97 邂逅
「ところで、ルイの姿が見えませんが」
「一緒にこっちに来てますけど、残念ながら、今日は別行動してるんですよ」
ルイちゃんとラガルは、ジュリアと一緒に市場通りに行っているはずだ。今回私が思いつきでユリストさんとスペルの特訓を始めることにしてしまったので、暇を持て余してしまった二人も「じゃあ私達は私達で観光してこようか」と、私がネッカーマ邸を出たのと同じタイミングで出かけていったのだ。
ラガルの誕生日も近いし、市場通りで誕生日プレゼントを見繕うつもりなのかもしれない。確かラガルは、ネッカーマ邸に来る前に見かけたエジブシャンなアクセサリー店を気にしていたし、バラットはそういう金ピカギラギラな装飾品を売っている店もそこそこある。可能性は大いにある。
リチャード氏は少し苛ついているのか、少しトーンが低くなった声で更に問うてくる。
「居場所に心当たりは?」
「今はジュリア様と二人でお出かけされているはずですよぅ」
「ユリストさん、ラガル、ラガル忘れてる」
二人で、という点を強調するユリストさんの説明に訂正を入れつつ、補足説明をする。
「私とユリストさんとモズの三人、とオマケのヘーゼルで出かけるって言ったら、じゃあ私達も~ってノリで出かけてましたから、特に計画性も無いですし居場所までは流石にねぇ」
「チッ」
「舌打ち!?」
「何のことです? 海鳥ばかりのこの場所で小鳥のさえずりが聞こえるなんて、随分と耳が良いんですね」
「うううう~~~ん!? うんまあそういうことにしておきますけどね!?」
素の性格だいぶアレだなこの人! 良い性格してんなぁリチャード氏! しらばっくれてるけど舌打ちの音ちゃんと聞こえてたからな!?
リチャード氏=ウォルター説が私とユリストさんの間で可能性は低いながらも浮上していたが、何というか、ウォルターは確かにエセ紳士ではあるけれど、もっとスマートに性格の悪さを隠すタイプだった気が……ってこれルイちゃんの前で紳士ぶってる時のリチャード氏だな。
それに今の鳥のさえずり云々、皮肉100%で意訳すると「幻聴でも聞こえてんじゃねえの?」になり得る発言だし、こういう言い回しはウォルターっぽい。
いや、でも無いわ。ウォルターはキレッキレの皮肉交じりの台詞と余裕綽々な態度とプライドエベレストが特徴の男なんだ。人前なのに明らかに不機嫌になるのを隠さなかったり、人によって対応が雑だったりするのは若干違う。そういう解釈もありっちゃありだし嫌いじゃ無いけど、それはキャラ崩壊にならない程度にギャグ・コメディ系キャラ改編が成された二次創作作品のウォルターであって、本編の悪の強者として君臨するウォルターとはちょっと解釈がズレるんだよ。
何よりゲーム内でルイちゃんとウォルターが過去に会っていた描写が一切無い。
うん、やっぱり別人だな。色々要素が似てるだけの別人。
そう頭の中で結論付けた瞬間、ウォルターの背後から、知らない声が聞こえて来た。
「あーっ! こんな所にいたぁ! んもうっ、女の子を置いてかないでよぉ」
甘ったるい声でそう言い、更に一段階機嫌が悪くなったように感じるリチャード氏に抱きついた女性は、このクソ寒い真冬の港町で寒くないのかと思う程に前部分が短いスカートを着ていて、オーバーニーソックスのおかげで肌の露出こそ少ないものの、完全に足のラインを見せる格好をしていて――。
ハッキリ言って、ファンタジー作品の女性キャラにはよくありがちな服装だけれど、ARK TALEの世界観的にはあり得ないような異質な格好をしていた。
うげっ、と淑女らしかぬ声をユリストさんが零したのが聞こえた。
思わず漏らしかけたため息を飲み込む。
この男、懸想している相手が居るにも関わらず、真昼から娼婦とつるんでいやがんのかい。しかもこの子、営業じゃなくてガチ恋の気配するぞ。勘違いだったらゴメンだけど、端から見たらそうとしか思えないんだよ。
黒髪碧眼の彼女はちらりとこちらに視線を向けると、自分の可愛さを知っているだろう、どこか縁起がかったように見える笑顔を崩し、私達は何もしていないというのに、眉間に皺を寄せてじっとりとこちらを睨み付けてきた。
