103 花のブローチ
戦々恐々とした三人の様子に、男は少し考えた後、ルイ達に向かって再び口を開く。
「……宙族との混血は、案外身近に存在する。純血と違って気付きにくいだけだ。そこの鳥人種が気付いたのは、種族的にそもそも蛇系爬虫種を本能的に忌避する傾向にあるからだろう」
男はルイに視線をやり、続ける。
「人族は本能的に宙族へ生理的嫌悪を抱くが、少々価値観が違うだけで、こいつのように無害な奴も居る。覚えておくと良い」
「そだヨー! チョトワタシのこと怖がる子ラヴなだけ。性的嗜好の範疇ネー! 丸呑みにしたいね」
「ダメじゃんそれ!」
「たっ、食べるなよ!」
「だいじょぶだいじょぶ! 踊り子、どんとたっち。ワタシ知てるヨ!」
レイシーが鋭い指摘をするが、一切響いていないのか、アハー! と脳天気に笑い飛ばす。
宙族は本能的に人族を甚振り、恐怖を与え、狂わせ、時に陵辱する事を好む存在が多い。ディープワンがその筆頭だ。その特性に晒され続けた結果、人族は宙族を見ると強烈な生理的嫌悪を感じるように進化したとされているし、それ故に人族と宙族は相容れない存在であるのだが、そんな宙族の血が混ざっている人物に好意を持たれるなんてたまったものではない。
いくら心が広いお人好しであるルイでも流石に受け入れがたいのか、はたまた獲物をロックオンした蛇のような視線を向けられたからか、珍しく縋るようにラガルの腕にしがみつき、小さな羽をぶわわっと膨らませる。その顔には引きつった笑みを浮かべていて、どんなに鈍感な人でも一発で分かる程に恐怖と緊張が満ちていた。
ギィはそれを大変満足そうなニコニコ笑顔で見つめている。子猫が愛らしい声で鳴きながらよちよち歩きで自分の所まで歩いてくる様子を観察する猫好きのような表情であった。
尚、ルイ達は知らぬ事ではあるが、ギィは観察派であり、観察対象には口を出しても手は出さない主義である。もしそうでなかったら、隙を見てこっそりルイを誘拐し、宙族らしいアレやソレやをした可能性もあった。
バレなくても犯罪は犯罪であるが、その事実が明るみにさえ出なければ問題無いのである。とはいえ、賄賂等でもみ消さない限り犯罪は大抵バレるものなので、犯罪は犯さないに限る。
無害と言った次の瞬間に宙族の特性をチラ見せしてきたというのに、男は呆れた様子すら見せず、用は終わったと言わんばかりに立ち去ろうとする。
しかし数歩歩いた所で立ち止まると、一度振り向き、腰のポーチから何かを取り出してルイに向かって放る。反射的に、ルイはそれをキャッチした。
「持っていけ、必要になる」
「えっ? あの、必要になるって」
どういうことですか、とルイは続けようとしたが、男はその言葉を最後まで聞くことは無く、そのまま人混みに混じって立ち去ってしまった。
その背中が見えなくなってから、ルイはキャッチしたものを見る。
それは、花の形をしたブローチだった。モチーフはクリスマスローズだろうか。やや大ぶりのそれは、本来花弁の中央に宝石がはまっていたと思われるが、そこの部分だけ刻印が刻まれた土台がむき出しになっている。
しかし、ただのブローチではない。魔力を感じる所から、これがアーティファクトであることは明白であった。
「何なのあいつ……妙に情報通っぽいこととか意味深なことを言うだけ言って行っちゃうとか、変な奴。そんな物捨てちゃいなよ! 怪しいよそれ!」
男の印象が印象なだけあって、レイシーは手放すように言うが、それに待ったをかけたのは、その道のプロであるギィであった。
「危ない感じはしないヨ。フツーのあてぃふぁくとーだネー」
ギィは骨しかないような節くれ立った指で顎を揉みながら、覗き込むように顔を近づける。ルイは一瞬ビクッと体を震わせたが、流石に失礼だと思い、せめて後ずさらないように必死に耐えた。
「アーティファクトだからこそ怪しいでしょ。何か変な呪いかかってそうだし」
「う、うん……正直、ちょっとそういう感じするよね。かかっているのが呪いなのかただの術式なのか、素人にはわからないし」
