【短編版】元暗黒龍で、前世神だった彼は人間になりきれない!?
「ちょとオレ、隣国滅ぼしてくるわ」
「は?」
突然の奇怪な言動にフリーズしていると、「じゃっ、行ってくるわ」と言って彼が去ろうとするので、「待て待て待て!!」と俺は急いで彼を止めた。
「急にどうしたんだよっ?!」
「だって、さっき隣国出身の奴らがゴミをポイ捨てしてて……。オレは正義のためにやるんだ!! 止めるなっ!!」
俺を振り切ろうと背を見せる彼に、俺は口からこぼれそうになるため息を何とか飲み込んだ。
「……それで、本音は?」
「最近暇だったから何か面白そうなことがしたい!!」
その言葉を聞いて、俺は今度こそ迷いなくため息を吐き出した。
「はぁ。……お前、悠々自適のスローライフを送るために人間になったんじゃないのか?」
この問いかけは、これで一体何度目だろうか。
俺の頭痛は治る気がしない。
そう、コイツは「オレ様は悠々自適のスローライフを送りたい!!」と言って非合法的に人間に種族変換したのだ。
……コイツは元々、「暗黒龍」と呼ばれる古より恐れられる最強のドラゴンだった。
ドラゴンとは、異次元に住まうのかと思われるほどの強大な力を持ち、その馬鹿デカい羽を広げ、空を舞う龍のことだ。
今現在この世界には数匹しかおらず、未だその生態は解明されていない。
何故なら、ドラゴンはどれもものすごい長命種だからだ。
うちの国が建国されてから数百年。
未だ、ドラゴンの屍を見つけることはできていない。
骨はもちろん、牙の一つですら。
そんなドラゴンの中でも最も最強だと恐れられていた奴が、今、俺の目の前でよくわからん踊り──本人が言うには暇すぎることを表す舞だそうだが──を踊っている。
それだけでも情報過多だと言うのに。
「何を言う!! オレ様は元“神”だぞ!! ちょっと人類を滅ぼすことぐらいなんてことない」
これだ。
何でもコイツは前世神だったらしく、命あるものが羨ましくて神を降板したらしい。
と言うより神様やってるのが退屈だったらしい。
いや、神様ってそんな簡単にやめていいのか??
そんな疑問を感じたが、彼も一応そこは気を回せたらしく、きちんと後継を選んでから辞めたらしい。
……神様の後継って、急に任されたヤツ災難だな。
そんな見ず知らずの後継となった神様に同情してしまうくらい、目の前のコレは自由すぎるほど自分勝手だ。
まぁ、そんな感じで神様を辞めた彼は、そう簡単には元の神力が抑えられなかったらしく、一番神の存在に近いドラゴンに生まれ変わったらしい。
しばらくはそれで満足していたらしいが、その巨体はだんだんと面倒になり、他の種族には恐れられて交流もできなくて、同じ龍仲間を探しても、その神力を見極められ敬い倒されるばかり。
それを我慢──と言っても、無理やり命令して言い聞かせ同族扱いしてもらっていたらしいが──しても、世界最強の種族とも、世界最恐の種族とも呼ばれるドラゴンが複数同じ地域にいると、他の種族が恐れ、一切その地に足を踏み入れなくなるので生態系に影響が出て、住み難くなるらしい。
と言っても、それをも我慢すればいいのだろうが、他の龍はそれを言い訳にコイツから離れ、もとい逃げていくらしい。
おかげでコイツは長い長い時を一人で過ごし、元々神だったのも災いして、随分と好き勝手で無責任な性格になってしまったらしい。
いや、神様急に辞退した時点でその性格だったのでは??
そんな奴が何故今人間をやっているのかといえば初めに言った通りだ。
ドラゴンより遥かに小さくて弱いはずの人類が、快適な生活とは言えなくとも毎日充実した日々を送っているのを見て羨ましくなったんだと。
人間は寿命が短いことは不利だが、元神の特権かあと何度か好きに生まれ変わることができるらしく──本当に自由だなコイツ──無事人間になる覚悟を決めたらしい。
覚悟ってか、もっと軽そうだけど。
「だって実際に人間になっても、襲いかかってくる奴も、ここら辺の田畑を荒らす奴もいなんだもん。暇!!」
「もんをつけるな、可愛くない!!」
外見はそこそこ普通の──ちょっとイケメンよりか? とも思うが認めたくないので黙ってる──若い成人男子なので可愛げなんてなくていい。
と言うか単純にうざい。
しかし、彼が言うことに間違いはない。
通常ならば害獣や魔獣などが作物を狙い、あるいは人を狙って襲いかかってくることがしばしばある。
だが、この地域には一切その被害が出ていないどころか、そういったものたちの姿は全く見かけない。
もちろん、それには理由があるわけで、それは既にはっきりとしている。
「ったく、当たり前だろ。
お前の神気だか龍気だか知らないが、他の奴らはみんなお前から出てるオーラを避けて姿を見せたがらねーんだから」
それはもう、当たり前の理由だった。
俺だって元々は魔獣退治だとか討伐とかの仕事を請け負っていたのに、その依頼が一切なくなってしまったのだから。
最近はもう、薬草集めとか畑耕しとかして食い扶持を稼いでる。
「ぅゔ〜〜っ!! 根性なしの奴らがーーっっ!!」
暇だから隣国を滅ぼすとか、退屈だから神様を辞めたとか。
とりあえずこんな感じの奴だが、それなら何故、極々平凡の俺と一緒にいるのか。
