100 身だしなみと、ジェラシーと
アズールから出たルイとラガルは、店の前から見える広場にジュリアが居ないか確認する。赤い髪色をした人物が居たため一瞬目を惹かれたものの、男の冒険者であり別人だ。どうやら、ジュリアはまだ来ていないようだった。
ルイに追従するように退店したレイシーは、担保の恩に加えて自身の夢を肯定してくれたルイに懐いたようだった。ニコニコと笑顔を浮かべてルイに話しかけてきた。
たまたまであるが、ルイとラガルがいつもより少し離れた距離感で立っていたため、二人の間に割って入るような形になり、ラガルが少しショックを受けていた。
「ねえ、お礼させてよ! 何か作って欲しいものがあったらさ、あたしが作ってあげる! 専門はゴーレムだけど、機械系は何でもいけるよ!」
「えっ? そんな、大したことしてないですし……」
「何もしないのは、あたしの気が収まらないよ」
ルイは少し困ったように、レイシーの後ろで歯噛みするラガルに視線を向ける。ラガルも「こいつを何とかしてくれ」と言わんばかりの情けない表情で、あうあうと口を動かし声にならない言葉を発していた。
非常に頼りにならないラガルに、ルイは呆れるでもなく、幻滅するでもなく、むしろ「自分がしっかりしなきゃ」と心の中で喝を入れる。若くして、それこそ成人前から一人暮らしをしてきて自立心が高いからこその思考回路だったが、それはダメ男に引っかかる女の典型的パターンの一つであった。
彼女本人としては礼を受け取るような事をした自覚は無い。受け取るとしても、ルイとしては、感謝の言葉だけで充分だった。
大したことをしたわけでもないのに謝礼を受け取る事には抵抗があったが、確かに礼をしたいという気持ちを無下にするのも失礼にあたる。時には相手の気持ちを汲み取って、素直に感謝の気持ちを受け入れる事も大切なのだ。
少しばかり考え込んだ後、ルイは「それじゃあ」と返事をした。
「待ち合わせをしている友達が来るまで、暇つぶしに付き合ってくれる?」
ラガルが分かりやすくショックを受けていて、ルイは心の中で謝罪する。後で我が儘に付き合わせてしまって申し訳無い、と謝らなければと固く誓ったのだった。
「そんなことで良いの? 冷蔵庫とか、空調機とか、そういうの作るよ?」
「私達はこの都市の人じゃないから、大きな家具をもらっても運ぶのが大変ですし、それにそんな高価なものは流石に受け取れないですよ」
「うーん……まあ、ルイがそれで良いんならいいけどさ。……あ、そうだ!」
レイシーは何かを思いついたのか、今し方出てきたばかりの店、アズールに飛び込み、数分もしないうちに、拳大の石を抱えて帰ってきた。どうやら、安い鉱石を二束三文で買ってきたようだ。
彼女はその石を小脇に抱え直し、鞄の中を漁り始める。
「えーっと、確か息抜きで作ってた小型汎用コアが……あった! 自律人形組立・小型飛行式」
鞄の底にあった五百円玉サイズの魔石を引っ張り出すと、石と一緒に両手で持ち、詠唱を唱えた。
短い詠唱が終わった瞬間、掘り出されたまま一切形成が成されていない石が魔石――ゴーレムコアを取り込むと、みるみるうちに丸っこい形へと変化していく。艶やかな光沢を持つ滑らかな球体になった後、双葉のようなプロペラが一つと、短いながらも自立出来る四足の足が生え、次いで飛行時にバランスを取るためのやや長めの尻尾と、尻尾の先端に小さな双葉プロペラが増設され、最終的にそれは掌サイズの小型ゴーレムへと進化を遂げた。
「うわぁ……! すごい、あっという間にゴーレムになった!」
「へへん、でしょ? 術式でゴーレムを組み立てられるなんて、あたしくらいしか居ないんだから。まあコアが無いと動かないし、あんまり複雑なのは作れないから実用性無いんだけど……開始、設定入力」
顔に当たる部分にむき出しになったコアに触れ、また別の呪文を唱えると、回路が脈打つように光り始め、まるでモニターのような四角い光のスクリーンを表示させる。スクリーンには幾何学模様の他に、タップすれば何か表示されそうな四角いボタンのようなものもあった。
「その友達の外見的特徴を教えてくれる?」
「? ええと……髪は赤薔薇みたいな色で、瞳は緑色の、妖精種の格好良くて綺麗な女性です。髪をハーフアップにしていて……そうだ、今日は編み込みも入れてたっけ。身長はラガルさんより一回り低いくらいかな?」
「ふんふん……よし、設定完了っと。起動!」
ボタンをタップして何かを入力したり、表示されていた回路を少し弄る。その作業が終わりスクリーンを閉じると、レイシーはゴーレムを起動した。
