101 蛇男
三人は互いの自己紹介を含めた会話をしながら、市場通りを歩く。
市場通りは冬だというのに、歩けないほどではないが人口密度が高く、非常に賑わっている。市場通りは室内に店を構えている店舗より、出店や露天商が出店している店の方が多い。そのせいで人が多いのだ。
時折人の流れに押し負けて流されかけるラガルとはぐれないように、ルイは彼と手を繋いでいた。ラガルは背が高く、比較的目立つ見た目であるため見失わないが、ルイの方を人混みに紛れて見失ってしまう可能性があるからだ。
というか実際にそうなった。レイシーと会う前に二人で観光をしていた時にはぐれてしまったラガルが大人げなくベショベショに泣き腫らし、十歳に満たない子供数人に哀れまれるという珍事件があったのだ。そこから、ルイは移動する時にラガルと手を繋ぐようにしている。
「えっ!? ルイってあたしより年上なの!?」
会話の途中で、レイシーは素っ頓狂な声を上げて驚愕の表情を顔に浮かべる。
彼女とルイはぱっと見だと近い年齢に見える。が、それはレイシーの方が二、三歳程年上に見えるという意味だ。
レイシーはこの国の女性における平均的な身長より気持ち小さい背丈であり、化粧っ気の無さが相まって未成年に見えるが、身なりをきちんと整えれば年相応に見える外見である。
一方でルイはかなり身長が小さく、比較的低身長のレイシーと比べると十センチ近い身長差があり、それこそ男性の中でもそこそこ背が高いラガルと比べると頭一つ分以上の差がある。翼も小さく、顔の輪郭も丸みがあって幼く見える。ダニエルから「ヒヨコ」なんて言われている通り、それこそ未成年に見えるのだ。
外見からルイが自分より年下だと判断したレイシーの驚きは当然のものであった。
「てっきり年下か、歳行ってても同い年だと思ってた」
「そんなぁ! うう、私ってそんなに幼く見えるのかなぁ……」
「だって子供みたいに翼が小さいし、顔も童顔じゃん。言われるまで気が付かなかったよ」
「これでもれっきとした成人なのに……」
「そっちのアンタ……えっと、何て言ったっけ」
「ラガルさんのこと?」
「そう、ラガル。アンタが老け顔なのもあるけど、身長差も相まって、アンタとルイが並ぶと叔父と姪に見えるよ」
「老けっ……!?」
「それはちょっと言い過ぎ……あっ。ここだよ、さっき言ってたお店」
話している間に、目的の店に着いたルイは足を止める。ぱっと見だと露店用のタープテントと敷物、術者以外は開けられない術式の紋様が描かれたトランクが置かれているだけで、店員らしき人物は居なかった。
「あれ? 店員さんはどこに――」
「イラッシャリマセー、お客サン!」
「ちゅあっ!?」
「ひぅあっ!」
「うわぁっ!」
突然上から振ってきた声に、ルイが飛び上がる程驚き、その悲鳴に驚いたラガルがつられて奇声を上げ、同じくルイの声に驚いたレイシーも大声を上げる。
三人は、同時に後ろを振り返る。
そこに居たのは、ラガルに負けず劣らず白く、そして全体的に細長い男だった。
顔のパーツのバランスこそ整ってはいるものの、耳らしきこめかみ近くの穴付近まで大きく裂けた口に肌に浮かぶ滑らかな鱗、そして一般的な人族の倍以上はありそうな長さの首に加えて、二メートル近い背丈があるにも関わらず、服の上からでも分かる程に細長い体躯。夜中に出くわしていたら、三人は更に追加で、より大きな悲鳴を上げていたことだろう。
その強面ともまた違う若干ホラーテイストな外見を緩和するためか、瞳が見えない程の細目には可愛らしいフォルムの黒い色付き丸メガネをかけているものの、逆に胡散臭いという印象を増やしてしまい、得体と底の知れない存在感を放つ要因となってしまっていた。
唯一好意的に見えるのは、腰より長く伸ばした髪は真っ直ぐで艶やかな白髪だ。前髪の一部分だけ三日月を描くようにくるりと巻いた金髪の流星が入っている。流星が無かったら、もっと恐ろしいものに見えていたかもしれない。
ルイが最初に見かけた時はこの男は敷物の上に胡座をかいて座っていたため、超高身長から来る威圧感を感じなかった上、その時客に見せていた商品の数々に目を奪われていたため、この男の印象はあまり無かった。だからこそ、今こうして驚かされたのだが。
「ゴメンネー、さっきはドロボー追っかけて、お店空けてますた! 捕まえたドロボー、ヨヘサンにお願いしますたから、モー安心! 帰ってきますた!」
細長い男は、外見からは予想が付かない程底抜けに明るい声で話しかけてくる。服装こそどこにでも居る旅商人といった様子だが、奇妙な訛りや発音から、異国の商人である事は察せるだろう。
