまう。
「待てネー! コレ、ごめわくかけますたお詫び!」
ギィはそう言って、ルイがレイシーに似合いそうだと言っていた髪飾りを渡してきた。「めわく料の代わりヨ! タダ!」と無料であることを強調する。
とはいえ、彼の正体等色々と思うところがあるせいで、タダより安いものは無い上にレイシー自身も気に入っていたものとはいえ、素直に喜べないらしい、実に味のある、何とも微妙そうな表情をしていた。
しかし。
「前祝いも兼ねてネー! ソレ、絶対売れるヨ。商人のワタシが保証するネ!」
「まあ……そこまで言うんなら……」
サムズアップをしてそう語るギィの言葉に、折角ルイが整えて小綺麗になった髪をガシガシと掻き乱して受け取――ろうとした瞬間、服の背中部分をラガルに引っ張られて中断させられてしまう。
ラガルは出来る限り声を抑えてヒソヒソと、しかし囁き声にしては些か大きい声でレイシーにまくし立て、ルイもラガルより抑えた声でそれに続く。
「お、おい! コイツなんかヤバい奴の血が混ざってるんだろ!? そんな奴が売ってる物なんて怪しいし、捨てた方が良いんじゃないか!?」
「えー……でもほら、前祝いとか言われちゃうとさぁ……」
「あんまり言いたくないけど、流石に怪しい人から、しかもタダで物をもらうのは危ないよ。後で難癖付けてきて、高額請求されるかもしれないよ!」
「ルイって騙されやすそうに見えて案外しっかりしてるね。まあ確かに、さっきルイがブローチ渡された時に『捨てた方が良い』って言った手前、あたしもどうかと思うけどさぁ……でもタダだし……」
「売る時は声かけてネー!」
「考えとく」
「アンタチョロいな!?」
「そんなことないし。考えとくって言っただけだし」
自分の発明を褒めてもらうと、途端にチョロくなってしまうレイシーなのだった。
結局レイシーは髪飾り受け取り、通行人に当たりそうな程大袈裟に手を振って見送るギィを背に、ジュリアが待っている場所へと向かって歩き始めた。
「なんか、どっと疲れた気がするぅ……」
「そうだね。一度に色々起きちゃったから仕方ないよ」
ルイは苦笑いを浮かべてそう返した後、本当に心底疲れたらしく、ふう、と珍しくため息をついた。心なしか、顔から色が抜け落ちているように見えた。
そんなルイを見たラガルは、挙動不審に視線をあちこち向ける。元気づけたいようだったが、何をすれば良いか分からないのだ。
三歳児でも察せる程に分かりやすいラガルの反応に、レイシーは世間話という助け船を出す。
「てかさ、そいつ……えーっと」
「ラガルさん?」
「そう、それ。あたし人の名前覚えるの苦手でさ……それはともかく、ラガルの誕生日プレゼントを探してたって言ってたけど、いくつになるのさ」
何気なくそんな質問を投げかけたレイシーだったが、彼女の予想に反して、返事がすぐに返ってくることは無かった。
ルイとラガルは数秒程きょとんと呆けたような顔で沈黙した後、ルイはそのまま呆けた表情で、ラガルは少し困ったように眉尻を下げて顔を見合わせる。
「……そういえば、ラガルさんの歳って、いくつだったっけ? ちゃんと聞いたことなかった気がする」
「えっ、そうなの? 随分仲良く見えたけど」
「うん。実はね、ラガルさんとは少し前に会ったばかりなの。大体二ヶ月前……いや、一月半かな? そのくらい前から、色々あってうちで暮らすことになったんだ」
「その付き合いの浅さでこれねぇ……」
「なっ、なんだよ、その目は……チョロい奴って馬鹿にしてるみたいじゃないか」
「べっつにぃー? で、あんた結局歳いくつ?」
ラガルは少し視線を彷徨わせた後、ぽつぽつと、自信なさげに答える。
「二十……は、越えてる、はず……」
「にしては老け顔――って、なんで曖昧なのさ」
「分からないんだからしょうがないだろ……」
「自分の歳が分からないって、スラム出身でもないとそうならないよ。どこ生まれ?」
「……一応、王都のはず、だけど……というかアンタ、さっきからズケズケと聞きすぎじゃないか? 話したくない事だってあるんだ」
「なんだよ、男のくせに隠し事して」
「う、うるさい! 男とか関係ないだろ! なあルイ……あれ、ルイ?」
ルイに助けを求めようとしたラガルだったが、ふと気が付く。
そういえば、途中からルイが会話に入っていなかった。
普段からラガルが困ることがあれば、そもそも彼が助けを求める前にさりげなく間に入って取り持ってくれるルイが、ここまで彼を放置する事などあり得ないのだ。
ラガルは立ち止まって、ルイの姿を探す。急に立ち止まったせいで通行人とぶつかってしまったので、慌てて謝罪してから、周囲を何度も見渡した。
たまたま通行人とぶつかってしまったが、そこまでの人口密度が高い訳ではない。近くに知人が居れば、すぐに見つけられる程度だ。
「……ルイ?」
――だというのにラガルには、否、レイシーにも、ルイの姿を見つける事が出来なかった。
ルイはいつの間にか、忽然とその姿を消してしまっていた。
ご清覧いただきありがとうございました!
タイトルが思い浮かばなかった結果こんなタイトルになりました。チョロいトリオでチョロトリオ。
チョロさで言うなら似たもの同士のこの三人組、普通に出会ったのなら結構仲が良いだろうなと思っています。現パロで学生やってるなら、クラスが違かったとしても昼休みと放課後に三人集まってそう。
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