「本当に危なくないのか、これ……。実は呪いの道具とか……」
「そなことないヨー。ほんとほんと。ウーン……クラーシ・プレーゴ……アー、怪我治すとか、チョト強くするとか、そういう術使えるなるます」
検分が終わったのか、ギィはブローチから顔を離す。その際に、ギィはニコッと笑顔をルイに向けた。明らかに獲物をロックオンした蛇の視線に、ぴっ、と小さくルイは悲鳴を上げる。
ルイの反応に、慌ててラガルがルイを引き離すように抱きかかえる。意外とやるじゃん、と小さくレイシーは呟いた。
「や、やめろよ! 怖がらせるなよ!」
「ごめんネー! 怯えるヒトチャンはかわいーから、ついネー」
「で、えーと、なんだっけ。傷を治したり、強化系の術が使えるようになるんだっけ?」
「治癒術と付与術が使えるアーティファクトって、相当貴重なはずだよね。どうしてこんなものを私に……?」
「でも、花の魔力必要。小鳥チャンは使えないヨ」
さらりと一目でルイの使える属性を見極めた洞察力にぎょっとしたレイシーだったが、ギィが宙族の混血だということを思い出し、そういうものなのかと思い直して何も言わなかった。
「花の魔力が必要って、どうしてわかるんですか?」
「花の形してるからネー。あてぃふぁくとーはネ、色々面倒。術や魔力で入れる形決まてる。花の魔力使うなら花、傷治す術なら十字入れるヨ。がんばれする術は菱形だネー」
ギィに言われて、三人はもう一度ブローチを見る。花には茎がついていて、葉と合わせて十字に見えるようになっている。葉は菱形に見える形だ。ぱっと見だとただの花を象ったブローチだが、ギィの説明通りの形が組み込まれていた。
花の魔力と聞いたルイは、一つ思い当たる事があり、鞄の中を探る。
取り出したのは、シルワコルの魔石だ。常磐色のシルワコルの魔石が有する魔力は、花属性なのだ。
「オー! 花の魔石持てたの? それならいけるネー! それ、吸着の刻印。魔石近づけるとピトッとくつく!」
ギィが言っているのは、土台に刻まれている刻印の事だろう。アーティファクトを扱うだけあって、刻印術にも明るいようだ。
試しに魔石を近づけてみると、磁石のように魔石は土台に引き寄せられ、ピタッとくっついた。ちょっとやそっとでは外れないが、ルイが外そうと思って魔石に触れると、ぽろりと外れた。
しかし、三人が驚いたのはそれだけではなかった。
「ぴったりだ……」
「……ぴったりっていうか、むしろこれを付ける事を前提に作ったようなデザインに見えるんだけど……あたしの気のせいかな……」
「な、何だよそれ……何だよあの男、怖……」
「このサイズの花属性の魔石を持っている事を分かってて作ったの? ルイとは初対面のはずでしょ? えっ怖。ホラーじゃん……やっぱ捨てた方が良いよそれ!」
レイシーが言う通り、土台のサイズもデザインも、初めからルイが所持していたシルワコルの魔石を装着する事を前提にしたようなものだったのだ。
ギィから感じる恐怖とは別種の恐ろしさ……あの男が何者なのか、どうしてこんなものを渡してきたのか不明である事に、三人はぞっとした。ルイに至っては、ただちょっぴり本能的に恐怖を抱き捕食者の視線を向けてくるだけのギィより、行動の動機が一切分からないあの男の方が怖いとすら思った程だった。
ただ一人、ギィだけが「かわいーネー」と呑気に捕食者の笑みを浮かべていた。
ご清覧いただきありがとうございました!
土曜日は更新出来ずに申し訳ありませんでした。
背中に謎の痛みが走り、体を起こしていられない程にな執筆が出来ず……。
まだ長時間体を起こしているのは辛いですが、昨日辺りからようやく痛みが引いてきて何とか執筆できました。
次の土曜日の更新は投稿出来るようにちまちま執筆します……間に合わなかったら、その、はい。お察し下さい。
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