「……誰、こいつら」
「ただの顔見知りです」
「ふーん」
整った日本人顔をしている彼女は、日本人の私から見れば二十歳前後に見えるが、口調や態度を鑑みるに、年齢は多感な時期である中学生か高校生くらいじゃないかと思った。
若いのに夜のお仕事をするなんて大変なんだなぁ……でも初対面の人にそういう態度は良くないと思うよ、おばちゃんは。接客業に従事するのなら、礼節というものを身につけないと生きていけないよ。
碧眼、と言っても青緑色の色をした瞳には、どことなく警戒心を超えた敵意のようなものを感じる。
そうだよね、そんな業界で働いているんだったら、女ってだけで自分の金ヅルを奪っていきかねない相手だもんね。警戒の一つや二つは当然するし、必死ならば敵意むき出しにもなるんだろう。私はそっちの業界に詳しくないから知らんけど。
「こちらのお客様にはいつも弊社の商品をご購入いただいておりますので、プライベートな時間を邪魔してしまうのは如何なものかとも思いましたが、どうしても一言ご挨拶をしておきたくて。ですがお連れ様がいらっしゃったとは思いもせず……引き留めてしまって申し訳ございませんでした」
初対面の人に常連のリチャード氏と同じような雑な対応をする訳にもいかないので、今まで積み上げてきた社会人経験を生かした対応をする。
丁寧な対応をしたおかげか、完全にただの社会人の世間話をしていただけと理解してくれたのだろう。じとりとした視線はそのままだったが、明らかな敵意は向けてこなくなった。
そうして彼女は改めてじろじろと私の姿を上から下まで見て、ハッ、と鼻で笑う。
おうこの小娘、心の中で私が自分よりブスだからって蔑んで、優越感に浸ってないか? そりゃ化粧もしてない実用性重視の格好じゃあもっさく見えるわ。これでもブス隠ししてそれなりの服を着りゃあ映える見た目にはなるんやぞ。
喧嘩売ってんのかと思う程生意気な態度に若干苛つくも、表情には出さないようにして営業スマイルを浮かべていると、服の裾が引っ張られる。
モズが何か気付いたのか、と思ったのだが、視線を向けてみると、その正体はダニエル女公爵だった。
「ねえトワお姉ちゃん、まだ? さっきユリストお姉ちゃんから教わった呪文、早く試してみたいよー!」
今まで一言も喋らなかったダニエル女公爵だったが、急に子供の演技状態で話しかけてくる。
目が、言っていた。
さっさとこの場から離れるぞ、と。
「すみません、知り合いの子供の面倒を見てまして……そういう訳ですので、私共はこの辺りで失礼します。それでは、今後ともご贔屓に」
「ええ。店長によろしく伝えておいて下さい」
当然ダニエル女公爵の圧に耐えられるはずも無く、私は適当に嘘をついて誤魔化し、ダニエル女公爵の指示通りこの場を離れようとする。
しかし、何かを思い出したらしいリチャード氏は「ああ、そうだ」と呟いて、私を引き留めた。
「もう一つ、伝えて欲しい事が」
「何でしょう?」
「――出来るだけ早くこの都市から出て行くように、と」
「……はい?」
「時間が出来たときにでもよろしくお願いします」
「いや詳細は!? ちょっ、ちょっと待っ――」
どういう意味だ、と聞き返したかったが、私が声をかけてもリチャード氏と女性は振り向きもせず、そのまま立ち去ってしまった。
何かスッキリしない別れ方にモヤモヤして、つい口から愚痴が漏れる。
「いやー昼間っから、しかもこんな繁華街のど真ん中で娼婦と一緒ってのはビビったわー。何考えてんだあの男……」
「いや、トワさん。あの……」
「ん? どうしたんです、そんな顔青くしたり白くしたりして」
何か言いたげなユリストさんの代わりに、ダニエル女公爵が口を挟む。
「おい。貴様、あの女を見て何も思わなかったのか?」
「白昼堂々あんな格好して営業する人が居るとは思いませんでしたね。しかもあんな若いのに……」
「阿呆か、そうじゃない」
ダニエル女公爵は呆れたように一つ大きなため息をつき――とんでもない事実を、口にした。
「貴様が娼婦だと思ったあの女は、『聖女』だぞ」
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