珈琲中毒
日比野兼次は困っていた。いつも冷蔵庫やポケットに入れているお気に入りの缶コーヒーが切れてしまったのだ。それだけなら買いに行けばいいのだが既に幾つものコンビニとスーパーを梯子しているのだが今日に限って全て品切れになっており一つも手に入らなかったのだ。わざわざ遠くに買いに行くには面倒だし明日には入荷しているだろうと思い、結局今日は不味いインスタントコーヒーで我慢することにした。
「…で、一週間経っても入荷しないうえに隣町にも無いから俺に原因を探って、買いに行けと?」
「…あぁ」
後日、その銘柄だけ何故か入荷されないことに違和感と中毒症状を感じた日比野は自主欠勤して亨の所に来ていた。
「別の銘柄でも飲んどけよ」
「アレとは小学生からの付き合いなんだ。今更乗り替えられるか!」
「さいですか…とりあえず前金を寄越せ」
亨は呆れた表情をしながら立ち上がると日比野に向かって手を差し出す。
「幾らだ?」
「一万でいい」
迷うことなく諭吉を一枚渡した日比野は「良い結果を待ってる」と言うと出ていった。
「結論を言おう。アレは発売中止になった」
二日後、改めて亨の所に来た日比野の顔が絶望に染まった。亨はそれを確認して尚も話を続ける。
「しかし、今度はそ―」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
しかし日比野は最後まで聞かずに泣きながら走っていった。
日比野は走った。何処を走ったか全く思い出せないが休むことなく走り続けた。気が付けば見覚えのある裏路地にいた。そこは日比野にとっては忘れることの出来ない場所だった。
「ここの自販機…まだあったのか」
初めて缶コーヒーを買った自販機に硬貨を入れて、ラインナップを見る。しかし今まで缶コーヒーがあった場所は既に別の銘柄に変わっていた。
『別の銘柄でも飲んどけよ』
先程の亨の言葉が頭の中を反芻する。
「簡単に言うけど…アレは俺の生きる糧だったんだ」
「みみっちいヤツだな」
いつの間にか後ろにいた亨が日比野を無視して別の缶コーヒーを選ぶ。取り出し口からそれを取り「とりあえず飲め」と日比野に手渡す。
「だが…」
「いいから飲め」
有無を言わせない亨に日比野は仕方なくプルタブを開けて、口にする。
「…これは!?」
それは飲み慣れたコーヒーの味に似ていた。いや、全く同じように感じた。
「アレは発売中止になった。だが味はそのままで別銘柄で発売することになったそうだ」
「なんですぐに言わなかった?」
その言葉に亨は呆れたように息を吐く。
「言う前にどっか行ったヤツが何言ってんだ」
「…すまん」
「全くだ。追加料金をもらいたいところだね」
「…本当にすまない」
「そう思うなら変なこだわりなんて捨ててしまえ」
「それは無理だ」
それを聞いた亨はまたも息を吐くと「やれやれ」と言いながら帰って行った。
一人取り残された日比野は苦笑いをしながら劉玄にどんな言い訳をしようか悩みながらスーパーに向かって歩きだした。