98 小鳥と竜と、ゴーレム技師
ここからしばらくルイ・ラガル側の話になるので三人称視点になります。
一方その頃、ルイとラガルの二人は、冬だというのに活気づいた市場通りを巡っていた。
丁度ジュリアが冒険者ギルドに用があると言っていたため、途中まで馬車に乗せてもらったのだ。
バラットに来た初日に見かけて気になっていた店を覗いてみたり、今朝獲れたばかりの海産物を使った屋台料理を味わったりと、充実した時間を過ごしていた。
しかし、冒険者ギルドでの用事が終わったら合流すると言っていたジュリアは時間がかかっているのか、約束の時間になっても、合流地点である噴水広場に現れなかった。
しばらく待っていた二人だったが、種族柄寒がりなラガルは外で待っているのが辛いようで、厚着をしているがしょっちゅう両手を擦り合わせたり、冷たくなった足を擦っている。歩き回っている時は体を動かしているのでマシだったようだが、立ち尽くしている状態だと相当寒さがこたえるらしい。
どこか中に入って休めそうな店がないかと周囲を見渡したルイの目に、少し離れた場所に、Azureと書かれた小さな看板が留まる。
初めて見るはずの店名だが、どこか覚えがある。
少し考えて、それが出発前にユリストから聞いていた、宝石や魔石を扱う店だと言うことに気が付く。魔石・宝石店とは言っても、美しくカットされたものは少なく、主に採掘されたままの姿をした原石や、採掘の際に砕けてしまったり見た目が悪いクズ宝石を取り扱っている店だ。
ゆっくり座って休むことは出来そうにないが、暖房が入ってて暖かい分、外で待っているよりはマシだ。それに、ルイ自身がその店に興味が湧いた。
「ねえラガルさん。ジュリアちゃんが来るまで、あのお店を見てみない?」
すっかり冷たくなってしまったラガルの手を取り、自分の熱を移すかのように擦ってあげながら、ルイは言う。寒いから暖かい店内に入って休もう、と直接言うと、気を遣わせてしまったと自己嫌悪に陥りかねない繊細な彼を落ち込ませないように、嘘にならない程度に自分の我が儘にした発現にしていた。
寒さですっかりテンションが下がってしまっていたラガルだったが、ルイのそんな行動に一瞬視線を泳がせて、しかしながら拒絶せずにルイのしたいようにさせたまま頷いた。身長差があるため身長が低いルイの視点からは見えなかったが、ラガルの口角はニヤケそうになるのを必死に堪えようとして変に力が入っている。ぬくいルイの体温が自分の手に染み渡っていくのが幸せでたまらない、といった様子だった。
そのまま自然に手を繋ぎ、ルイとラガルは宝石・魔石専門店、アズールへと足を踏み入れた。
こぢんまりとした店内に入ると、先客らしき女の子が、店主らしきいかにも頑固そうな中年男性に食ってかかっている最中であった。
女の子の短い金髪にズボン、それに身だしなみを気にしていない風体から冒険者かと思ったルイだったが、ダボダボの服の袖から覗く腕はルイと同等くらいの細腕で、日光に殆ど当たっていないのか、不健康とまではいかないが白い肌をしている。術師にしては杖のような補助具を持っていないので、冒険者ではなさそうだ、と最終的に判断した。
短髪もズボン姿も、ルイとラガルは同居人であるトワと、友人であるジュリアを見ているため特に気にはしなかった。だが、ギリギリ結えるトワは、髪を結うなり下ろして髪留めを使うなりで清潔感のある見た目を心がけていたし、二人共自分に似合い、サイズもちゃんと合っている服を着ている。
しかし彼女はサイズの合っていない男性用のツナギを着て、あちこち髪が跳ねている所からわかるように、清潔感の欠片も無い。これで薄汚れていたら浮浪者と思われても仕方が無い外見に、ラガルは顔をしかめた。
「金なら後で持ってくるって言ってんじゃん! 紋章まで見せてんのに信じてくれないわけ?」
「現物との交換でないと取引せんと言っとる」
「この紋章の意味が分からない訳じゃないでしょ? 嘘なんてつかないからさ、そこを何とかしてよ」
「なら、せめて担保を置いていけ。それが無理なら、さっさと出て行ってくれ」
成人しているだろう年齢の女の子は、カウンターに置かれた二つの緑色の石がどうしても欲しいらしい。
