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 二日目の晩。


 勢いで忍び入った昨夜と違い、今日はこれまで絢子に呼びつけられた時と同じ感覚で部屋に案内された。

 昨日と違うのは、格子も御簾も上げた状態で、絢子が正装し、しっかりと化粧して僕を迎え入れた事だ。

 それがかえって緊張してしまう。

「夕餉はもう食べて来られたの?」

 絢子が口を開いた。

「えっ? ああ、うん。少しだけど」

 兵衛が隣で、

「ひめさまっ。食べ物の話なんてなさるものではありません」

と小さい声でたしなめる。

「そ、そうね。あ、そうだわ。泰成様。昨日みたいなの、またやってくださらない?」

「昨日って?」

「扇をこうやりながら、詩を唱えてそこらじゅう蹴散らして入ってくるやつ」

と自分の檜扇で昨日の僕が入って来た時にやった事を真似する。

 でも何も蹴散らしてなんかいないのだけれど――

「あ、あれは、何ていうか、たまたまと言うか……」

 絢子はにんまりと笑う。

「あれ、ものすごく、色っぽくてかっこよかったわよ」

「そ、そう? お好みであればまたいつか」

 僕は自分でも何を言っているのか分からなくなった。

「あの、私は下がりますので、泰成様は姫様の近くにお寄りください」

 兵衛に促され、僕が絢子の横に座ると、御簾を外側から下ろされた。

 密室に二人――

 昨夜と同じだけれど、お膳立てされての状況だと少し恥ずかしい。

 絢子も緊張しているのか、黙っている。


 そうだ。

 大事な事を忘れるところだった。

「絢子」

 僕は彼女に正面から向き合う形で座り直した。

「は、はい」

「昨夜から今朝早くまで、勢いに任せてしまった感じがあって申し訳ないと思っている」

「申し訳ない? どういう事?」

「だ、だから、お互いの気持ちをしっかり固めて約束してという段取りを踏まなかったというか」

「気持ちならちゃんと確認したじゃない」

「え?」

「泰成様が『僕の事どう思ってる? ちゃんと聞いた事がない』っておっしゃって、私が『好きよ』と伝えた後、あなたも『好きだ』ってやっと告白してくれたのはっきり聞いたわよ。あっ、『僕と契りを結んで下さいっ』ていうのもあったわね」

 僕はがくんとうなだれた。

「そうなんだけど……あの、その僕の物真似やめてくれないかな」

 若干違うと言うか、脚色されてるし。

 絢子はニヤリと笑った。

「その後、何度も『絢子、あいしてる』って囁いてくれてたわよ」

「そ、そんな真っ最中の話やめてくれ……」

「嫌よ。泰成様が本音を見せるのってめったにないから……あっ」

 僕は口で口を塞いで黙らせた。

「もうやめて。今から何もできなくなるよ」

「あ、それは嫌」

 絢子のおでこに僕のおでこをコツンと当てた。

「少しの間でいいから、真面目に僕の話を聞いてくれる?」

「うん」

「僕は……ずっと君だけが好きだったんだ」

「えっ? そうだったの?」

「知らなかった?」

「知らなかったわ。私も……自覚したのはここ数年の事だけれど、泰成様がずっと好きだったのよ」

「うん知ってる」

「じゃあどうして……」

「その辺りの話は長くなるからまた改めて」

「そう?」

 僕は一息ついて、絢子の顔をまっすぐに見てから、

「絢子。僕とこの先の人生、ずっと一緒に生きてください」

と伝えた。

「は、はい」

 愛しい瞳が僕を見つめ返す。

「僕は君以外の女性は苦手なんだから、君も浮気しないと約束してくれる?」

「ぶっ。そんな心配ないない」

 君に懸想している公達は結構いる――とは教えない。

 君一人だけを愛しているのは僕だけだ。

「ちゃんと約束して」

「約束するわ。私だって、あなた以外は駄目なのよ」

 とびっきりの笑顔で僕を見つめ返す。

 僕は我慢ができなくなり、唇を重ね裳の紐を解いて外し、押し倒した、のだが――

「あ、あの。絢子、いったん、座り直して」

「え?」

 二人共座った状態に戻り、ぼくはため息をついた。

「どうして今日正装してるの?」

「だって、昨日は準備できなかったけど、今日は思いっきりおめかしして出迎えたくて」

「はあ。君の考えなんだね。だと思った」

「え? 何か変? 似合ってない?」

「すごく綺麗だよ――でもどうやって脱がせたらいいの、これ」

「あっそうよね。どうしよう、兵衛を呼ぶ? それとも今日はやめとく?」

「嫌だ。結婚が成立するかどうかかかってなければ後日に仕切り直す事もできるけど、今日は諦めるわけにいかない。僕は時間がかかってでもやり遂げるつもりだよ」

「うん」

と頷きながら、絢子は下を向き震え始めた。

 びっくりして顔を覗き込むと、何と、笑いをこらえていた。

「絢子! 僕は真剣なんだけど」

「ふふ……ごめんなさい。何だか、こんな時まですごく真面目くさいのが泰成様だなーって思って」

「真面目くさくて結構。当たり前だろ。ここに来て失敗して、また誰かに盗られそうになるなんてたまらないじゃないか」

 僕はやけになって、とりあえず絢子の裳の腰ひもを引っ張ってほどいた。

 あ、何だ。解くのはこれだけなのか。

 後は一気に――


 その時、バタバタと足音が近付いてきた。

「泰成様姫様! た、大変でございます!」

 兵衛の慌てた声が外から響いてきた――既視感がありまくりだ。今朝と同じではないか。

「またお父様かしら?」

「何だろう? 僕が話を聞いてみる」

 御簾を上げ外に僕だけ出ると、兵衛が青白い顔で座り込んだ。

「一体どうしたの?」

「三位中将様がこちらに来られます!」


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