表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/144

102 最も古き一柱の子

 細長い男の印象はともかく、彼の取りそろえている商品は質の良いものばかりだ。

 ルイは金属の違いというものに明るくないが、この細工の美しさには惚れ惚れした。レイシーに似合いそうな髪飾りや、ラガルに似合いそうな角飾りを見繕いながら話している間は、彼に対する恐怖心も薄れているようだった。


「ただのあーくせさりも良いけど、コチも()ーヨ! オススメ!」


 そう言って細長い男が指差したのは、どことなく不思議な力を感じるアクセサリーの数々。見た目こそただの腕輪やピアス等の装飾品だが、素人目にも魔力を感じる品々だ。

 特殊な方法で呪文(スペル)やその術式をエンチャントした物品、いわゆるアーティファクトである。


 世に普及する杖のような補助具との違いは、大まかに言えば魔石が使われているか否かだ。厳密には魔石を使ったアーティファクトも数多く存在しているが、一般的な魔石式補助具は呪文(スペル)発動に必要な魔力を魔石から引き出す形式であり、言わば魔力タンクの役割が大きい。制作技術も一般的に普及しており、冒険者や騎士等、戦闘に従事する者の多くは何らかの補助具を使用している。

 一方でアーティファクトは、簡単に言えば魔力を流すだけでエンチャントされた呪文(スペル)が発動する形式であり、特定の術のみになるが呪文(スペル)の即時発動や同時発動を可能とする。主に準備に時間かかったり詠唱が長い呪文(スペル)や、本来使えない属性のスペル、使用者が扱えるレベルではない難しい術を行使する際に使われるものである。

 しかしアーティファクトの制作は非常に難しく、それこそ旧人類が反映する以前より存在する古い技術であるため継承者が少なく、殆ど流通していないため非常に高値だ。


「アーティファクトかぁ。何だかんだで、あたしは今まで縁が無かったんだよね」

呪文(スペル)を付与するって意味では、ゴーレムと似たようなものじゃないの?」

「全然。ゴーレムコアの制作は、どっちかって言うと刻印術とか陣術に近いんだ。魔石を使うのと、回路を彫るっていうのが共通点かな。だから魔石も印も使わないアーティファクト制作は全くの別系統だよ」

「そうなんだ、初耳。じゃあアーティファクト制作は、付与術に近いのかな?」

「どうなんだろう? あたしはそっちに関しては詳しく無いから知らない」


 ルイとレイシーの会話についていけていないラガルは、嫉妬と寂しさからしょんぼりと俯く。

 そんなラガルに、ニッコリと胡散臭い笑みを浮かべて細長い男が話しかけてくる。


「オニサン、これド? メンソ・アブソルシーオン……アー、魔力……吸収! 使えるよになるます!」

「魔力吸収……?」

「文字通りヨ! ぶん殴るすると、チョト魔力増える」

「いや、僕戦ったりしないから……」

「ソッカー。ジャこれ! 魔力あるば、被害逸らす出来る。便利!」

「あっ。これ、ラガルさんに似合いそうだなって思ったやつだよ」


 そうルイが言ったアーティファクトは、ギルバー――金色と銀色の中間のような暖かみのある上品な色――のチェーンがレース細工のように連なっていて、所々に小さい宝石がついたものだ。

 角の根元に付けるタイプの角飾りなので、比較的シンプルなデザインも相まって一部は髪に埋もれてしまい目立ちにくくなってしまうが、逆に言えば派手すぎず、さりげなく映える。宝石は青いものだったが、これを先程アズールで買ったドラゴンアゲートに変えれば、確かにラガルに似合いそうな角飾りだった。


 ラガルは竜人族故に、もっとあからさまな金色や、光に当たればキンキラ輝くものの方が好みである。

 彼は特に、言ってしまえば下品な程派手なものを格好いいと思ってしまう、ちょっとズレたセンスを持っている。現代日本に居たとしたら、クソダサTシャツをイケてると思ってドヤ顔で着るか、成金スタイルな格好を好んでするタイプだ。


 しかしルイが自分に似合いそうだと言ってくれただけで、その主張が控えめな角飾りが世界一美しい至宝だと思えた。

 ラガルはちょろくて単純な男であった。


 買うかどうか二人で相談をしていると、細長い男は何かに気付いたのか、ラガルの後ろに向かって底抜けに明るい声をかけた。


「イラッシャリマセー! お前も見るカ?」


 彼のその言動で初めて、他の客が来たのだと三人は気づいた。

 ラガルは慌てて飛び退くようにルイの後ろに移動する。フードの着いた外套を着た男は、例も言わずに前に出て、ルイの隣に立った。


 顔はフードの陰に隠れて口元くらいしか見えなかったが、目深にかぶったフードから見え隠れする髪が、黒髪であるということだけは分かる。トワのような焦げ茶に近い黒髪というより、青みがかった黒だ。

 身長はおおよそ170cm前後。ルイとラガルが、普段見慣れているトワより少し背が高いと感じる身長だったので、恐らくそのくらいだろう。背丈だけで判断するなら、ルイやレイシーより若いか同年代くらいだが、その身に纏う雰囲気はもっと年上のように三人は感じた。


 誰だよこいつ、と言いたげな表情だったラガルは、ふと、何か思い出したかのように声を上げる。


「――あっ! あんた、前にウィーヴェンで……」


 ラガルのそんな呟きが聞こえたのか、男はちらりと一瞥する。

 ラガルの位置からは見えなかったが、ルイの視点からだと、男の顔付きが自分達と同年代程度で雰囲気よりかなり幼い印象を覚えたのと、その人物の瞳が澄み渡る空のような、しかし死人のように濁ってしまった天色であるのが見えた。