しかし彼女の発言からして、現状手持ちが足りないようだ。担保を置いていけ、という言葉にぐぬぬと唇を噛んで黙り込んでしまった。
黙り込んでしまった女の子が反論できないと判断した店主は、目の前で繰り広げられていた言い合いにすっかり怖じ気づいてしまったルイとラガルに視線を向けると、ぶっきらぼうに挨拶をした。表情は変わらないが、不器用ながらも歓迎しているようだった。
「らっしゃい」
「もしかして、お邪魔でしたか?」
「いいや、丁度話は終わった所だ」
「終わってない!」
カウンターを叩いてそう主張する女の子に、「何度言っても返事は同じだ」と言い返して再び黙らせた店主は、これ以上話すつもりはないと言わんばかりに脇に置いていた新聞を広げ、ルイ達に「気になるモンがあったら声かけな」と言い渡し、新聞を読み始めた。
「な、なあ……他の店にした方がいいんじゃないか……?」
「普段はもっと客層は良いんだ。タイミングが悪かったな」
ラガルはなるだけ声を潜めてルイに耳打ちするも、地獄耳らしい店主の耳に届いていたらしく、そんな返事が返ってきた。咄嗟にルイがラガルの代わりに謝罪するが、特段気にしている様子は無く、一切顔を上げず黙々と新聞を読み込んでいる。
そんな店主をキッと睨んだ女の子は、大きなショルダーバッグを漁り、あれでもないこれでもない、と店の床を私物で散らかしながらブツブツと呟き始めた。担保となる物品が手元にないか探しているようだが、よく分からない工具ばかりでそれらしいものは今のところ見あたらない。
店主に失礼なことを言ってしまった手前、退店しづらくなってしまったルイは、せめて何か興味がある石を見つけようと店内を見回した。
しかし、磨かれていない原石や不揃いな宝石の欠片はそれはそれで美しいものだが、やはりカウンターに置かれた美しい真円の魔石に比べたら目を引くものではなかった。
暗闇の中で光る蛍石のような幽き光を放つそれは、しかし蛍石とは明らかに別格の怪しい魅力を湛えている。ともすれば魅入られてしまいそうであった。魔石の中心部に漂う煙のような光が、ゆらりと揺らめいた。
「わぁ……こんな綺麗な魔石、初めて見た……!」
「デュラハン祖種、ベルシラックの魔石だ。それも番で揃っている。買うなら、そこのじゃじゃ馬が金を持ってくる前に決めた方が良い」
「だっ、ダメ! 絶対ダメ! これは二つともあたしが買うんだからね!」
「いえ、ちょっと珍しいなって思っただけですから……」
デュラハンはアンデッド系の魔物で、頭部の無い幽霊のような見た目をしているものの総称だ。ベルシラックはそのデュラハンの祖と言われる魔物であり、魔力を弾く鎧のような緑の外殻を纏っている霊体である。
ベルシラックは霊体アンデッドの中でも魔石を落としやすい部類とはいえ、そもそもベルシラック自体が珍しい魔物だ。そうそう簡単に手を出せる値段ではないことは確かである。
このアズールは、市場通りの中央広場から見える場所に看板がある店だ。いつ他の客が来てもおかしくないし、この場を離れている間に、この魔石を買ってしまう客が現れても不思議ではない。
だからこの短髪の女の子はこの場を離れたくないのだろう。これだけ必死なのだ。きっと、並々ならぬ事情があるに違いない。
どうにも彼女を放っておけなくなってしまったルイは、「トワさんとジュリアちゃんにお人好しが過ぎるって叱られちゃうなぁ」なんて心の中で苦笑して、常に持ち歩いている貴重品ポーチから葉っぱの刺繍がされた巾着袋を取り出した。
巾着袋の中に入っているのは、シルワコルという魔物の魔石だ。希少な魔石であり、父親の形見の一つでもある。また、強い癒やしの力が宿っている魔石であるため、治癒のスペルが使えないルイでもこの魔石の魔力を使えば簡単な治療を行えるので、今のところ出番は年に一度あるか無いか程度ではあるが、持ち歩くようにしているのだ。
ルイが何をしようとしているのか何となく察したらしいラガルは「やめとけよ」と小さな声で引き留めたが、ルイは眉を八の字にして「ごめんね」と返す。
ルイが心優しいお人好しであることを身に染みて理解しているラガルは、自分以外にもその慈悲が向けられることに嫉妬するものの、それ以上引き留めることは出来なかった。強く引き留めたら、きっとルイはしょんぼりとしつつも聞き入れてくれるものの、後々思い悩んでしまうだろう。
