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99 求めるもの

 レイシーと名乗った女の子が慌ただしく出て行った後、今度は呆れたように大きくため息をついた店主が立ち上がり、床に散乱する彼女が忘れていったペンや書類らしき紙がはみ出たバインダー等を拾い始める。ルイとラガルもそれを手伝い、レイシーの忘れ物をカウンターの端にひとまとめにしておいた。


「それで? 嬢ちゃん達は何を探しに来た。魔石か? それとも(ぎょく)か? 画材に使う石もあるが……見たところ、そっちじゃなさそうだな」

「この人にプレゼントするアクセサリーに使えそうな石が欲しいんです」


 ルイはそう言って、ラガルに視線を向ける。ラガルはまさか自分へのプレゼントだなんて予想だにしていなかったらしく、「あぇっ!?」と珍妙な奇声を上げた。


「じゃあそっちの棚だな。うちは原石しか取り扱ってないから、加工屋は自分で探してもらうが、構わないな」

「はい、大丈夫です」


 ありがとうございます、と頭を下げて礼を言ったルイは、ラガルの手を引いて店主が指差した棚の前へと移動する。


「な、なあ、僕へのプレゼントって……」

「だってほら、ラガルさんの誕生日、冬の終わり月だって言ってたでしょ? そろそろ準備しなきゃってね。ラガルさんがこれをプレゼントしてくれたから、私もプレゼントするならアクセサリーにって決めてんだ」


 おずおずと問いかけてきたラガルに、ルイはブレスレットを見せる。腕を下げている時はコートに隠れて見えないが、少しコートの袖を上げたり、腕を上げれば見えるのだ。

 ラガルは、ふひっ、と羞恥のような、にやけたてしまった時のような声を漏らす。折角のお出かけだから、と出発前の身支度の際に付けていたのは知っていたが、こうして自身が贈ったものを身につけてくれているのを見て、嬉しいやら恥ずかしいやらで感情が処理仕切れなくなったのだ。

 長い間監禁生活を送ってきた彼には一般的な美的感覚が分からない。だが、ルイの細い手首を彩る桃色がかった金と白い鱗の花は、よく似合って見えた。それがラガルにとってはまた嬉しい反面恥ずかしくて、ラガルは角を隠すニット帽をぐっと下げて目元を隠した。代償として角がはみ出して見えてしまったが、それを見た店主は特にそれに反応する事なく、ただ「青臭ぇ」と小さく漏らした。


「サプライズで用意しても良いかなーって考えたんだけど、どうせ宝石とか魔石を使うなら、ラガルさんが気に入った石にしたかったの」

「あ……う……そ……そう、か……」

「だから一緒に選びましょ?」

「…………うん」


 そんな二人のやり取りを新聞の向こうからチラ見しつつ聞いていた店主は、今度は「春はまだ先なんだがなぁ」と呟いたが、その呟きは新聞紙に阻まれ二人には届いていなかった。


「気になる石はある?」

「……よく分からない……」

「うーん、あの海外の金ピカアクセサリーの露店で選んだ方が良かったかな……ん? ねえこれ、ラガルさんの瞳の色と似ていて、鱗みたいな模様があるよ」


 ルイが見つけたのは、やや彩度の低い、くすんだ赤い石だ。ひび割れのような模様があり、粒によっては黄色や茶色、比較的鮮やかな赤色もある。隣の箱には、白や透明なものが分別され入れられていた。


 最初はくすんだ赤を手に取ったルイだったが、何かを考え込むように数秒動きを止めてから、もう一つ濃い赤の粒をつまみ上げ、ラガルの顔に並べるようにしてかざす。

 その石は、羞恥や歓喜といった興奮で血流が良くなり色が濃くなったラガルの瞳と、よく似た色をしていた。


 ちなみに今は比べようが無いが、もう一つの石は、普段のラガルの瞳の色をしていた。ルイが見慣れている色だったからこそ、先に手にしたのだ。


「うん、やっぱりラガルさんの色だね」


 ルイは嬉しそうにはにかんでそう言い、ラガルは恥ずかしくて直視出来ずに視線を泳がせる。

 店主が、今度は「珈琲が飲みてぇ」と呟いた。


「これも魔石なのかな?」

「そいつはただの瑪瑙(アゲート)だ。ひび割れがドラゴンの鱗に見えるから、龍紋瑪瑙(ドラゴンアゲート)なんて言われてる」


 カウンターの向こうから店主が口を出す。ルイとラガルは店主に視線を向けるが、彼は新聞に視線を向けたままで、二人を一瞥することも無かった。店主の義務として最低限の説明だけはするが、二人の邪魔をするつもりはないという意思表示だった。