 男は一言も発さず、しかし軽く会釈を一つする。


「知っている人?」

「その……前に、ルイに渡したプレゼントを売ってくれた奴で……」


 そんなルイとラガルの会話を聞いていないのか、はたまた聞いているが気にしていないのか、青年は迷い無く一つ、二つと次々に商品を手に取っていく。その中には、先程細長い男がラガルに勧めていた角飾り二種類も含まれている。

 そうして八種類程手に取った所で、青年は独り言のような声量で呟いた。


「……これは止めておけ」


 声量こそ独り言のように小さかったが、その口ぶりは、間違い無くルイ達に向けられた警告であった。

 どうして、と疑問を投げかける前に、彼はその理由を続ける。


「このアーティファクトには宙族の使う術が使われている」

「ええっ!?」

「なんと!? オニサン、酷いネー。言いがかりヨ!」


 ぷんすか! と可愛らしい擬音が付きそうな、ともすれば本気だとは思えないひょうきんな口調と雰囲気で細長い男が反論する。

 しかし、次に発した言葉に、細長い男はピタリと動きを止めることとなった。


蛇人間(ヴァルーシアン)

「ッ……!」

「以前、似たような術を使っていたのを見た事がある。イグを崇拝する系統の奴等のものだったはずだが」

「……」


 周囲は賑やかな喧噪で、彼らの会話には気付いていない。聞こえたのは、ルイとラガル、そしてレイシーの、三人だけだ。


 えっ、今こいつ、ヴァルーシアンって言わなかった?

 レイシーはルイに、視線だけでそう問いかける。ルイは無言でこくこくと頷き、じり、と一歩後ずさろうとしてラガルにぶつかった。


 長い沈黙の後、細長い男は、珍しく流暢な発音で呟く。


「……そこまで分かるか」


 それは、肯定を意味する言葉であった。

 ちらり、と三人に金色の瞳を向ける。そして、人差し指を口の前に当てて、しぃー、と蛇の威嚇のような音を出す。他言無用、ということだろう。


 ――蛇人間(ヴァルーシアン)。それは宙族の中でも、人族との混血が確認されており、人族に紛れて暗躍していると言われている種族である。

 エルフやドワーフ等の旧人類より古くから存在しているとされ、それこそ悪魔と同等の歴史を持っているが、旧人類が反映するとうの昔にその文化は衰退しており、その多くはただの蛇に成り果てたという。

 宙族とはいえ、彼らはほぼ人族と変わらない。それこそ、蛇系の爬虫種とほぼ変わらない外見をしているのは、目の前のこの男の姿からして明らかだ。呪文(スペル)とは違う「魔術」なる術を行使し、時々、強大な力を持つ宙族と交信が出来る程度の力しか有していない。

 だが、人族と変わらないということは、その知能も人族と同程度ということだ。地下で身を潜め、言葉巧みに宙族を崇める狂信者を増やし、虎視眈々と種族の復興を狙っているのである。


 力ではなく、知能で侵食し、支配する。それが蛇人間(ヴァルーシアン)なのだ。


「ワタシ、血ぃメチャうすうすネ。ほぼヒト。今まで小鳥チャン以外、感じないかったヨ。オニサン、スゴイネー!」

「イグを崇拝する一族は、確か数十年前から共存する方針に転換したと聞いたが」

「ソウダヨー! ワタシ達、安心安全な術しか使てない。平和的!」

「だとしても、これらは違法アーティファクトだ。人族と友好的関係を結びたいなら、それは売るべきじゃない」

「ソッカー……」


 しょんぼりとただえさえなで肩な肩を落とし、返却された品々を袖の中にしまう。あっ、と小さくラガルが声を漏らして手を伸ばしかけたが、すぐに諦めたように手を下ろした。


「お前、何者? ただの汎人チャンじゃないネ」

「……」

「オー! 名乗る時、自分からだたネ!」


 細長い男は大袈裟にそう言うと、周囲に聞こえないよう、声を潜めて続ける。


「ワタシ、ギィ。最も古き一柱、爬虫類と昆虫を創造した父の子ヨ」

「……名乗るほどの者じゃない」

「お前、チューニ病カ?」


 男はギィと名乗った蛇人間の言葉を無視し、ルイ達に向き直ると、淡々と告げる。


「この事は他言無用だ。分かったか」

「バラしたら、我が父の神罰が下るネ!」


 男の発言に便乗して、ギィが明るく、しかし物騒なことを言い放つ。

 不幸にも彼らの会話を聞いてしまったルイ達は、ただただ頷くことしか出来なかった。

ご清覧いただきありがとうございました!

人外キャラが人間のことをネコチャンのノリで「ニンゲンチャン」って言うの、圧倒的上位存在がペット感覚で人間を可愛がってる感があって好き好き大好き。半角カタカナなのがミソ。

ちなみにアーティファクトの術の元ネタは、クトゥルフ神話TRPGの「精神力吸引」「被害を逸らす」の呪文です。


ちょっと面白そうじゃん? と思った方はブックマークをよろしくお願いします!

いいねや評価、レビュー、感想等も歓迎しております!



2024/09/28 お知らせ

水曜日から謎の背中の痛みが発生しており、体を起こしているのが辛くて執筆が進んでおりません。

次の更新は10/2になります。誠に申し訳ございません……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