「あの……もし良かったら、これをお貸ししますから、担保として使ってください」
めぼしいものを持っていなかったのか、泣き出しそうな顔をしている女の子に声をかけ、ルイは躊躇無くそれを差し出した。
「その価値があるかどうかは分かりませんけど、珍しい魔物の魔石ですから、それなりの価値はあると思います」
「えっ? いやそんな、流石に悪いし……」
「理由は知りませんけど、どうしてもこの魔石を手に入れなきゃいけない理由があるんですよね。これでお金を取りに行っている間に他の人に買われてしまったら、悔やんでも悔やみきれないでしょうから」
女の子は巾着袋とルイの顔を交互に見る。信用して良いのか、判断に迷っているようだった。
「見せてみろ」
新聞を畳み、カウンターに置いた店主が会話に入ってきたので、ルイは巾着袋から魔石を取り出して店主に渡す。
カウンターの引き出しから刻印の入ったルーペを出した店主は、ルーペ越しに魔石を見る。
シルワコルの魔石は、カウンターの上にあるベルシラックの魔石と同じで、一見すれば緑色系の魔石だ。しかし、ベルラシックの魔石は中央に煙のような輝きが揺らめいて、石の中に幽霊を閉じ込めたような印象を受ける一方、シルワコルの魔石は初夏の青々とした木々の常磐色を湖に溶かしたような色合いで、時折、太陽の光を反射する水面のような輝きを見せていた。
気難しい顔を更に強面にしてしばらくそうしていた店主だったが、鑑定が終わったのか、ルーペーを置くと長いため息をつく。呆れのものではなく、美しい美術品を見た後に自然と漏れるそれと同質のものだった。
「……こりゃあ驚いた。あんた、これを何処で手に入れた」
「お父さんが昔、冒険者をやっている時に手に入れたって言っていました」
「使用形跡があったが」
「調剤でいつも使ってて……あの、それで価値が下がるってことは……」
「そりゃあ当然下がる。が、こいつの担保にするなら、充分すぎる価値はある。なんせ常磐色の『森の心臓』だ、余程の善人が持ち主じゃねえとこうはならねえ。そうそうお目にかかれるもんじゃねえよ」
森の心臓、というのは、シルワコルの魔石の俗称である。
深い森の奥地に生息し、草木を茂らせ枯れ木に命を吹き込む力を持つシルワコルは、古い言葉で「森の心臓」を意味する。それがそのまま、魔石の俗称となったのだ。
店主の語る通り、シルワコルの魔石は良き心の人物が持ち主であれば、美しく透き通った常磐色で尽きぬ癒やしの魔力を有する魔石であるが、欲望にまみれた者や悪しき心の持ち主が触れた途端、魔石は泥のような色へと変化し、周囲を汚泥で侵食し不毛の地へと変えてしまう呪いの石へと変化する。どちらでもない、あるいはどちらでもある人物が手にした場合は、くすんだ苔色の、どこにでもある魔石にしかならない。
余談だが、過去にはアルバーテル教会が、この魔石を聖女や勇者の真偽を見定めるために使ったという記録がある。
つまりルイが持っていたこの魔石は、彼女が善人であり、善意から女の子に魔石を貸そうとしていたという事実を証明していた。
彼女もそれを理解したのか、最初はぽかんと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、徐々に目に光が入り、歓喜に目を見開いた。
「何してんだ。取り置きしておいてやるから、さっさと行け」
「い、いいの!?」
「礼ならそこの嬢ちゃんに言いな。今時、ここまでのお人好しなんてそうそういないぞ」
「あのっ、ありがとう! ええと……」
「私、ルイって言います」
「ルイね、覚えた! 今すぐ金を持ってくるからここで待ってて!」
バタバタと慌ただしく駆け足で店を出ようとした彼女だったが、出て行く直前に足を止め、振り返る。
「あたし、レイシー! 自律人形技師のレイシー! すぐ戻ってくるから!」
彼女はまるで、子供のような笑顔でそう名乗った。
ご清覧いただきありがとうございました!
全然書き終わらなくて一日遅刻しました。申し訳ございません!
ちょっと面白そうじゃん? と思った方はブックマークをよろしくお願いします!
いいねや評価、レビュー、感想等も歓迎しております!