それは俺でも意味不明だった。
ある日、突然コイツが目の前に現れたと思ったら、それ以来害獣も魔獣も近づいてこなくなり、一体全体どう言う状況だと考えていたら、コイツが俺に堂々とした態度で言ったんだ。
「おい、お前!! 我輩は暗黒龍。フツーの人間だ!!」
「いや、どう見ても普通じゃねーよ」
その偉そうな態度、尊大な言葉使い。
そして何故か半裸の姿。
俺はつい、そのまま言い返してしまい、気づいた時にはもう既に遅かった。
「……我輩が、普通じゃない、だと?」
そりゃ、どこからきたのかもわからない正体不明の男が半裸の状態で、「我輩」とか「暗黒龍」とか言っていたら普通だなんて感じないし、そもそも“普通の人間”なら自分のことを“フツーの人間”だなんて紹介しない。
一目でコイツが“普通の人間”でないことぐらい誰だってわかる。
しかし、思ったことをそのまま口から出すなんて、子供でもマズイことはわかる。
特にこんな奴には。
……自分を、「暗黒龍」とか言う奴だ。
絶対に関わりたくない。
「……我輩の、どこがフツーじゃないんだ?」
「え、全部」
……関わりたくはないのだが、このままコイツを放置することもできなかった。
俺は直感的にそう判断した。
俺の返しに彼は愕然とした様子で、「……何だと!?」とか「……全部?!」とか呟いている。
呟くにしては声が大きいが。
「……っ、我輩のどこがフツーじゃないんだ!!」
と、いきなり大声をあげたが、言っている中身は先ほどと何も変わってない。
「だから、全部だよ。全部。
大体、何で半裸なんだよ。お前」
もう説明することも面倒くさく、俺は半分投げやりの態度で一番最初の疑問を投げかけた。
「ん? 服は着ているだろう?? 人間の服は弱点を隠すためのものではないのか?」
この時、俺は確信した。
コイツは絶対に“普通”じゃない。
もはや、人間なのかすらも怪しい──もしかして人を化かすたぐいの魔獣か?──と思い始めた頃、目の前の男はこう言ったのだ。
「……ふむ、やはり姿を変えても、我輩の偉大なオーラは隠し切れないのか」
……お分かりいただけただろうか。
「おいお前、我輩のオーラを見抜いた上でその態度……!」
俺は一瞬、コイツが実はどこかの大貴族か、あるいは王族にも匹敵する身分のやつである可能性を考えた。
これ、首が飛ぶやつか。
そう思考を回した時。
「……面白いっ!! 見どころのあるやつだ!!」
そんな心配は必要なかったことがすぐにわかった。
さすが、“普通の人間じゃない”やつだ。
「わー、うれしいーー」
一応見込んでもらったなりに礼を尽くそうと考えたが、どう足掻いても棒読みになる言葉しか出なかった。
流石にこれはマズイか、と思ったところでやつはまた口を開いた。
「我輩が元暗黒龍という名で生きていたことを知っていたのだろう? 他の奴らは我輩を見ると尻尾巻いて逃げよる。お前みたいなやつは初めてだ!!」
はい?
何だって??
ここで一つ、俺は自分が思わぬ思い違いをしていた可能性に気がついた。
「暗黒龍」。
てっきりそれは、“あの”暗黒龍になぞって語っているか、こういう奴のことだから深い意味はなく、ただ単にカッコいいからそう名乗っているのかと思っていた。
この国に、というか世界にそう言ったものに対しての不敬という認識はないので、単純に強そうとか、カッコいいとかで有名な名を自ら名乗る者は少なくない。
だから俺は、“最近姿を消した”と話題の暗黒龍の名を名乗って、コイツは楽しむか偉ぶるかをしているのだと考えていた。
しかし、ここまでの件。態度。言動から、そのおかしな見た目まで。
……まさか。
そう思った時。
「ならば改めて名乗ろう。
我輩は暗黒龍。ついこの前までドラゴンだったものだ!!」
それからというもの、「フツーを教えろ!」とか「人間は普段何をしてるんだ?」とか、コイツは俺の周りを彷徨く──と言うか付き纏う──ようになった。
最近ではもう、ほぼ一緒に住んでいると言っていい。
以前、「人間の食い物は味気ないな」と文句を言うやつに「豪華なもんが食いたかったら王都にでも行ってこい!」と言い返すと、しばらく姿を見せなくなったと思ったら、食い逃げならぬ持ち逃げをしてグチャグチャになった高級肉を片手に持ち帰ってきたことがあった。
もう、マジ、勘っ弁!!!!
それからはとりあえず、できる限りの“人間の”常識を教え込んだが、今の所何の役にも立ってない。
強いと言うなら、言葉使いがほんの少しだけマシになったぐらいだ。
コイツが実はスローライフを目指していたと聞いた時には、「俺もお前がいなきゃ悠々自適なスローライフを送ってたよ」と思った。
決して口には出さなかったけど。
まぁ、そんな自分でもよくわからん成り行きで、俺は今、元暗黒龍で、前世は自称神だったコイツと一緒に生活することになったのである。
この後、コイツがこれから持ち込んでくる厄介ごとに、散々なまでに巻き込まれるということを、この時の俺は欠片も予感することもなく、今目の前で「暇暇暇っっ!!!!」と喚いているやつに、またため息をこぼすのだった。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
いつか連載版も書きたいです。