「ドラゴンアゲート! じゃあやっぱり、これはラガルさんの石だね」


 ドラゴンの名を冠するその赤い石は、竜人であり、アルビノ故に赤い瞳を持つラガルに相応しい石だとルイは思った。

 ラガルは諸々の理由により言葉を発する事は出来なかったが、嬉しそうにそう言ったルイの言葉が鮮烈に脳内に焼き付いたのか、人生で初めて宝石の名称を覚えたのだった。


 その後、一応他の石も見てみたものの、特に気になる石が発見出来なかったのか、はたまた最初に見たドラゴンアゲートの印象が強すぎたのか、最終的にルイから「気に入ったのはあった?」と聞かれたラガルは、首まで赤くなりながらも、震える手でドラゴンアゲートを指差した。

 二人はドラゴンアゲートの赤と白、二種類をいくつか厳選し、選び抜いたそれを店主の元に持って行って会計を済ます。その際に「熱くて敵わん」と小言を言われてしまったが、二人には何のことか分からず、二人揃って首を傾げたのだった。


 会計が終わったタイミングで、慌ただしくレイシーが返ってきた。小脇には出ていた際には持っていなかった革張りの小さなトランクを抱えており、ぜいぜいと息を急ききっている様子から、全速力で走って来たのだろう。


「十万ルチル! 持ってきた!」


 今にも過呼吸になりそうなくらい息を切らしながら、トランクをカウンターに叩き付ける。尋常ではない彼女の様子に慌てたルイが駆け寄り、背中をさすってあげた。


 店主はトランクを開けて中に入っていた金貨を確認すると、金貨が本物か確認するために天秤と分銅を用意し、順々に量っていく。

 レイシーの息がようやく整った辺りで、彼女が持ってきた金貨が本物で、金額も提示した通りだと判断した店主は、金貨を袋に入れてカウンター下の金庫に入れてからトランクをレイシーに返却する。

 そうして取り置きしていたベルシラックの魔石を、それぞれ専用のケースに入れて、レイシーへと差し出した。


「……あいよ、確かに」


 レイシーは相当疲れたのかグロッキーになっていたが、差し出された魔石の入った箱を見て、ぱぁっと表情を明るくし、受け取った。大事に鞄の中にしまい、「ついでにこいつも持って帰れ」と店主に言われて気付いた忘れ物もしまい、むふー、と満足そうに鞄を閉めた。


「ルイ、だっけ。本当に助かったよ、ありがとう!」

「いいですよ、お礼なんて。それよりもレイシーさん、無事に買えて良かったですね」

「うん、本当に……! これがあれば、やっとアレを完成させる事が出来る!」

「そういえば、ゴーレム技師さんって言っていましたね。何か作っている最中なんですか?」

「魂を持つゴーレムだよ」

「魂を持つゴーレム……?」


 ゴーレムというものは、決められた行動をするだけの機械に分類される。それが生物の形をしていること、複雑な動作が出来ること、そして主人に設定した人物の命令を適時実行することが出来るというだけで、ゴーレム自体に意志や魂といったものは存在しない。

 不思議そうにきょとんとするルイに、レイシーは続ける。


「ゴーレムは全部、コアに刻まれたプログラムを実行しているだけで、そこに意志なんて無いんだ。だけどあたしは、自分で考えて行動するゴーレムを作りたいんだ」

「それが、魂を持つゴーレム?」

「ユイカは何て言ってたっけ……そうだ、そういう意志を持つプログラムのことを、エーアイ、って言うんだって。でも、あたしが作っているのは、エーアイとはちょっと違う。いくら複雑なプログラムを組んだとしても、そこに魂は宿らない。ただ複雑なだけで、プログラム通りに動いているだけだから」