ゴーレムはコアを光らせ、プロペラを回転させる。プロペラの回転はあっという間に繋がった円に見える程の速度になり、小さなヘリコプターかドローンのように宙を飛び、広場の中央の上空まで移動し、その場で待機し始めた。けほっ、とルイが小さく咳き込んだ。
「その友達っぽい人が来たら、あたしの持ってる端末に通知飛ばすように設定しといたよ」
「ゴーレムってそんなことも出来るの? すごい!」
「便利でしょ」
褒められて上機嫌なレイシーは、ふふん、と鼻を鳴らしドヤ顔を見せた。
「そうだ、多分あたし達、歳近いでしょ? 敬語いらないよ」
「そう? ……じゃあ、レイシーちゃんって呼んでもいい?」
「うん、いいよ。それで、どこ行くの?」
「あっ、その前に……髪が乱れちゃってるから、直してからにしよう?」
ルイは自分の鞄からヘアスプレーと折りたたみ式のブラシを取り出すが、レイシーは面倒だという態度を隠さず、嫌そうに眉をひそめる。
「どうせ寝て起きたら寝癖つくんだしいいよ。洒落っ気求めている訳じゃないし」
「でも、櫛を入れた方が清潔感があって良いと思うの」
「可愛いとか求めてないよ。それに面倒。結うのも面倒だから髪短くしてるのに……」
「いいからいいから。ちょっと試すだけ。ほら、私へのお礼の内だと思って。……ダメかな?」
「……その言い方はズルいって」
自分でお礼がしたいと言い出した手前、このように言われると断れないレイシーは、渋々といった様子で頭に付けていたゴーグルを外した。
手慣れた様子でルイはヘアスプレーを吹き付け、ブラシで髪を梳いていく。その様子を、ラガルが羨望の眼差しで見つめていたが、ルイは気が付かなかった。
丁寧にブラシをかけると、寝癖やゴーグルでついた跡が落ち着き、パサついていた髪にどことなく潤いが戻っていく。レイシー本人は鏡が無いので確認のしようがないが、服装を除けば、短髪なのは珍しいものの、どこにでも居る女の子といった風貌になった。
身だしなみ一つでここまで変わるものなのか、と嫉妬混じりに見学していたラガルは心の中で呟く。そして自分の髪が気になったのか、手櫛でちょいちょいと直し始めた。
ルイに少しでも格好良く見えて欲しいという下心であった。
「やっぱり身だしなみを整えると印象が違うね。ぐっと大人びた感じがするよ」
「そうかなぁ……」
「私はとっても良いと思うよ」
複雑そうではあるが、レイシーは「うわ、髪からなんかお洒落な匂いがする」と満更でもなさそうな声色で呟き、どことなく艶が出た髪をつまんで弄って、今度は「髪がキシキシしない」と珍しいものを見たように目を丸くした。
ルイが使ったヘアスプレーは、彼女が製薬し、店で販売しているものだ。冬シキヨウをベースとした薬液を雪中花の香りを移した水で希釈したもので、今の時期しか販売していない期間限定品だ。髪によく馴染み、ヘアケア専用のもの程ではないが、髪に潤いや艶を持たせる効果がある。
冬の空気のような透明感のある甘みを含んだ香りで、香水程香りが強いわけではないが、ふとした拍子にほのかに香り、匂いに敏感な獣人種でも不快に思わない程度の香りであるため普段使いに向く。そのわざとらしくない上品な香りと確かな効果から、期間限定品故に多少値が張るものの、奥様やお姉様方に人気の商品であった。
そしてウィーヴェンの奥様お姉様と同様に、洒落っ気の欠片もないレイシーもこの香りが気に入ったらしい。頭を揺らし、空中に漂う残り香を楽しんでいる。
そんなレイシーを見てある事を思いついたルイは、彼女に提案を持ちかける。
「そうだ、髪飾りを見に行かない?」
「髪飾り?」
「本当はジュリアちゃん……友達が来てから行こうかなって思ってたんだけど、せっかくだから、レイシーちゃんに似合うものが無いか探してみようかなって」
「えぇー、髪留め使う程の長さなんて無いよ?」
「ピンタイプの小さな髪留めならちょっとしたワンポイントで使えるし、実用性もあるよ。ちょっと前にラガルさんと市場通りを回ってた時に、良さそうなお店があったんだ。ラガルさんに似合いそうな角飾りも見てみたいし、そのついでに。ね?」
あくまでもラガルの角飾りを見るついで、というルイの説得内容に、内心モヤモヤしていたラガルは見るからに表情が明るくなった。自分のことを忘れている訳ではないのだと確認出来たからだ。
ようやくラガルの一挙一動に気付いたレイシーは、呆れたようにジト目で笑い、小さく「そういうことね」と呟いた。
対人コミュニケーションに乏しいレイシーでも察せる程、わかりやすい反応であった。
ご清覧いただきありがとうございました!
気が付けば話数が三桁に到達していました。(閑話除く)
ここまで頑張って書いてきたので褒めてください!!!!!!!
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