ひっきりなしにチロチロと細長い舌を出し入れしている。それを見てようやくルイとレイシーは、この男が蛇系の爬虫種だと気が付いた。
蛇系の爬虫種は珍しい訳ではない。しかし、汎人に近い見た目で首が長いというのは珍しい。やけに長い首が、彼の異形感を強めているのだろう。
「こ、こんにちは……」
「……ヨヘさんって誰だよ……」
「傭兵のことじゃない? 外人みたいだし、冒険者のこと言ってそう」
恐怖からか、珍しくルイは彼女の方からラガルの腕にぴったりとひっつき、震える声で細長い男に挨拶をする。ラガルは一瞬嬉しそうな顔をしたが、ルイが怖がっていることに気が付くと、ガクガクしている足で半歩前に出て、尻尾をルイに巻き付けた。
鳥人種の中には、本能的に猫系獣人種や蛇系爬虫種を忌避する者が存在する。今までルイそういった人族に会っても忌避感を感じなかったはずだが、いきなり声をかけてきたこの細長い男には、異常なまでに怯えてしまっていた。
ルイ本人もその事に困惑しているのか、少し体を震えさせながらも、困惑したように呟く。
「うう、鳥人種の本能かな……なんかゾクッて……」
「オー! 小鳥チャン、分かるます? 鋭いネー! ワタシ、小鳥チャンみたいな子ラヴ! 丸呑みにしたいね」
「ぴぃっ……!」
ルイの独り言だったが、細長い男は耳聡いらしく聞こえていたようだ。
最後の一言だけ、何故か奇跡的な偶然か流暢に発音し、わずかに目を開く。黒い丸メガネの向こうで、縦長の瞳孔をした金色の瞳が光ったようにルイは感じて、出したことも無いような恐怖の悲鳴を漏らした。
「やっ、やめろよ! 食べるなよ!」
「キュートアグレッション、キュートアグレッション。許してヨー」
「……てかどっからどう見ても蛇爬虫種だし、鋭いとかなくない?」
「アハー、それもそうネー!」
ケラケラと笑う店員に、三人揃ってドン引きする。
誰が何を言うでもなく退散しようとするが、そうは問屋が卸さない。細長い男はトランクを持ち上げると、留め具をパチンと外して中身を見せてきた。
「何見るカ? 良ー物あるます! 装飾品……アー、あーくせさり? 呪文付与物……あてぃふぁくとー? いっぱい!」
所狭しと並べられている商品は、品数こそ少ないものの、きめ細やかな細工が施された美しい装飾品や、素人目に見ても強い力を感じるアーティファクトなど、粒ぞろいの品々だ。細長い男の得体の知れなさを忘れて、三人は小さな感嘆のため息をついて見入ってしまった。
その中で、ルイはとある品物に釘付けになった。
アメリカピンタイプの髪飾りだ。シルバーで統一されているが、二重丸のような形の飾りが二つと、それを繋ぐようにチェーンがついている。二重丸の外側の円にはギザギザの刃がついており、片方には時計がモチーフなのだろう、二本の針が中央から伸びている。一見すれば、歯車と時計を組み合わせたような、スチームパンク感を感じるヘアピンであった。
細長い男はルイの視線に気が付くと、不服そうに唇を突き出しながら口を出してきた。
「それネー、小鳥チャンに合わないヨ。モトかわいーのが良ーヨ。こっちのお花のとか、ド?」
「えっと、私じゃなくて、こっちの人に……」
まだ彼が少し怖いのか、いつもよりオドオドした様子でルイはレイシーに視線を向ける。
開いているのか分からない細目をレイシーに向け、数秒真顔で見つめた細長い男はニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「ソッカー、おじょチャンの方ネ! ウンウン、確かにメティイスト……エート、しょくにん? みたいな? イイネ!」
「見た目は結構好きだけどさ、あたし、髪留め使う程の髪の長さ無いし……」
「このくらい小さなものなら、髪を纏めるっていう本来の目的で使うんじゃなくて、お洒落で髪に付けるのでも良いと思うよ」
「付けてみ?」
「あっ……えっと、ありがとうございます」
差し出されたヘアピンを恐る恐る受け取ったルイは、それをレイシーの前髪の右側に当てて、飾り部分がよく見えるようにして数秒見つめ――。
「やっぱり! これ、一目見た時から思ったけど、とっても似合うよ!」
「そうかなぁ……」
レイシーはあまり乗り気ではなさそうだが、デザイン的に気に入っているものを似合うと言われたのは素直に嬉しいらしい。隠そうとしているようだが、固く真一文字にしようとしている口の端は、少し上がっていた。
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