 語っている内に興奮してきたのか、レイシーは徐々に早口になり、声も大きくなる。


「デュラハンは肉体を持たない、魔力と魂だけの魔物でしょ? 魔石も直接魂に影響を及ぼす力がある。これをメインコアに据えれば、無機物に魂を宿せるかもしれないんだ!」

「あの……それって、死霊術(ネクロマンシー)に引っかかっちゃうんじゃ……」

「違うよ、全然違う! 死人を蘇らせたりレイスを召喚するのとは、リンゴとオレンジくらい違う! そもそも、そんな犯罪なんてしないよ!」


 両手と首を大きくブンブンと横に振って、レイシーは否定する。

 魂を宿す、という発言に、ルイは死霊術(ネクロマンシー)に通ずるものを感じてしまったのだが、そうではないのだとレイシーは熱弁する。


「あたしがやろうとしてるのはね、生殖活動を伴わない、新しい命の創造なんだ! 新たな人族の誕生と言って良い! それに、今生きている人の人格をゴーレムの素体に移す事だって、理論上は可能なはず。治療の難しい病気にかかっている人とか、体に異常がある人に、新しい体をあげられるんだよ!」


 自分より身長の低い女の子相手だというのに、あまりの熱弁ぶりに、ラガルは引き気味にルイの後ろに下がる。何となくレイシーからトワに似た何かを感じ取ったものの、話している内容が殆ど理解出来ないのと彼女の勢いに、若干の恐怖が沸いたのだ。


 しかしレイシーの「人格を移す」という発言に、医学知識のあるルイはとあるアイディアが脳裏に浮かんだらしく、その会話に食いついた。


「ゴーレムに詳しく無いからよくわからないけど……もしその技術が完成したら、一部分だけ流用して、高性能な義手や義足を作れるようにもなりそうですね」

「そうだね、そういう使い方も出来ると思う。拒絶反応の問題を何とか出来るなら、神経と義体の魔力回路を繋げる機構を作れば理論上はいける。応用すれば義手だけじゃなくて、人工内臓なんかも作れるかもしれない! そうすれば医学の発展にも貢献出来るんじゃないかな、あたしは医学に関してはからっきしだけど!」

「わぁ、凄いなぁ……! 発明が上手くいくといいですね!」


 直接医療に携わる治癒師ではないが、医療従事者である薬師のルイにとって、後半の話は正に新時代の医療技術に直結する内容であり、是非ともその技術が完成して欲しいと願うものだった。


 後半の話は、と限定したのは、新たな命の創造や、ゴーレムに人格を移すといった点に関しては、諸手を挙げて賛成することは出来ないとルイは感じていたからだ。

 ルイはそこまで熱心なアルバーテル教会の教徒でもなければ、ゴーレムの専門知識も無い。しかし、彼女の語る命の創造や、無機物への人格の移行は、命の冒涜とまではいかないが嫌な感じがしたのだ。それが本能や価値観からくる忌避感なのかは不明なのだが。

 それに、人格を移す事が可能なのであれば、人格を複製することだって可能ではないのだろうか。同じ人格を持つ存在が同時に存在する。そうなったら、どちらが本物だと言えるのだろう?


 つまりルイは、スワンプマン、あるいはテセウスの舟、どこでもドアのパラドックスといった思考実験に近い考えを持ったのだ。

 明確な答えは出ない。が、ルイの意見としては「何となく嫌」だった。それを本人には伝えないが。

 だって、こんなにも楽しそうに、希望に満ちた目で語っているのだ。水を差すのは憚られる。


 それにレイシーの言う通りであれば、失った肉体の機能を有する義体を生み出す技術にもなり得るのだ。

 そう言った意味合いでは、彼女の語る技術は素直に素晴らしいと思えるし、完成を望んでいる。


「えへへ……そう言ってくれると、嬉しいよ。みんな夢物語だって、不可能だって言うからさ」


 ルイから肯定意見をもらったレイシーは、嬉しそうにはにかんだ。

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